10-27 それぞれの戦い

 同じ頃、王宮中庭にて――



『ほぉ……これはこれは。まさかこうしてモリノの生きた伝説にお会いできるとは。光栄の極みです』


 魔人の目線の先には――剣帝グレイラットの姿が。

 伝説の剣士は使い古された焦げ茶色のマントに身を包み、じっと魔人を見据えている。


 ただ立っているだけで溢れ出す圧倒的な気迫。周りの魔物達は気圧されて遠巻きに威嚇する事しかできない。


 グレイラットが一歩踏み出すと、魔物達が一斉に警戒の唸り声を上げる。


「まぁまぁ、そう警戒せずとも。伝説と呼ばれたのも随分と昔の話。今では辛うじて生きているような老いぼれ故。一つお手柔らかに頼みますよ」


 静かに腰のロングソードを抜き去ると、まるでその場の温度が一気に真冬にまで下がったかのような緊張が張りつめる。


『……ふむ。剣帝のお相手、剣でせぬとあっては失礼にあたりますな。少々お待ちを』


 一つ頷くと、魔人は自信の鎧の腕に生えたトゲを1本掴む。

 それを徐にズブズブと引き抜くと、体内から褐色の骨のような物が現れそれに引き摺られ出てきたのは――深紅の長剣だった。


 血のような赤い液体がとめどなくしたたる禍々しい長剣は、大人の身長を優に超える長さだ。


「……随分と悪趣味な剣ですな」


『審美的と――言ってください!』


 不意に魔人が長剣を一振りすると、飛び散った赤黒い雫が飛翔する斬撃となりグレイラットを襲う!

 斬撃の直撃を受けたグレイラットのマントが真っ二つに割けヒラヒラと宙を舞う……


『――なんだ、呆気ないものですね』


 そう呟く魔人の背後で、月明かりに照らされ音も無く飛翔するグレイラット。


「呆気ないのは――どちらですかなっ!」


 グレイラットの一撃は魔人の背中を大きく切り付け、そのまま地面もろとも盛大に吹き飛ばした。




 ―――




 同刻、王宮前にて――



「ナーニャさん! 大丈夫ですか!?」


 持ってきた回復のポーションを小分けにしてその場に居合わせた皆に配るリリア。


「ありがとう、私は大丈夫よ。それより彼に魔力のポーションを」


 その腕に抱かれているのは、"授乳欲"のアイテムを使い大魔法で戦っていた少年だ。

 彼の活躍で城内の防衛はギリギリ持ちこたえてきたが――さすがに彼にも疲れの色が見える。


「ごめんね。キミにばかり無理させちゃって。私も直接戦えれば良いんだけれど」


 ナーニャが少年の頭を撫でながら謝る。


「そんな、気にしないでください! それより、僕まだやれます!」


 リリアから貰った魔力のポーションを一気に飲み干し、少年は再び立ち上がる。


 気丈にふるまってはいるが、その足取りはおぼつかない。

 いくらナーニャのアイテムを使っているとはいえ、年端も行かない少年が大魔法を何度も放っていては体が持たないのは明白だ。



「申し訳ない。私も何かお役に立てれば良いのですが……」


 リリアと一緒に兵士のサポートにあたっていたルルスもナーニャ達の元に駆け寄ってきた。


「ルルスさん。気にしないでください。たしか"譲歩欲"はあまり実戦向けの特性じゃなかったですよね」


 ナーニャがルルスを気遣うように微笑む。


「ええ。“本来衝突して相殺し合う特性も無視して錬成する事が出来る”のですが、あまり実戦で即効性は。……こんな事になると分かっていれば昔のアイテムを持ってくるべきでした……」


「――ダメです師匠! 師匠はもう"破壊欲"の力は使わないって決めたじゃないですか! 私と約束しましたよね!?」


「し、しかし――」


「しかしもなにもありません!」


 リリアの剣幕に圧され、小さくなって押し黙るルルス。その様子を見てナーニャは思わず吹き出してしまう。


(“破壊欲”のルルス。その特性は"アイテムで殺せば殺す程その威力が上がっていく"。そんな戦争の申し子みたいな錬金術師が、ぱったりと姿を消して何処で何をしていたかと思ったら。……随分と良い余生を過ごしてるみたいじゃない)


「――さ、それじゃあもうひと頑張りしましょ! いくら魔人が化け物だといってもその力は有限のはず。根競べの続きといくわよ!」


 ナーニャの激励を受け、辺りに居た錬金術師達が再び勢いづく。

 皆、若い頃ナーニャの世話になった者達だ。


 各々に騎士達とタッグを組み、攻め入る魔物達にむけ攻勢を再開する。




 ―――――




 一方……。

 人通りの無い裏路地を走るジェイドとシスティ。

 時折物陰から大通りの様子を伺いつつ、物陰に身を潜めながら慎重に進でいく。

 通りでは徐々に魔物の数が増えてきているようだ。


「ねぇ、騎士のお兄ちゃん。怖そうな魔物がいっぱい……大丈夫かな」


「大丈夫だ。ここまでも何とも無かっただろ? ――ほら! あそこの門が見えるかい? あこまで行けばもう街の外だよ」


 そういって通りの向こうに見える門を指差す。


 あれが目的の"東外門"。

 あそこさえ抜ければ街の外へ出られる。


 外の様子は分からないが、門の外にある森にさえ逃げ込めばそこから各方面へ抜ける手立てはいくらでもある。

 あこまで逃げ切れば……


 けれど、門へ辿り着くにはどうしても魔物が闊歩する大通りを横切っていかなくてはならない。


 システィを連れたまま魔物に見つからず走り抜けるのは至難の技。

 恐らく多少の戦闘は覚悟しなければいけないだろう。


 ジェイドは腰の剣にそっと手を掛ける。


(あれだけの魔物相手に、俺の腕で勝ち目があるとは正直思えない。いざという時は、自分が盾になってでもシスティだけは街の外に逃がすんだ)


 そう心に決めてグッと拳に力を込める。


「さぁ、システィ。あと少し! ここからは何があっても絶対に立ち止まらずあの門まで走るんだ。約束出来るかい?」


 ジェイドの問いかけに、一瞬躊躇いつつも深く頷くシスティ。

 覚悟の籠ったその目に、どこか小隊長の面影を感じてつい口元から笑みがこぼれてしまう。



「良い子だ! ――よし、行くよ!」


 魔物が通り過ぎたのを確認し、勢いよく裏路地から飛び出す。


 辺りを警戒しつつ、散らばる瓦礫を避けて前を走るジェイド。

 システィーも手を引かれながら精一杯後ろからついてくる。


 幸いな事に周囲の魔物はまだジェイドたちに気づいていない。


(――大丈夫だ! これだけ距離があれば例え気づかれても門まで逃げ切れる!!)



「システィ! 頑張れ!! もう少しだ!」


「うん!!」


 目指す門は目と鼻の先。

 念のため後ろを振り返るが、付近に魔物の姿は無い。


(よし! 逃げきれた!!)


 安堵しシスティーの顔を見ようと下を向いた時――ふと足元が暗くなるのに気付く。


(――影?)


 影は見る見る大きくなり2人を覆っていく。


(――!!)


 咄嗟に、システーを突き飛ばすジェイド。


「えっ!? お兄ちゃ……」



 突き飛ばされ尻もちをついたシスティーが見たのは――狼型の大きな魔物に押しつぶされているジェイドの姿だった。


「……クソッ! 上に居たとは」


 この魔物、巨体の割に随分と身のこなしが軽いらしい。付近の民家の屋根からジェイドたちに飛び掛かってきたのだ。


 どうにか抜け出そうと必死にもがくが、魔物はジェイドをしっかりと押さえつけて離そうとしない。

 口から涎を垂らし、その鋭い牙をジェイドの顔へと近づける。


「お兄ちゃん!!」


 慌てて駆け寄ろうとするシスティ。


「ダメだ! 来るなシスティ!! そのまま門まで走るんだ!」


「でも!!」


 大粒の涙を流して泣きじゃくるシスティだったが……


「約束したろ! 止まるな――行けぇぇ!!」


 ジェイドの決死の叫びを聞き、狼狽えながらも再び門に向かい走り出す。


(それで良い。悔いは残るが……騎士としては立派な最期だろう)


 門の手前で、システィーがもう一度ジェイドの方を振り返った。

 心配させまいと、ジェイドが精一杯の笑顔を返したその時――


 システィーの目の前の景色がユラリと揺れ、突如として大型の魔物が姿を現した。

 先程大人を丸呑みにしていたトカゲ型の魔物だ……!


(し、しまった! 擬態かっ……!?)


「き、きゃぁぁ!」


 怯えて座り込んでしまうシスティー。


 ギョロギョロと動く目がシスティ―を捕える。



「ダメだ! 逃げろシスティ!!」


 ジェイドの声が届くよりも早く、真っ赤な舌が素早く伸びシスティ―を絡めとる。


 その腕からウサギのぬいぐるみがポロリと零れ、地面に落ちる。


「やめろぉぉぉ!!」


 ジェイドの叫びも空しく……システィはその大きな口に飲み込まれてしまった。



「うあああああ!!」


 絶望し項垂れるジェイド。


 そんな彼の頭を絶叫ごと噛み千切るように、狼の魔物が大きく口を空け喰らい付いた。

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