10-14 過去の爪痕
「ねぇ、マグナスくん。その“ルルス”って人とどんな話をしたの?」
神妙な面持ちで口を開くナーニャさん。
「どんな話って……お互いの仕事に関してとか、錬金術について色々教えてもらったり、サンガクの歴史とか……途中から俺が質問攻めしてたみたいな感じでした」
「その他には? 例えば昔の戦争についてとか」
「戦争……ですか? 確か、サンガクは元々軍事国家で、戦争が終わった今でも中々それが抜けないって残念がってたような」
「残念がる……? 彼が、戦争を?」
ナーニャさんは口元に手を当ててうーんと考え込んでしまった。綺麗に口紅の塗られたその色っぽい口元に思わず目を奪われてしまう。
「あの、俺何か不味い事でもしちゃいました?」
「――ううん。そういう訳じゃないんだけど……。“ルルス”っていうと、古参の錬金術師の間じゃ結構知れた名前なのよ。……ねぇ、マグナスくん。彼はは自分の事については何か話してた? 例えば"欲名"についてとか」
「いえ、あまり自分の話はしてくれなかったですね。ただ、欲名は"譲歩欲"のはずですけど」
これも本人の口から聞いた訳じゃないけれど、“顕示欲”のところの太っちょがしつこく繰り返していたので間違いないだろう。
「“譲歩欲”……。そう、今はそんな欲名を名乗ってるのね」
「――どういう事ですか?」
よっぽど言いづらい事なのか、それとも慎重をきしているのか。ナーニャさんから出る言葉はどれもイマイチ煮え切らずその真意が測って取れない。
その様子から、ただ事じゃないという事だけは雰囲気で伝わってくる。
暫く黙って考えた末、覚悟を決めたのかナーニャさんが大きく息を吸ってから口を開く。
「――10年以上前の事。……そうね、丁度マグナスくんが産まれてるかどうか位の頃の話よ。当時のサンガクは内戦が頻発し酷い混乱状態にあったの。各地で激しい戦火が散り情報も錯綜する中で――ある錬金術師の名が有名になったの」
「……それがルルスさん?」
「そう。特定の部隊に所属するでもなく、各地の戦場に突如として姿を現しては破壊と暴虐の限りを尽くす“人間兵器”。彼が暴れ回った戦場では、死体の一片どころか雑草の一本すら残らず灰燼と化す……って実しやかに噂されてたわ」
「――随分と懐かしい話をしておるの」
突然背後から声がして驚いて振り返ると、さっきまで若い女性に囲まれて鼻の下を伸ばしていたはずの髭じぃが神妙な顔で話に加わってきた。
髭じぃがひとつ目配せを送ると近くに居た衛兵が人払いに入り、テーブルの周りは俺達だけを残してガランとなってしまった。
(随分と物々しい事になってきたな……)
さすがの俺も事の重大さに気付いてきた。
辺りに人が居なくなった事を確認して、髭じぃが話を続ける。
「――戦時中、サンガクは情報統制を引いとったからルルスの噂を知る者自体そう多くはないはずじゃが……お前さん、よー知っとるの」
関心する髭じぃに対してペコリと会釈を返すナーニャさん。
「これでも各地に弟子をそれなりに持っていまして」
「ふむ……。それなら当時彼が何と呼ばれておったかも知っておろうな」
髭じぃの問いにナーニャさんは黙って頷き返した。
その様子を見てから俺の方を振り返り、髭じぃがゆっくりと言葉を絞り出す。
「錬金術史上最恐最悪の殺戮人間兵器――"破壊欲のルルス"」
――何かの間違いだろう? と正直思った。
だってついさっきまで、会ったばかりの俺にあんなに丁寧に錬金術の事を教えてくれたあのルルスさんが……人間兵器?
そう簡単に信じられる訳がない。
「た、たまたま同じ名前なだけで全然別人なんじゃ?」
「その可能性もゼロではないが……そもそも招待客リストにそんな名前は無かったはずじゃ。あれば真っ先にチェックで引っかかっておる」
それを聞いて背筋が一瞬にして凍るように冷たく感じた。
招待されていないはずの来賓……。それじゃあ、さっきまで俺が話していた相手は本当に――
俺と髭じぃの問答が途絶えたところで、黙って話を聞いていたティンクが口を開く。
「……ねぇ、マグナス。そのルルスって錬金術師、あんたと別れた後何処に行ったか分かる?」
「ん? あぁ、確か係の人に連れられてあっちの方へ行ったみたいだけど」
ルルスさん達が歩いて行った方を指差す。
「あっちは――西棟ね。ねぇ、エイダン。西棟に客室なんてあったかしら」
「いや。西棟は主に倉庫や備品置き場に使っとる。昔のままじゃ」
それを聞いて、怪訝な顔をしながらもう一つ言葉を重ねるティンク。
「……もしかして、“アレ”も未だにあるんじゃないでしょうね?」
その言葉を聞いて、目を瞑ったまま黙りこむ髭じぃ。
暫く俯いた後――大きな溜息と共に吐き出すように一言。
「…………ある」
「――! なんで!? さっさと破棄するって話で纏まってたでしょ!?」
突然机を叩き、会場に響き渡る程の大声を上げたティンクに驚き周りにいた皆が一斉にこっちを振り向いた。
何よりも、ここまで息を荒げて怒っているティンクを初めて見て、俺自身が一番驚いているかもしれない。
騒つく群衆に向けて髭じぃがヒラヒラと手を振って『気にするな』と合図を送ると、皆何事もなかったかのようによそよそしく歓談へと戻る。
「……無論、ワシも何度も破棄を試みた。じゃが今の技術では破壊どころか他へ移す事もままならんのじゃ。お前さんも“アレ”の力は知っとるじゃろ」
髭じぃに諭され、やや落ち着きを取り戻すティンク。
何について話ているのか分からないけれど、珍しく神妙な面持ちの二人からは話に割って入る程の隙は感じられない。
「……ちゃんと封印はしてあるんでしょうね」
「ああ。昔ページーが作ってくれた結界をそのまま使っとる。ワシが生きとる間はワシ以外には解除出来んように構成されとるから……滅多な事は無い。仮にルルスが“あれ”に関して悪巧みをしておったとて手も足も出んはずじゃ」
「……そうはいっても、もう何十年も前の封印でしょ。本当に大丈夫なの?」
「定期的に確認はしておるが……そこまで気になるなら、念のため見ておくか」
そういうと徐に椅子から立ち上がる髭じぃ。
その様子を見て護衛が駆け寄ってくるが、髭じぃがそれを静止する。
「少し外の風を浴びてくるだけじゃ。――ワシらだけで行くぞ」
黙って頷くティンク。
「――マグナス、お前も来てくれるか。事情は歩きがてら話そう。……ラージーの遺したものにも関わる話じゃ」
「爺ちゃんの……遺したもの?」
突然出てきたじいちゃんの名前……。
言い得ない胸のザワつきを覚えながらも、髭じぃとティンクに続いてテーブルを離れる。
「何か物騒なようでしたら私も同行しましょうか?」
俺達を心配してナーニャさんも同行を申し出てくれたが……
「いや、心遣い感謝するがこれはモリノの問題じゃ。貴女はここに残ってくれ。リリアが戻ってくるかもしれんからな」
髭じぃに頼まれ、頷き再びテーブルにつくナーニャさん。
互いに目くばせし頷くと、髭じぃに連れられ周りに気取られないよう静かに会場を後にした。
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