10-25 ヤオヨロズ

 けれど……グレイラットさんの口から出たのは意外な言葉だった。


「さぁ、皆さん! このまま街の外まで撤退しますよ! 私が道を切り開きます、ついて来て下さい!」


 脇目も触れず城外に向け走り出すグレイラットさんに慌てて声をかける。


「ち、ちょっと待ってください! でも魔人が!」


 助けてもらった上に無茶を言うのは忍びないが、でもこの人以外にあいつを倒せるとは思えない。


「――残念ながら、今の私ではアレには遠く及びません。全盛期の頃でもどうか……」


 一瞬立ち止まってグレイラットさんが首を振る。


「そ、そんな! それじゃあもう勝ち目なんか……」


 伝説の剣士をもってしても勝てないとなると……今のモリノにこれ以上の戦力は無い。つまり、諦めて逃げろってことか……。


「なぁ、国を捨てて逃げるなんて、髭じぃはそれで納得行くのかよ!?」


 俺一人が駄々をこねても仕方ないとは思いつつ髭じぃに詰め寄ると、返ってきたのはまたまた意外な返事だった。


「逃げる? いやいや。ここからが反撃じゃ」


「……え? でもグレイラットさんも勝ち目が無いって……」


 混乱する俺を他所目にティンクが徐に口を開いた。


「賢王エイダン、剣帝グレイラット、それに賢人マクスウェル。ようやく役者が揃ったわね。まぁ1人だけ頼りないのが居るけど」


 そう言って俺の方を見るティンク。


「……それに貴女も居ます」


 ティンクに笑って答えるグレイラットさん。


「歴史は繰り返す、か。……すまんの、また最後はお前達頼みとなるのか」


 髭じぃが何だかバツの悪そうな顔でティンクを見る。


「……いいわよ! こんな時のためにラージーは私を遺したんだもん。あの魔神なら、相手にとって不足なし、でしょ!」


 そう言ってにっこりと笑うティンク。



「……ち、ちょっと待って。3人とも何の話してんだよ!?」


 笑い合う3人の輪の中に割って入る。

 昔馴染みだけで盛り上がられても、俺には話がさっぱり見えてこない。

 俺にも分かるように説明してくれ……と言いたいところだが、グレイラットさんに蹴散らされた魔物達が再び群を成し迫って来るのが見えた。


「――説明は道すがら! とにかく一端街の外まで退却しますよ!」


 グレイラットさんに先導され、立ちはだかる魔物だけを相手にしつつ郊外へと向かって走る。




 ―――




 道すがら、救えそうな人達だけはどうにか助けつつ馬車の乗り場まで辿り着いた。


 幸いな事に、街中は魔神が放った火球の着弾点以外はそれ程被害は酷くないようだ。騎士団がうまく連携して住民の避難も着々と進んでいる様子。


 とはいえ、魔物もどんどんと数を増している。街全体が埋め尽くされてしまうまでそう長くはかからないかもしれない。


「おふたりとも、こちらへ!」


 グレイラットさんが、近くに待機させていた大型の狼を連れてくる。

 真っ白でモフモフの毛並み。

 見た目はモリオオカミだが、うちの町のコテツよりも5倍は大きい。


「こ、この子は?」


 その迫力に思わず後退りする。


「大型のモリオオカミ……シンロウ種です。ここからマグナス殿の街まで1時間も掛からずに踏破します。これに乗って工房へ向かってください」


「こ、工房!?」


「はい。過去にモリノが敗戦の危機に陥った際、貴方のお爺様……賢人マクスウェルの錬金術が国を救ってくださいました。その切り札となったアイテムがあるのです」


「"ヤオヨロズ"というアイテムに聞き覚えは無いか?」


 髭じぃに尋ねられ思わず息を呑む。


【ヤオヨロズ】

 それって確か……


「良かった、思い当たる節があるみたいね」


 何も答えない俺を見て、ティンクが察したように呟く。


「こっちは私達で何とかするわ。錬成が終わり次第直ぐに戻るから、それまで何とか持ち堪えて」


「えぇ、分かりました。おふたりもお気をつけて」


 グレイラットさんと握手を交わすティンク。

 続いて髭じぃとも硬く握手を交わす。


「……こうしてまた会えて良かった」


「私もよ。……こんな所で死なないでよ」


「あぁ。……おまえこそ達者でな」



「――さぁ、行くわよ!」


 巨大なモリオオカミの背中に跨る。

 俺が前に乗り、その後ろから抱きつく形でティンクがしがみつく。


 ティンクとこれ程までにくっついた事は無かったかもしれない。当然、背中ではラージスライムが大暴れしている!


 ――普段なら思わず叫びたくなる程のラッキーな状況だけれども、今回ばかりはさすがにそんな気分にはなれなかった。


 グレイラットさんの合図と同時に、俺たちを乗せたモリオオカミは勢いよく駆け出していく。




 ―――――




 シンロウは風のように夜道を駆け、グレイラットさんの言ってた通り1時間もかからずに工房まで辿り着いた。

 王都の異変についてはまだ話が及んでいないのか、町は普段通り静かなままだ。

 母屋に帰り家族に危険を知らせたい気持ちもあるが、今こうしてる間にも王都は刻々と魔神に支配されつつある。

 今は“ヤオヨロズ”を完成させるのが先決だ。


 ティンクと一緒に一目散に工房へと駆け込む。


「なぁ!? その“ヤオヨロズ”とかいう訳わからないアイテムに頼るより、今ある素材でありったけのアイテムを錬成して持ってった方がいいんじゃねぇか?」


「焼け石に水よ! 小型の魔物だけでもどんだけいると思ってんのよ! 早く“ヤオヨロズ”のレシピを探すわよ!」


「てか、何なんだよさっきからその“ヤオヨロズ”って!」


「……まぁ、簡単に言えば、魔神と同じ錬金術の決戦兵器よ。かつての大戦末期に世界中にモリノの戦力を見せつけ戦争を終焉に導いた最終兵器。もちろん魔神みたいに暴走する心配も無いわ。モリノに万が一の事態があった時のためにこの工房にレシピを遺しておくってラージーが言ってたみたいだけど……あんた聞いてないの?」


「……そういう事か」


 じいちゃんから直接そんな話は聞いた事無かったけれど……随分前から気になる事はあった。


「心当たりがあるみたいね。よかった、何処にあるの?」


「ちょっと待ってろ……」


 部屋の隅にある机の下から、隠された小さな鍵を取り出す。

 その鍵で下の引き出しを開け、中から秘蔵のコレクション……エロ本たちをダサダサと取り出し机の上に並べる。


「ちょっ……! ちょっと!! こんな時に何やってんのよ!」


 顔を真っ赤にして目を背けるティンク。


「俺がじいちゃんから託された宝物だよ。じいちゃんが生きてる頃にチラ見してた時は気づかなかったけれど、錬金術の知識も有る今、独りでじっくり読み込むと分かるんだよ。これ、絵に混ぜて所々に錬金術のレシピが散りばめて隠されてるんだ。しかも、隅々まで舐めるように凝視しないと気付けないほど巧妙にだ」


 つまり……ある程度の錬金術の知識がある人間が、エロ本を舐め回すようにじっくりと熟読しなければ見つけられない隠し場所。

 こりゃ俺にしか見つけられないわけだ。


 我がじいちゃんながら、よく出来た隠し場所だよ。思わず乾いた笑いがこぼれる。


「ま、まぁ。レシピが分かったなら良かったわ。解読は出来そう?」


「随分前に解読済みだ。結局何のレシピなのかは今の今までわからなかったけどな」


「そう! ならあとは作るだけね! さっさと錬成しちゃいましょう」


 パンと手を叩いて勢いよく立ち上がるティンクだったが……そう事態は上手く行かない。

 このレシピは……無理なんだ。


「……素材が足りない」


「何よ!? 材料くらい。国の緊急事態よ。街の錬金術屋から何だって引っ張って来れるわよ」


「いや、必要なのはびっくりするほど基本的な素材ばっかりだ。今工房にある物だけでほぼ事足りる。……けれど、1つだけ足りないんだ」


「だから何が足りないのよ?」


「……“賢者の石”」



 読み解いたレシピにはっきりと書かれていたんだ。

 銅や鉄、植物や鉱石を混ぜ合わせ、最後に【賢者の石】の力を注ぐ。


 付加される特性は――“真理”


 勿論、ルルのお父さんが作ったような模造品じゃなく本物が必要だ。


 まさか……こんな状況でそれが必要になるなんて。じいちゃん……そりゃないだろ。


 だって賢者の石って――



 黙ったまま項垂れる俺をじっと見つめるティンク。


 お互いに黙りこむ中、ふと月明かりがティンクの横顔を優しく照らし出す。




「――あるわよ。賢者の石」

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