10-20 迎え撃つ者

「――っ!! 陛下をお守りしろ!!」


 呆気に取られ棒立ちしていた兵士たちが、ハッと我に返り大慌てでグランツ陛下を後ろに隠す。


「いかん! 応戦など考えるな! 皆、とにかく逃げるのだっ!!」


 髭じぃが大慌てで叫ぶが、魔人が大きく腕を一振りすると――5,6人居たはずの兵士が一瞬にして跡形もなく消えてしまった。

 兵士達がいた場所には、おそらく元は鎧だったであろう銀粉と塵のサイズにまで細々に切り裂かれた肉体が赤い霧となって立ちこめるだけ。


「――ッキャァァ!!」


 無残な光景を目にしてリリアが思わず悲鳴を上げる。

 その声を合図に、俺とルルスさん、ティンクとリリア、髭じぃとグランツ陛下、それぞれが手や肩を貸しながら一目散に廊下を駆け出した!


『――ほぉ、これは都合が良い。モリノの権力者が2人ですか。神の生誕を世界に知らしめるため……手始めに、無敗のモリノでも陥落させてみましょうか!』


 魔人はこっちに向き直ると、肉食獣が獲物に飛び掛かるように四つん這いでググッと姿勢を落とす。


(――!? おいおいおいおい!? 何する気だよ! こんな真っ直ぐな廊下で、あの巨体で突進なんかされたら避けようが無いぞ!)


 辺りを見渡してみるけれど、あるのはせいぜい小さな棚や装飾品くらいでとても隠れられそうな場所は無い。


(一か八か迎え撃つか……!?)


 いや、手負いだったとはいえあの爺さん、相当な腕前だったはずだ。

 それがああもあっさりやられたんだから、ここに居る全員でかかったところでさっきの兵士達みたいに一瞬で塵にされるのは目に見えてる。


(クソッ、どうする……どうする!?)


 魔神の方をチラリと振り返ると……ふいにその巨大がユラリと揺れたのが見えた。

 床に付いていた両手のうち左手がボロリと崩れ落ち、そのせいでバランスを崩して倒れ込んだようだ。


『……? 何だ、これは?』


 自らの身に何が起きたのか分かっていないのか、魔人自身も困惑しているようだ。

 残る右手で上体を支え起き上がろうとするが、今度は右足が捥げてそのまま崩れるように床へと倒れ込む。


『――なるほど、いけませんね。まだ身体が馴染んでいませんか。私としたことが少しはしゃぎ過ぎました』


 どうやらヤツ自身もまだ上手く力を制御出来ていないようだ。


(もしかして、これはまたとないチャンスか!?)


 ヤルなら今しか無い……!! そう思い一瞬立ち止まるが――すぐにティンクに力一杯腕を引っ張られる。


「無理よ!! そう簡単に殺せるような相手じゃないわ! 見なさいアレ!」


 ティンクが指を刺した先を見ると、崩れ落ちた魔神の四肢がドロリと溶けて液体へと変化し、モゾモゾと蠢いている。

 それらはまるでスライムのようにズリズリと這いずりながら魔神の本体へ融合しようとしている。

 その様子はチュラで見た錬金術の化け物さながらだ。

 ティンクの言う通り、あれは確かに一筋縄ではいかないだろう。


「――分かった、一旦逃げるぞ!」


 俺の言葉を合図に、再び全員が走り出す。




 ―――




 いくつか角を曲がり西棟から内廷へ続く渡り廊下に差し掛かる。

 身体の再生に時間がかかっているのか、魔神が追ってくる様子は今の所無い。お陰でどうにか晩餐会の会場まで戻って来ることができた。


 勢いよく会場のドアを開け中へと入る。


 ゼェゼェと肩で息を整えていると近くで歓談していた人達と目が合った。

 そりゃそうだ。俺だけならまだしも、現国王と前国王が息も絶え絶えで駆け込んできたんだから、ただならぬ事態察した警護兵が慌てて駆け寄って来る。


「皆の者! 良く聞いてくれ!」


 周りを取り囲む警備兵を押し除けながらグランツ陛下が声を張り上げると、優雅に会場を賑わせていた演奏がピタリと止まり、人々の歓談も一斉に静まり返った。


「族の手引きで城の中に魔物が侵入した! これまでに見た事のない凶悪な魔物だ!」


 ……成程、事態を説明するには上手い言い訳だと思う。

 各国の来賓の手前、まさか『城に隠してあったヤバい兵器が暴走しました』とは言えないだろうからな。

 理由をでっち上げてでも、ひとまず皆をここから退避させようという算段だろう。


 ただのエロ息子かと思ってたけれど、そこは仮にも一刻の主君。こんな時の対応は手慣れたものか……と、心の中で見直した矢先、グランツ陛下はとんでもない事を言い出す。


「危険な相手ではあるが――もし腕に覚えのある者が居れば討伐に協力して貰いたい!」


 拳を振り上げ、会場の錬金術師達に向かって声高らかに宣言する陛下。

 髭じぃが慌てて後ろからその腕を引く。


(ば、バカ者!! 何を考えておるんじゃ!? まさか、アレと戦うつもりか!? お前も見たじゃろ、あれは人間が敵う相手ではない!)


(では、父上はアレがこのまま街に放たれても良いというのですか!? 幸い今、城には我が国の兵士だけではなく各国から集まった腕利きの錬金術師が揃っています! 彼らの力を借りない手はありません!! ここで叩かずしてこの先勝機があるとお思いですか!?)


 睨み合ったまま一向に引こうとしない両者。

 そんな二人の様子を見て不安になってきたのか、徐々に会場がざわめき初めてきた。



 ……だが、そんな人々を割くようにして一人の男が陛下達の前へと躍り出る。


「さすがはグランツ陛下。これはまた随分と趣向を凝らした余興ではないですか!」


 ……"顕示欲のフラメル"だ。

 いけ好かない色男がパチパチと大袈裟に拍手を打ち鳴らしながら、皆の視線を一身に浴びて群衆の前に立つ。


「パーティーの余興として各々が持ち寄った自慢のアイテムの品評会を行うとはお聞きしておりましたが、ここまで凝った演出をご用意頂けるとは」


 ――そういえば、事前の案内に『晩餐会の余興として品評会を開催致しますので、参加ご希望の方はご自身が制作されたアイテムをお待ちください』って買いてあったな。おそらくその事と勘違いしているんだろう。


「い、いや、そういう訳ではないんだが……まぁ、それならそれでも良い! とにかく、見事魔物を退治した者には望みの品を何でも与えよう! それに、見事な活躍を見せてくれた錬金術師はモリノの王宮付き錬金術師として手厚く迎え入れる事も藪沙汰ではないぞ!」


 髭じぃを押しのけ、観衆へと向かい次々ととんでもない事を宣言してしまうグランツ陛下。


『モリノの王宮錬金術師だって!?』

『魔物は厄介そうだが……悪い話じゃないな』

『それに褒美も望みのままって……』


 一人目だっていたフラメルに触発されたのか、周りで話を聞いていた腕に覚えのある錬金術師達が俄かに浮足立ってきた。



(馬鹿な事を……)


 そんな群衆の様子を見て髭じぃは頭を抱えながら首を振り、大きな溜息と共に後ろへと下がるのだった。

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