10-22 顕示欲のフラメル

「――フンッ! 何が“神”だ、馬鹿馬鹿しい!」


 “神”を名乗る異形の怪物を前にして誰もが躊躇して動けずに居る中、一切の迷いもなく陣頭へ躍り出る人影が一つ。


「たかだか魔物風情が、人語を解したくらいで思い上がるとは滑稽な。せっかく言葉が分かるんだ、俺が直々に忠告してやろう」


 相手をバカにしきった冷笑を浮かべ、臆することもなく魔神と対峙するその人物は"顕示欲のフラメル"だった。


「おい、珍獣。悪さをするならせめてもう少し無い知恵を絞るべきだったな。今日このモリノには世界中から選りすぐられた欲名持ちの錬金術師が集結している。つまりお前にとって最悪のタイミングだって事だ。悪い事は言わないからさっさとお山にでも飛んで帰りな。――まぁ、やすやすと見逃してやる気も無いがな」


 自信満々に言い放ちながら左手に持った大きな盾をドンと地面に置いて構える。白銀に輝く大盾は大人一人をゆうに覆い隠す程の大きさだ。

 そしてもう一方の手には黄金に輝く長剣。


 ――そういえば思い出した。

 サンガクの錬金術師は、後方支援だけじゃなく自ら前線に出て戦う武闘派が多いって聞いた事があったな。

 線の細いあの身体に不釣り合いな重装備。おそらく筋力増強剤か何かでドーピングしてるんだろう。

 そこまでして前線に立ちたがるとは……中々にイカレてる。



『……ほぅ。“顕示欲のフラメル”ですか。相変わらず口だけは良く回るようですね』


 特段興味を持つでもなく、目の前をハエが横切ったくらいの反応でフラメルを見下す魔神。


「俺の名を知ってるとは、最低限学んでおくべき事の分別くらいはつくのか。思った以上にやるじゃないか化け物」


 ……そうか。

 俺たち以外はアレが元々人間だって事を知らないんだ。


『――若さ故でしょうか。神をも恐れぬその愚行。……良いでしょう、その蛮勇に免じて真っ先にあの世へ送って差し上げましょう!』


 うすら笑いを浮かべつつ、魔人がひょいと片手を振り上げる。


(――ヤバい! 廊下で兵士を一瞬で粉々にした、あの攻撃が来る!!)


 そう思って声を上げようとした瞬間既に魔神は腕を振り下ろし、その足元の地面が大きく吹き飛んだ!


 ……濛々と巻き上がる土埃。


 それが夜風に流されて消え去ると、地面には爪で大きく抉られたような巨大な傷跡が残っていた。


 ――けれど、その跡はある地点でピタリと止まっている。

 その先に居るのは巨大な盾を構えたフラメルだ。盾は無事どころか傷ひとつ付いていない。


「ん? なんだ、神だ何だと大口を叩く割に、その程度か。これじゃあ俺の実力の半分も披露できそうにないな……」


 さもガッカリした様子でヤレヤレと首を振るフラメル。

 大きくため息をつき一呼吸おくと、盾だけをその場に残してフッとその姿が消えた。


 次の瞬間――魔人の目の前に再び現れたフラメルは目にも止まらない速さで黄金の長剣を振りおろす。

 抵抗する間も無くその斬撃を受け、魔人の右腕が宙を舞って地面へと落ちる。


『お、おぉ―――!』


 フラメルの勇士に戦場が一気に湧き立った。


(た、確かに言うだけの事はあってめちゃくちゃ強い!)


 彼の一撃を皮切りに、好機に続けとばかりに一斉攻撃が始まる!


 魔導兵達が放った無数の火炎魔法が、まるで満点の星々のように夜空を舞い次々と直撃――立ち上がった爆炎が辺りを昼間のように明るく照らし出す。


『――弓兵、一斉に放てっ!!』


 号令を合図に、弓兵達の放った矢が豪雨のように追い討ちをかける。

 矢が命中すると同時に炎の中で次々と爆発が巻き起こり火の勢いを増していく。どうやら火薬を付けた炸裂矢のようだ。

 立ち上がる火炎が眩しすぎて、もはや魔人の姿すら見てとることが出来ない。 ……て、これ下手したら城ごと燃えねぇか!?


『攻撃、止めー!!』


 号令を受けて兵士達の攻撃がピタリと止む。


 後に残ったのは轟々と音を立てて燃え盛る火柱だけ。

 勝ちを確信したのか、互いを称え合うように拍手が起こり、お疲れ様と言わんばかりに拳を打ち合う兵士達もいる。

 呆気ない幕切れに少し拍子抜けしつつも、場は楽勝ムードに包まれ始めていた。


 ところが――そんな状況は一瞬にして覆される。

 飽和攻撃により巻きあがる火柱の中から、不意に一筋の赤い閃光が放たれたのだ。

 光は地面に沿って走るように流れると、次の瞬間――光の通り道に沿って爆発が巻き起こり地面が次々と消し飛んでいく!!


 目も開けていられない程の閃光が収まると、地面は赤く融解しドロドロのマグマのような跡が一直線に続いていた。

 それは強固な石壁をも優々と貫通し城壁に大きな穴を開けている。

 無論、爆発をまともに受けた人達は……影も形も無い。


『んー……なるほどなるほど。身体の制御はだいぶ慣れてきましたが、魔力の調整がまだまだですね』


 火柱の中から声が聞こえたかと思うと、風に吹き消される蝋燭のように炎が一瞬で消え、その跡から魔人が姿を現した。

 あれだけの攻撃を受けたっていうのにその身体は全くの無傷。――それどころか、先ほどフラメルに切り落とされた腕も完全に再生されている。


 口をあんぐりと開いたまま固まるフラメルに対し、魔神は勿体ぶった口調で語りかける。


『何をそんなに驚いているのですか……。もしや、先ほど私の爪を止めた事で何か勘違いされましたか? いや、あの程度で息巻いて貰っては困ります。せめて今のくらいは止めて貰わないとまるでお話にならない』


 声すら出せず立ちすくむフラメルに対し、ニヤニヤと笑い掛ける魔神。


「――怯むな! かかれぇぃ!!」


 士気が下がり切る前に……と判断したのか、指揮官から号令が飛ぶ!

 指示を受け前衛の騎士達が一斉に斬りかかり、後方の魔導士達も追撃の魔法を絶え間なく放ち続けた。


 しかし……決死の猛攻も虚しく、魔神にダメージが入っている様子はまるで無い。

 飛び交うハエを払うかのようにさも面倒そうに片手を上げて払うと――それだけで数十人の兵士が塵となって消え去った。


『正直、雑兵ぞうひょうに興味は無いのですよ。さぁ、続きをやりましょう"顕示欲のフラメル"。新進気鋭の錬金術師の実力が如何程のものか……示してみせなさい!』


 魔神が振り上げた腕をフラメル目掛けて振り下ろす。


「――クッ!!」


 盾を構えて応戦するフラメルだったが――先ほどは攻撃を受け切ったはずの盾が、今度は一撃で粉々に消し飛んでしまう。


「――っ! クッ、クソッ!! ――おい、兵士ども! 落ち着け! 落ち着いて俺に注目しろ! お前ら無能共は黙って俺様の活躍を見守ってろというのだっ!!」


 フラメルが慌てて声を上げるものの、一瞬にして数十人の仲間を失った兵士達は半ばパニックに陥り誰も耳を貸そうとしない。


『……あぁ。そうでしたね、思い出しました。"顕示欲"の特性。――"周りに注目され、期待されている程にアイテムの能力が上がる"でしたか。実に貴方らしい傲慢な力だ』


 目を細め、哀れな者を見下すようにフラメルを蔑む魔神。


「クッ、クソッがぁぁ!! 化け物如きが知った口を――きくんじゃねぇぇ!!」


 剣を構えて強引に魔人へ斬りかかるフラメルだったが、先程その腕を切り落とした剣は既に黄金の輝きを失い、魔神に触れるなりあっさりと折れてしまった。


 それを見て魔神は大きくため息をつくと、フラメル目掛けて腕を大きく振り上げる。


『……大口を叩いておきながらその程度ですか。残念ですが、もう用済みです』


「……この、クソがぁぁぁああ!!」


 悲鳴と怒号が飛び交う戦場にフラメルの断末魔が響き渡った。

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