10-18 生まれいずる脅威

「おぉ――何と美しい! これぞ錬金術の到達点!! まさに奇跡のアイテム!!」


 狭い小部屋の中で、見えもしない天を仰ぎ歓喜の興奮に身を悶えるヘルメス。


「……何だ、あれは」


 そんな彼を横目にルルスは異形の物質に怪訝な眼差しを向ける。

 彼の豊富な錬金術の知識を持ってしてもまるで見覚えの無い、それでいて一見しただけでろくでもない代物だと想像出来る禍々しい創造物。

 そんなルルスの視線に気づいたのか、瓶の中の物質がギョロリと真っ黒な目でルルスを見返してきた。


「――っ!」


「さすがの貴方もご存じありませんでしたか。“ヴィルサラーゼの魔人”――かつてモリノの錬金術師達が創り出した、最高にして最強の兵器ですよ」


 黙り込むルルスに向かい、さも自らが創造者であるかのようにヘルメスが饒舌に語り出。


「ほんっーーとうに素晴らしいと思いませんか!? 原初的にしてそれでいて既に完成されたフォルム! 安定と変化を両立させた魔力の胎動! そして何より、物質でありながら――“生きている”! このように神秘的なモノは世界中を探しても他に存在しないでしょう!!」


 興奮したヘルメスが引き寄せられるようにして瓶に歩み寄っていくと――


 ――バチン!!


 何重にも張り巡らされた結果が瞬時に反応しその行く手を阻む。


「……全く、もう目と鼻の先だというのに――うっとおしいですね! さぁ、"破壊欲の錬金術師"殿! 出番ですよ! この封印を破壊してください! 」


 興奮したように声を張り上げ手に持ったステッキでルルスを指す。


「……こんな物を手に入にして、一体どうしようというんだ」


 半ば呆れたように問い返すルルスに対し、ヘルメスが答えるよりも先に老執事が言葉を返す。


「知れた事よ! 我々を戦争に利用するだけ利用し、用がなくなった途端掌を返すように切り捨てよったこの世界に――錬金術師の脅威を見せつけてやるのだっ!!」


 その目には怒りと復讐の炎が燃え上がりリリアを掴む腕にも力が入る。


「……う、うぅ」


 苦しそうに顔を歪ませるリリア。


「待て! 確かに我々が戦時中に受けた扱いは決して真っ当なものだったとは言えない。だが――それはもう終わった話だろう! 今の時代を生きる者達に何の非があるというんだ!」


「貴様! それでも誇り高きサンガクの錬金術師かっ!!」


 老執事はコメカミに血管を浮かばせ声を張り上げながらルルスを睨み付ける。


 一瞬即発。


 その場に居る全員がお互いの出方を牽制し睨み合う。



「――まぁまぁ、一度冷静になりましょう。私も些かはしゃぎ過ぎました」


 ポンと手を叩きヘルメスがリリアの元へ歩み寄る。


「それぞれに事情も思想も異なりはしますが、唯一確実に言える事は……貴方は私達の言う通りにするしかないという事です」


 リリアのすぐ隣に座り込むと、その口を縛っているロープに手を掛ける。


「勿論事前に調べてありますよ。戦争が終わり、行き場も生きる意味さえも失い彷徨っていた貴方を拾ってくれたのが……この少女だったそうじゃないですか。そんな恩人を目の前で死なせたくはないでしょう? ――ほら、貴方の口からも師匠に助けを請いなさい」


 ヘルメスがロープを解くなり、リリアが声を上げる。


「――ダメです師匠! こんな奴らの言う事なんて聞かないでください!! 師匠、自分で言ってたじゃないですか! 国の為に戦ったとはいえ、錬金術で多くの命を奪った事を今でも後悔してるって! また同じ過ちを繰り返すつもりですか!? 私の事でしたら気にしなくていいですから――」


 そこまで口早に捲し立てたところで老執事がリリアの顔を力一杯平手で打つ。


「――キャァ!」


 悲鳴を上げ床に倒れるリリア。


「――これが最終通告だ。さっさという通りにしないと次は無いぞ」


 倒れ込んだリリアの艶やかな髪を鷲掴みにし無理やり上体を起こさせる。

 痛みに耐ようと歯を食いしばりながら必死に髪を抑えるリリアだが、今度はその細い喉元に鋭利なナイフが突きつけられた。

 彼女の白い首筋を一筋の血が赤く流れていく。


「――やめろっ! 分かった、言う通りにする! だからその子には手を出すな!」


「師匠……っ! ダメですって……」


 瞳に涙を浮かべ必死に訴えるリリア。


 そんな彼女から目を逸らすように、ルルスは封印に向け手をかざす。

 ルルスが呪文を唱えると、先ほどまでゆっくりと回転していた魔法陣が突然不規則な回転を始めた。陣に刻まれていた文字がそこかしこで瞬き順々に消失していく。


「……時間はどれ程かかりますか?」


 ヘルメスが問いかける。


「話し掛けるな! 見れば分かるだろう! 相当な強度の結界だ。どれだけかかるかなんて想像も――」


 ルルスが言葉を返すよりも前に……



 ポキッ――



「――ッキャァァァツ」



 突然リリアが甲高い悲鳴を上げて床の上でのたうち回る。

 見ると……老執事がリリアの腕を捻上げ、その細い指をあらぬ方向へとヘシ曲げていた。


「――時間が経つごとに順に指を折っていく。十本終わってもまだ足りないというなら、次は耳、目……いくらでもある。早くしないとお前の可愛い弟子がどんどんと壊れていくぞ」


 肩で息をし、涙を流しながら身体を震わせて耐えるリリア。


「――クソッ!! 分かった!! ……どうなっても知らんぞ!!」


 ルルスは両手を大きく掲げ、息を整えると魔法陣に向き直す。



「そんなに見たいなら見せてやろう!? これが、"破壊欲の錬金術師"の本気だ!!」




 ―――




「グランツ、早くそこを退くんだ! お前、自分がどんなに危険な事に手を貸そうとしているのか分かっているのかっ!!」


「いいえ退きません。父上の方こそ、どうぞさっさとお退きください」


 睨み合ったまま互いに譲ろうとしない髭じぃとグランツ陛下。


「お前が“アレ”の事を何処で知ったかは分からんが、“アレ”は人間がどうこう出来る物ではない! すぐに手を引くんだ!」


「父上こそ! いつまでも平和ボケした頭でこの国の王のように振舞うのは辞めて頂きたい!!」


「お前――っまさかそんな事のために“アレ”を使おうというのか!! バカ者!! ワシは王座などとっくにお前に譲って――」


 髭じぃがグランツ陛下に取ってかかろうとしたその時――



 凄まじい爆発音が響き渡り、廊下の先の曲がり角から砂埃が濛々と上がってくる。


 一同が一斉に振り向きその様子を見つめていると――砂埃の中から人影が飛び出して来た。



 ……リリアとルルスさんだ!


 怪我をしているのか、お互いに肩を抱き支え合いながらこっちへ走って来る。


「リリア!! 良かった無事だったのね!」

「ルルスさんも! 大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄ろうとする俺とティンクだったが、それを制するようにルルスさんが声を上げる!


「皆、逃げるんだ!! 直ぐにここから離れろ!!」


「――へ?」

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