10-16 行く手を阻む者

「かつて……モリノが周辺諸国から侵略を受けていた事は知っとるな?」


「あぁ。色んな国から何度も戦争をふっかけられたって」


「その通りじゃ。では、何故当時小国だったモリノが度重なる戦を勝ち抜く事が出来たか、分かるか?」


「そりゃグレイラットさんみたいな英雄が居たからだろ? それに髭じぃの治世の腕も凄かったとか聞いたけど」


「まぁ、剣帝やワシの手腕も無いとは言わんが、それだけでは国力に劣るモリノが勝ち続ける事は難しかった。実際の所、大戦中期は徐々に他国の侵攻に押されておったんじゃよ」


「そう……だったのか。じゃあ、何で?」


「軍事で劣る我が国だったが――錬金術だけは群を抜いておったのじゃ。ページーを始めとした優秀な錬金術師達を抱え、森には資源が豊富にあったからの。そのお陰で戦局はどうにか均衡を保てておった」


 話しながら髭じぃは再びゆっくりと歩き出す。


「……しかし、それでも戦争を終わらせる程の決め手がなかった。一進一退の終わりの見えない戦が続く中、王宮の錬金術師達が決戦兵器として創り出したのが――“ヴィルサラーゼの魔神”」


「錬金術で作った、魔神……」


 魔神……という言葉自体が何を指すのかわからないけれど、まさか錬金術で神でも作り出したというのだろうか?


「具体的には、自律戦闘が可能な超高純度の魔法生命体よ。チュラで亡者を見たでしょ? あれのとんでもなく凄いやつと思っていいわ」


 ティンクが横から補足してくれる。

 成程、そういえばチュラの亡者も錬金術の暴走と呪いによって生み出された物だったか。


 そこまで話しを聞いてふとある事が気になる。


「まさか!? 爺ちゃんが王宮でしてた研究って――それなのか?」


 もしそうなら、アイテムさん達も錬金術によって作り出された兵器という事なんじゃ……


「いや、ページーはこの件には一才関与しとらん。というか、魔神の件に関してはワシにも知らされておらんかったんじゃ。もしワシらが知っとったらこんな無茶な研究は即刻辞めさせとったわ。一部の大臣と錬金術師が極秘で作り上げた物じゃ」


 そうなのか。

 だから何だって訳じゃないけれど、爺ちゃんやアイテムさん達がそんな恐ろしい研究と無関心だと分かって少しホッとした。



「――でも、戦争はとっくに終わっただろ? 何でそんな兵器が今更問題になるんだよ?」


「作ったは良いものの、結局一度も使われんまま魔神は封印されたんじゃ。あまりに強力過ぎて作った本人達も持て余したらしくてな。一度暴れ出したら止める手立てが無いんじゃと。国一つを滅ぼす程の兵器が、一度暴れ出したら手がつけられんくなると言うんじゃぞ。アホかと……。つまりは失敗作じゃ」


 ため息を吐いて頭を振る髭じぃ。


「持て余した魔神の処理に四苦八苦しとる間に、ページーが進めておった別の研究が完成。それが切り札となりモリノは戦争に完全勝利したんじゃ。失敗作の魔神は、それを破棄する手立ても見つからず城の地下深くに封印……今日に至る、という訳じゃ」


 なるほど、話は大体分かった。

 戦争の為に作ったは良いが、捨てるに捨てられなくなった制御不能の超兵器。それが“ヴィルサラーゼの魔神”って訳だ。


「……そんで、リリアの師匠。つまり“破壊欲の錬金術師”がその“魔神”を狙ってるかもしれないって事で今慌てて確認に向かってる訳だな」


「左様じゃ。しかし、この話はワシら以外には現国王のグランツくらいしか知らん極秘事項のはずなんじゃが――まったく、何処から嗅ぎ付けよったのか。まぁ、ただの杞憂ならそれに越した事は無いが、とにかく急ぐぞ」


 そこまで話し終えると髭じぃが再び歩く速度を早める。


「――なぁ。じいちゃんが王宮で研究してた錬金術ってのも、もしかして戦争の為の兵器……」


 髭じぃに問いかけようとした時、突然前を行く髭じぃが足を止めた。

 その背中にぶつかりそうになり俺も慌てて止まる。


「おわっ! 急に止まるなよ、危ねぇって――!」


 文句を言うため前に踊り出ようとしたところ、腕を伸ばした髭じぃに静止されてしまった。

 その所作の理由は明らかだ。……廊下の先に、俺たちの行手を塞ぐように立つ複数の人影が見える。

 フルプレートで武装したモリノの兵士達と――その先頭に立つのは、現国王グランツ陛下。


「父上、護衛も付けずにどちらへ?」


 俺たちを見据えながら不敵な笑みを浮かべるグランツ陛下。


「……なに、便所じゃ」


 愛想笑いもせずに答える髭じぃ。


「いよいよ耄碌もうろくされましたか? この先は倉庫しかありません。お手洗いは戻って右側です」


 そう言い放つグランツ陛下の目は鋭く冷ややかで、自分の父親を見るものとは思えないほど残忍だ。


「――グランツよ。よもやとは思うが……“アレ”に手をだそうなどと考えてはおるまいな?」


 陛下の様子から察したのか、髭じぃも険しい目つきで睨み返す。


「……父上。以前から申し上げようと思っておりましたが、父上は”アレ"の価値をまるで理解しておいでない。世界をも支配出来得る力を持ちながら、それに恐れ慄き埃を被らせておくばかりとは……正に宝の持ち腐れ。老いた王はいい加減に――舞台から降りて頂きたい!」


 陛下が合図を出すと、兵士達がざっと廊下いっぱいに広がり交戦のの姿勢を取る。

 何があっても俺たちを通すつもりはないようだ。



「――このバカ息子がっ!」

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