10-17 封じられしモノ

 モリノ城、西棟。その外れにて――。



「!? おい待て! そこで何をしている!」


 巡回していた番兵が、怪しい人影を見つけて声を掛ける。


「うわっ、びっくりした!」


 声を掛けられた細身の男は、跳び上がるような勢いで驚きながら番兵の方を振り返る。


「あぁ、番兵さん。すいません、あまりに広いお城なもので迷ってしまいまして。お手洗いはこちらでよかったでしょうか?」


 特に悪びれる様子もなく、片眼鏡の奥の目をニヤリと綻ばせながら笑顔で問い返す男。


 その笑顔に何処か胡散臭さを感じつつも、物腰柔らかく気品の漂うその様子からきっと怪しい人物ではないと判断し、番兵は丁寧に対応した。


「あぁ、晩餐会の参加者か。トイレならその通路を戻ってずっと反対側だが……どう間違えればこんな所まで来るんだ」


 少々面倒そうに振り返りつつ、通路の向こうを指して説明しようとしたが――


「――っ!」


 背後から現れたもう1人の男に首を絞められ、そのまま声を上げる事も叶わず番兵は意識を失った。


 男はダラリとして動かなくなった番兵を音を立てないようそっと床へ横たえる。


「いやはや。さすがかつて数多の戦場で名を馳せた“破壊欲の錬金術師”殿。錬金術のみならずその戦闘術も流石のお手前で」


 小さく拍手をするマネをしながら賛辞を述べる片眼鏡の男――ヘルメス。



「……黙れ外道が。そんなに私の戦闘術が見たければ、その口を二度と開かないようにしてやろうか」


 冷たい目つきでヘルメスを睨み返すのは、リリアの師匠、ルルスだった。


「おお、怖い。……ですが、もし本当にそんな事をすれば、大事なお弟子さんがどんな目に遭うか分かりませんよ?」


 ヘルメスが目配せをするた、暗がりからリリアの首元にナイフを突きつけた老執事が姿を表した。

 いくら歴戦の錬金術師であるルルスとはいえ、この状況を打破出来ないことは百も承知の上である。


「さ、ルルスさん。その番兵が持っている鍵をこちらへ」


 ヘルメスが掌を向けてルルスへ指示を下す。


 ルルスが一瞬躊躇う素振りを見せると、老執事がリリアの髪を鷲掴みにして引っ張り、そのか細い首筋にナイフを押し当てる。


「――ウゥッ!」


 猿ぐつわをされたリリアの口から苦しそな呻き声が漏れる。


「――! わかった! わかったから……手荒な真似はするな」


 慌てた様子でルルスは番兵の懐を漁り、取り出した鍵をヘルメスへ投げてよこす。


「よろしい。――それにしても、モリノがすっかり平和ボケしてくれていて助かりましたよ。かつてのように戦時中ならこうも簡単に“アレ“に近づけはしなかったでしょう。……そうは思いませんか」


 鍵を受け取ったヘルメスが問いかけるが……ルルスは黙ったまま相槌すら打とうとしない。


「――ツレないですね。所属していた部隊こそ違えどかつて祖国の為に戦い……そして国に捨てられた錬金術師同士だというのに」


 そんな話をしながら、ヘルメスは受け取った鍵で近くの部屋のドアを開ける。

 淡々としたその様子は王宮で人質事件を起こしている犯罪者とはまるで思えず、決められたシナリオを筋書き通りにこなす役者のようにどこか機械的だ。

 ルルスに投げた問いも、その答えには実の所まるで興味は無いのだろう。

 部屋に入ると手早く全員を中へと引き込み再びドアを閉じる。



 ――扉の奥は古い倉庫のようだ。


 ヘルメスが懐から取り出したマッチで燭台に火を灯すと石造りの室内がぼんやりと灯りに包まれる。

 随分と長い間使われていないのか置かれた荷物はどれも厚く埃を被り静かに鎮座している。


 部屋に置かれた荷物には一切目もくれず、ヘルメスは足早に部屋の奥のへと進む。

 壁の前に立つと手に持ったステッキを胸の高さで構え、コンコンと石壁を叩きながらゆっくりと壁沿いに歩く。

 一同が黙って見守る中、部屋の隅まで進んだヘルメスは何か異変に気づいたのか立ち止まり、少し戻った位置の壁を念入りに何度か叩いて音を確かめる。



「――ふむ。ここで間違いないようですね」


 懐から一つ小瓶を取り出すと、蓋を開けて頭の高さに掲げる。

 そのままゆっくりと中の液体を壁面に沿って垂らすと――水に溶ける砂糖のように壁の一部が崩れ落ちて行った。

 瓶の液体が空になる頃には壁は姿を消し去り、代わりに地下へと続く細い階段が足元から続いている。


「さぁ、いよいよこの先ですよ!」


 芝居がかった口調で一同にはっぱをかけると、自ら先陣を切って階段を降りて行くヘルメス。

 対してルルスは全くもって気乗りしない様子だが、リリアを抱えた老執事に急かされ仕方なく歩みを進める。



 ……



 階段を降り切ると狭い地下通路が暫く続き、その先に重厚な扉が鎮座していた。

 古びた扉の枠には呪符のようなものが無数に貼られ、どう考えても気軽に開けてはならない雰囲気を醸し出している。


「――あ、ご心配なく。貴方に破壊して欲しいと申しましたのはこれでは無いですよ。この程度でしたら私でも充分」


 扉の前に立ったヘルメスは冗談めかしてホホホと笑うと、懐からガラスのような透明な素材で出来たナイフを取り出す。

 そのナイフをドア枠に沿ってゆっくりと這わせて行くと……刃に触れた呪符が黒い煙を上げて焼失していく。


 次々と呪符を焼き切っていき、全てを消し去るのにものの1分もかからなかった。

 最後の呪符を焼き切ると同時に、ヘルメスの手の中でナイフが音を立てて砕け散る。


「――おや。この程度の封印でしたら余裕で耐え切るかと思いましたが……まさかこれ程までとは。さすがモリノの錬金術ですね。……しかし、本番はこの先です。さぁ、いよいよ出番ですよ、“破壊欲の錬金術師“殿」


 そう言ってドアに手をかけるヘルメス。

 油の切れた蝶番が鈍い音を立て、ズルズルと床を引きずりながらドアが開かれる。



 ドアの奥は小さな部屋になっていた。

 窓も灯りも無い密閉された空間。


 その奥にポツリと1つだけ祭壇がある。

 そして、祭壇の上には両手で抱える程の大きさの瓶が置かれている。



 ただそれだけの殺風景な小部屋だが、ここが異常な空間だという事は一目で分かる。


 瓶の周りには光り輝く赤い文字で記された魔法陣が幾重にも浮かび、音もなく静かに回転している。

 さらにそれを取り囲むようにドーム型の光の半球が5重の層を為している。


「いやー、参りますね。マトモな方法で解こうとしたら、あの封印1つ解くだけでも数ヶ月かかりますよ。さすが“賢人マクスウェル”の技です」


 感服したように目を丸くするヘルメス。


 彼が見つめる目線の先、封印の中心にある瓶の中では――人間の胎児のような形をした真っ赤な塊が、まるで心臓の鼓動のように波打ちながら液体に浮かんでいる。


 一同が固唾を飲んで見つめる中、眠っているように浮遊していたその物体が……突如として真っ黒な瞳を見開きこちらを見た。

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