10-21 降臨
盛り上がる会場の隅で息を整えていると、俺たちに気付いたルルのお父さんが駆け寄ってきた。
「皆さん、大丈夫ですか!? 何だか大変な事になっているようですが」
側に居たナーニャさんもドレスの裾をたくし上げながら走って来る。
「あなたたち、いったい何があったのよ!? ……あら!? リリアちゃんどうしたのその手、見せて!?」
ナーニャさんが、リリアの手を優しく取る。
「い、痛っ!」
「! ごめんね! ……ちょっと! 指、折れてるじゃない!? 可哀そうに、痛かったでしょ」
ナーニャさんはリリアの小さな手を取り慎重に観察すると、胸元から小さな薬瓶を1本取り出した。
「ちょうど品評会用に持ってきててよかったわ。コレ、飲んで。あなたなら良く効くと思うから」
「え? は、はい」
言われるがまま、小瓶を受け取ると中の液体を一気に一気に飲み干すリリア。
するとすぐさま淡い光が手のあたりを包み始め、真っ赤に腫れていた指が見る見る元通りに治っていった。
「!? す、凄ぇ! 一瞬で骨折が治るなんて! 最高級の【エクスポーション】か……まさかこれが伝説の回復薬【アンニィパータントポーション】ですか!?」
目の前で起こった事が信じられず、魔神の事なんて忘れて思わずリリアの持つ瓶を覗き込む。
「ふふ、マグナスちゃんったら大袈裟ね。ただの【回復のポーション】よ。……そっか、マグナスちゃんには言ってなかったかもしれないわね。私の"授乳欲"の特性は"アイテムを使用する対象が、才能に満ち溢れる若者であるほど効果が上がる"のよ」
な、何だそりゃ!? そういえばこないだソーゲンで会ったときは俺の話ばっかりしちゃってナーニャさんの錬金術に関してはあんまり聞いてなかったな……。
それにしても、さすが欲名持ちの錬金術師。俺が言うのもなんだけど、随分ユニークな特性だ。
アイテムの効き目次第で才能の有無が分かるってんなら、俺も試しにちょっと飲んでみたい気もするけど……今はそんな事言ってる場合じゃない。
リリアの怪我も治ったし、あとはあの魔神をどうにかしなきゃな。
『よーし、やってやろうじゃねぇか!』
『おいおい、俺の手柄を横取りするなよ』
『絶対に俺が倒して第一王女を御妃に貰うぞ!』
フラメルに触発されたのか、会場では腕に覚えのある錬金術師達が戦闘準備に入っている。
その様子を見てグランツ陛下が近衛兵へ伝令を告げる。
「――よし! 全軍へ通達! 城内に待機している騎士団、魔導兵団及び弓兵隊は全戦力を以って西棟を包囲! 対象を中庭へとおびき出しそこで一網打尽とする! 城外で展開している兵にも警戒体制を取らせろ! ――即座にかかれ!!」
陛下の勅令を受け、兵士達が慌ただしく動き始める。警鐘が鳴り響き、閑静な王都の夜があっという間にして緊急警戒態勢に入った。
―――
陛下の指示通り、ものの数分で晩餐会会場の隣にある広い中庭に城中の兵が集まってきた。
中庭はそれなりの広さがあるとはいえ、さすがに全兵力が一斉に陣を展開出来る程ではないので、庭に入り切れなかった兵は城壁の外から中庭を包囲する形で待機している。
俺とティンクは髭じぃに付き従う形で、少し離れた位置から戦況を見守る。
俺も出来る事なら力になりたい所だけど、手元にポーションが一つも無いんで全くの戦力外だ。人前で使うつもりは無かったけれど、こんな事なら護身用にロングソードさんのポーションくらい持ってきておけば良かった……。
戦う手段が無いまま下手に逃げるよりも、護衛が沢山居るここの方が安全だという髭じぃの計らいでこうして傍に居させて貰ってる訳だ。
城の兵士や錬金術師達以外の、非戦闘員は既に城の反対にある東棟へと避難を済ませてある。
相手が単独なのは不幸中の幸いで、全勢力をこの西棟に集中させて一点防衛を構える作戦らしい。
グランツ陛下の指揮の元、前衛を務めるのは重装備の騎士隊。その背後に魔導士と弓兵、さらにその後ろにサポート役の錬金術師が控えるという三重の陣で西棟を包囲する。
……
一同が固唾を飲む中、どこからとも知れず地を揺るがすような重い足音が聞こえてきた。
身体の再生を終え、いよいよアイツが動き出したようだ。
足音は一歩、また一歩と大きく、はっきりと聞こえるようになってきて……そして――西棟の外壁を粉々に吹き飛ばしながら異形の怪物がその姿を現した!
見るに、さっきもげていた手足は完全に再生され元通りになっている。それどころか、この短時間で身体の組織構造まで作り直したようだ。
筋組織が剥き出しになったかのようなグロテスクな外観は洗礼され、その体はまるで褐色の鎧を身に纏うが如く艶やかに輝いている。
特徴的だった翼や背後の光輪は造形がより細やかになり、確かに神々しさは増したような気がする。
再生に随分と時間がかかってると思ったらこんな小細工してたのかよ。随分と余裕じゃねぇか……。
『――これはこれは。大勢でお集まり頂きありがとうございます。いや、嬉しいですね。新時代の"神"の降臨をこれ程多くの観衆にご覧頂けるとは』
到底人のものとは思えない、獣の咆哮のような声で流暢に人語を操る異形の怪物。
その姿を見て誰しもがアレがただの魔物では無い事を悟ったんだろう。
さっきまでやる気に満ち溢れていた兵士達が、皆一様に怖気付き引き腰になってしまっている。
『……おや? そう簡単に戦意喪失されて貰っては困ります。“神”の力を世に知らしめる良い機会なのですから、せいぜい足掻いて頂かないと……。ほら、皆さんで協力してかかってくれば傷跡の一つくらいは付けられるかもしれませんよ?』
モリノの総戦力を結した大隊を前にして、魔神はそれを嘲笑うかのように神々しい後光を発しながら両手を広げるのだった。
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