10-24 最後の希望

「――! 陛下!! お退がりください!」


「う、うむ」


 乱戦になっている中庭を抜けた魔物の一部が、俺達の居るテラスにもどんどんと押し寄せてくる。


「総員! 陣形を組め! 陛下をお守りするんだ!」


 兵士たちが隊列を組み応戦に回る。


 一糸乱れぬ連携の取れた攻撃で次々と魔物をなぎ倒して行く兵士達。さすが髭じぃ御付きの近衛兵。皆手練れの戦士のようで、迫りくる魔物を1匹、また1匹と切り捨てて行くが……魔物の勢いは一向に衰える様子が無い。


 まるで感情を持たない傀儡のように次から次へと飛び掛かってくる魔物の群れに、兵士達の連携も徐々に分断され各個が取り囲まれてしまうようになってしまう。


「――っ! いかん、連携を崩すな! ――そこ、後ろ!!」


 隊長と思しき人が声を上げた直後、1人の兵の背後からその首元に向かって獣型の魔物が飛び掛かった!


「う、うぁぁぁあ!!」


 押し倒される形で地面に倒れ込んだ兵士目掛けて、押し寄せて来た魔物が一斉に飛び掛かる。


「今助けに――」


 隊長が咄嗟に駆け寄ろうとするが……


『ぎゃぁぁーー!』

『くそっ! 離せぇぇ!!』


 魔物の俊敏な動きと圧倒的な数に翻弄され、兵士達は1人、また1人と赤い波に飲み込まれていく。

 魔物達の間から飛び散るのは真っ赤な飛沫と肉片……あいつら、生きた人間をそのまま食ってやがるんだ!!


『ぎゃああああああ!』

『痛、誰か! 誰か助け……』


 響き渡る断末魔と、すぐ目の前で繰り広げられるあまりに無残な光景に思わず胃の奥から酸っぱい物が込み上げてくる。


 ――だがそんな泣き言を言ってる暇さえない。

 10人以上居た近衛兵はあっという間に半数以下なってしまった。



「――! マグナス! 後ろ!!」


 ティンクの声で反射的に後ろを振り返ると、昆虫型の魔物が今正に俺の顔面目掛けて飛び掛かってくる所だった。


「う、うぉぉおお!」


 思わず尻餅をついて転んでしまったところで、隊長が見事な剣技で魔物を切り落としてくれた。


「陛下と皆さんはこちらから退避を!」


 その勢いのまま2,3匹魔物を切り倒し退路を作ってくれる。


「――すまぬ、恩に着るぞ! ――マグナス、ティンク、こっちじゃ!」


 髭じぃが手早く俺の手を引き起き上がらせると、隊長の肩をポンと叩いて階段へと走り始める。


 隊長が先頭で活路を開き、その後に髭じぃと俺達が続く。そして後ろを守る形で残りの近衛兵達が守備にまわり撤退を試みるが……後を追ってきた魔物に徐々に追い詰められ、しんがりの兵士達が1人、また1人と魔物の群れに飲み込まれていく……。


「……っ! 皆さん、立ち止まらずに!! もう少しで城内を抜けます!」


 城の裏門まであと少しという所まで来た所で……。


「――! 陛下!!」


 空中から髭じぃ目掛けて急降下してきた鳥形の魔物を迎撃しようと上空へ剣撃を放った隊長。だが……その隙を突かれて足元から数匹の魔物に飛び掛かられてしまった。


「陛下! 裏門まで、走って――」


 あっという間に魔物の群れに飲み込まれ、手に握られていた立派な長剣がボトリと地面に落ちる。


 そんな間にもどんどんと集まってきた魔物達が、俺達の行く手を阻むように裏門への道を覆いつくす。クソッ、こいつら知能なんて無いんじゃなかったのかよ。


 ……いよいよ、辺りに残ったのは俺とティンク、髭じぃだけになってしまった。


「まいったな。こんな事ならポーション持ってきとくんだったぜ……!」


「今更言ってもしょうがないでしょ! ……裏手の森まで逃げこめれば草木が邪魔して魔物の勢いも多少抑えられるかもしれないわ。どうにか後少し逃げ切るわよ……!」


 その辺に転がっていた武器を手に取り、俺とティンクで髭じぃを守る陣形を取る。


 裏門まで通じる隙は無いかと辺りに目を凝らすが、どこもかしこもびっしりと魔物で覆われとてもじゃ無いけれど駆け抜けられそうにない。

 これは……チュラの時の比じゃない程のピンチだな。



「――ここはワシが時間を稼ぐ。お前達はその間にどうにかして逃げるんじゃ」


 背後からボソリと呟くと、髭じぃがゆっくりと俺達の前に歩み出る。


「な、無茶言うなって! 何とか3人で逃げる方法を……」


 慌ててその手を引いて呼び戻そうとするが、力強く振りほどかれてしまった。


「なに、別に自暴自棄になっておる訳ではない。この国の…元王として、今できる最前の策を取ろうというだけじゃ」


 一瞬こっちを振り向き、俺とティンクを順に見つめてはすぐに前を向いてしまった髭じぃ。

 その顔は……今まで俺に見せた事のない、一国の"王"たる威厳に満ちたものだった。


「こうなってしまった以上、残された希望はお前達だけじゃ。……良いか、良く聞け。なにもモリノが戦火にまみれるのは今回が初めてではない。過去の大戦でも幾度となく瀕した状況じゃ。何度街が焼かれ、森が燃やされようとも、ワシらは闘い勝利を収めてきた! それを成し遂げた英雄こそが――伝説の錬金術師"賢人マクスウェル"じゃ!! 英雄亡き今、その孫であるお前こそがモリノ唯一の希望なのだ! ――勝手を言っておる事は重々承知! 無論タダとは言わん! この命を以ってお前を"あの工房"まで送り返してやる! だから……マグナス。ワシが愛したこのモリノを――頼む!!」


 近くに落ちていた剣を拾い上げ眼前に構えると、こっちを振り返る事も無く魔物の群れに向かい突撃していく髭じぃ。


「……! 待って、髭じぃ! 嫌だ……待ってくれって!!!」


 慌てて止めに行こうとするが、そんな俺の腕をティンクが後ろからがっしり掴み離そうとしない。。


「おい! 放せって!! このままじゃ髭じぃが――!」


 いつものじゃれ合いではなく、本気でティンクの手を振りほどこうと力を込めるが……ふとティンクの顔を見て思わず腕から力が抜ける。


 夕陽のように真っ赤な瞳を湛える綺麗な目を、さらに真っ赤にして……歯を食いしばって涙を浮かべるティンク。


「……何よ……何だってのよ! 昔も今も……みんな、みんな、そんな事ばっかり言って勝手に先にいなくなって――バッカじゃないの!!!」


 そっか……そうだよな。本当は誰より助けに行きたいはずだよな……お前の事を知ってる唯一の昔の友達なんだから……。


 それでもティンクは俺の腕を強く握ったまま離そうとしない。


「……行くわよ! 走って!!」


 その顔を見て、俺も決意を固め走り出す。


 ごめん、髭じぃ。


 髭じぃや爺ちゃん達が守って来たこの国、今度は俺が何とか守ってみせるから!!



 走りながら思わず背後を振り返ると――真っ赤な魔物の群れが一斉に髭じぃに襲い掛かるのが見えた。


「何で……なんでだよ! こんなお別れ……あんまりだろっ!」


 歯を食いしばり俯きながら走る俺の背後で――何か甲高い金属音が響たかと思った刹那、走る俺達を猛然と抜き去る勢いで無数の魔物達が吹き飛んでいった! 驚いて目で追うと、そのどれもが切り刻まれただの赤い破片となり果てている。


「……え?」


 思わず振り返ると、百匹近くは居たであろう魔物が一瞬にして消えて無くなっていた。


「え、ええ? ま、まさか髭じぃ!? めちゃくちゃ強ぇ!?」



『――まったく、相変わらず無茶をなさるお人だ』


 聞こえてきたのは、髭じぃとは異なる老人の声。

 その声には聞き覚えがあった。


「――あ」


 使い古されたマントに身を包み、白銀に輝くロングソードを構える剣士。

 その姿を見て安心してしまったのか、思わず目の前が涙でにじんでしまう。


「……ホッホ。まったく、ようやっと来おったか」


 そう笑いながらよろよろと立ち上がる髭じぃ。

 その肩を素早く抱くマントの剣士こそ――もう1人のモリノの英雄、"剣帝グレイラット"。


 今尚モリノ最強を誇る、伝説の剣士の姿がそこにあった。



「お久しぶりです、陛下。参上が遅くなり申し訳ありません」


「なぁに。元気そうで何よりじゃ」


「お陰様で。……陛下の方は随分とご心労なされえいるようで」


 魔物に襲われボロボロの髭じぃを見てにんまりと笑うグレイラットさん。

 幸い髭じぃに大きな怪我は無いようだ。


「まったく。引退してこれでゆっくり女子の尻を追いかける余生を過ごせると思っておったのに。どこまでいっても心労は尽きんわい」


「人に求められるというのは良い事ではありませんか」


 そう言って意地悪く笑い合う老傑達。


 そんな2人の背後から、狼型の魔物が音も無く飛び掛かる――



「――後ろ!!」


 俺が声を上げるよりも早く、振り返る事すらせずに剣を払うグレイラットさん。


 その太刀筋は光の剣撃となり地面を伝い、直線上に居た魔物を消し飛ばしながら飛翔していく。


 魔法剣の一種だろうか。この威力の斬撃を、髭じぃを担いだまま片手で……!


 伝説に偽りは無かった。

 やっぱりこの人、めちゃくちゃ強い!!


 これなら一気に形勢も逆転出来るんじゃないか!?

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