10-15 魔神
――マグナス達が会場を出るより少し前。
係の人に連れられたルルスは人通りの無い暗い廊下を足早に歩いていた。
前を行く使用人風の男性は、こちらを振り返る事もなく只々黙々と歩いて行く。
「……あの、すいません」
沈黙を断ち切るかのようにルルスが口を開いた。
「何というか――本当にこんな人気の無い場所に休憩室があるのですか?」
「――はい、会場の近くでは騒がしくて落ち着いてお休み頂けないもので」
「それはそうですが……体調の悪いゲストを連れて歩くにしてはいくらなんでも離れすぎじゃ……?」
「……もう少しですので」
そういってさらに足を早めようとする男。
「わかりました。……では質問を変えましょう。――回りくどい事はやめて早く要求を言ってはどうですか?」
ルルスが足を止めると、使用人は振り向きもせずピタリと立ち止まる。
「……どういった意味でしょうか?」
「その衣服の下に隠した短剣です。護身用にしては些か大きすぎます。そもそも城の使用人がそんな物騒な物は持ち歩きません。それに……足音を効果的に抑えるその歩行術、サンガクの暗殺部隊がよく使うものですね」
男は廊下の先を見つめたまま立ち止まり黙り込んでしまった。
微動だにしないその立ち姿はまるで置物のように静かで息遣いすら聴こえてこない。これも鍛え上げられた殺しのプロだからこそ成せる所作だ。
だが、そんな相手を相手にルルスは臆する事なく言葉を続ける。
「貴方がサンガクのいずれかの部隊に属する暗殺者である事は明確なのですが、わからないのは目的です。――リリアを誘拐してどうしようというのですか? さすがに下調べはされていると思いますが、私は身代金を支払えるほど裕福ではありませんよ」
物音一つしない静まり返った廊下。ルルスの問は一語一句間違いなく男の耳に届いたはずだが、男は指の先すら動かさず静止したままだ。
対するルルスも、短剣が届かないギリギリの間合いを保ったまま動こうとしない。
『――さすがですね。瞬時にそこまで見抜くとは。戦場の勘は鈍っておいででないようで安心しました』
緊迫する二人の間を割くように、突然暗がりの奥から男の声が聞こえた。
ルルスと対峙する使用人風の男とは別の男だ。
コツコツと靴音を響かせて廊下の曲がり角から現れたのは、シルクハットを被り片眼鏡をした背の高い男。
その隣には仕立ての良い執事服に身を包んだ老齢の執事が控えている。
そして――その手に囚われているのは……リリア!
口にロープを噛まされ声を上げれないように拘束された上、喉元に鋭いナイフを突きつけられている。
「――貴方たち。こんな貧寒な錬金術師を脅して何を要求すると言うのですか。先程も申しましたが、私の所にはその子以上に価値のある物など何もありませんよ」
「いえいえ、そんなご謙遜を。かつて戦場で最恐の名を馳せた“破壊欲の錬金術師”様が何と腰の低いことでしょうか」
胸に腕を当てて上品にお辞儀をしてみせる片眼鏡の男。
「――何が目的だ」
先程までの物腰柔らかな様子とは打って変わり、今にも飛びかからんという鋭い目つきで男を睨むルルス。
「おぉ……あの頃の気迫は未だ衰えていないようで。安心しました。――いえなに、そんなに難しい事を要求するつもりはありません。……この城の“ある物”を破壊して頂きたいのです」
――――
時を同じくして――
「なぁ! 二人ともさっきから一体何の話なんだよ。全然話が見えないって」
怖い顔で早足に廊下を行く髭じぃとティンクの後を追いながら声をかける。
俺に呼び止められ歩く速度を落とす2人。
「そうじゃな……。お前さんにも話しておく必要があるか」
こっちを振り返って難しい顔で顎をさする髭じぃ。
「……“ヴィルサラーゼの魔人”」
隣に立つティンクが無表情のままポツリと呟く。
「……魔神?」
「あぁ。戦時中にモリノが開発した……“兵器”じゃ」
吐き出すように呟く髭じぃの声はいつになく暗い。
過去の戦争の兵器……。
「……で、その兵器が何だってんだよ?」
俺の問いを受け2人は顔を見合わせて少しの間固まってしまった。
お互いに目くばせし無言のまま頷き合うと、先にティンクが口を開く。
「いい? これから話す事はモリノでも殆ど知る人の居ない極秘事項よ」
「ここまで連れてきておいて何じゃが……これは本来、ワシら古い世代の人間が片付けるべき問題じゃ。お前さんを巻き込むのは本心ではないんじゃが……許してくれるか?」
申し訳なさそうに俺を見る髭じぃ。
「許すもなにも……話してくれないと分かんねぇって。その兵器がどうしたんだよ」
俺の返事を聞いて、決心したように髭じぃはゆっくりと話し出す。
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