10-13 僅かな行き違い

「――へぇ! それじゃあサンガクの錬金術は魔物退治に特化したアイテムが研究盛んなんですね。それは冒険者は心強いだろうなぁ」


「まぁ……魔物向けとはいいますが元は軍用品の応用ですよ。サンガクは元々軍事国家でしたから。紛争のための研究には事欠きませんでした。終戦した今もそこのところは中々変わりません」


 そんな話をしながら温かいコーヒーを啜るリリアの師匠……"譲歩欲のルルス"さん。

 会場外のテラスは夜風が少し肌寒いが、人もあまりおらず騒がしい会場よりは落ち着いて錬金術談義に打ち込める。


「――しかし凄いですね、マグナスさん。こんなにお若いのに錬金術師としての功績は既に相当なものだ。錬成の腕前も相当なものなのでしょう」


「とんでもない! お話を聞く限り僕なんてまだまだルルスさんの足元にも及ばないですよ」


 本人は謙遜しているけれど、実際ルルスさんの錬金術に関する知識はかなりのものだ。

 自らの知識を進んでひけらかすような事はしないが、俺が普段疑問に思っていた事を聞いてみると即座に分かりやすく答えをくれる。

 これはもはや情報交換というよりも授業だな。後で授業料払っとかないといけないかも。



「――ところで、失礼な質問かもしれませんが……。ルルスさんはどうしてあの"顕示欲"なんかの言いなりになってるんですか? ルルスさん程に知見の広い錬金術師なら仕事の依頼もひっきりなしに来ると思いますけど」


 話がひと段落したところで、思っていたことをストレートに聞いてみる。

 顕示欲に借金まであると聞いていたからどんな人かと思っていたけれど、実際に話してみるとルルスさんは仕事にも錬金術にも真摯な立派な人だ。この人なら錬金術師として独りでも十分にやっていけるはずだけれど……。


「……いやいや、マグナスさん。本当に私を買い被り過ぎですよ。私は片田舎で細々とやっている卑小な錬金術師に過ぎません。工房を維持するのにやっとやっとで……。こんな私を師として仰いでくれるリリアにも大変な思いをさせてばかりです」


 ふと寂しそうな笑みを浮かべ星空に目をやるルルスさん。


「……今日の晩餐会も、リリアにとって少しでも良い経験になればと思い参加しましたが……。本当のところ私のような弱小錬金術師が何故こんな立派な会に招待されたのか、さっぱりわからないんですよ。きっと何かの手違いですよ」


 そう話すルルスさんの瞳はリリアを思う優しさで満ち溢れているように感じた。

 たった一人の愛弟子という事もあり可愛くてしかたないのはあるだろうが……何というか、正直すごく勿体無く思う。

 ルルスさん自身も相当な錬金術師のはずなのに、全てをリリアに捧げて自分の事はどうでも良いという感じなのだ。まだ隠居するような歳でも無いはずなのに……。


「――マグナスさん、そろそろ戻りましょうか。皆も心配しているかもしれません」


 コーヒーを飲み終えたルルスさんがふと会場へと目をやる。


「そうですね。色々と教えて頂きありがとうございました――」


 改めてお礼をして話を切り上げようと時――会場の方から男性が一人駆け寄ってくるのが見えた。

 恰好からして城の使用人のようだ。


「失礼します。――サンガクのルルス様ですね?」


 一礼してルルスさんに問いかける。


「はい、そうですが……何か?」


 少し戸惑いながらも、丁寧に受け答えするルルスさん。


「実は、先ほどお連れ様が体調を崩されまして……。我々の方で別室までお連れ致しましたので、ご同行いただけますでしょうか」


「なんだって!?」


 話を聞いてルルスさんの顔が一気に青ざめる。


「いえ、ご心配なさらず! 少々お食事が合わなかっただけのようですので。意識もしっかりされておいでますし、少しお休みになれば直に良くなるかと」


 使用人に宥められホッと胸を撫で降ろすルルスさん。


「……はぁ。まったく、あまり調子に乗って食べすぎるなと言っておいたのに。――マグナスさん、申し訳ない。私、リリアの様子を見てきます」


「あ……! それなら俺も一緒にお見舞いに。もしかしたらうちのツレが調子に乗って食べさせまくったかのかもしれないんで……」


 俺も一緒に付いて行こうとしたが、それを聞いた使用人が不意に俺の前へと立ちはだかる。


「申し訳ありません。大事は無いとはいえ念のため安静にされておいでますので――面会は関係者の方のみでお願いします」


「そ、そうなのか」


 まぁ、確かに。体調を崩して休んでる女性の部屋にズケズケと押し掛けるのは紳士的じゃないか。


「大丈夫ですマグナスさん。私が見てきますので。ご心配頂きありがとうございます」


 一礼すると、ルルスさんは使用人に連れられて足早に城の中へと入って行った。



 ―――



 ルルスさんと別れ独りで会場へと戻ると、ティンクとナーニャさん、それと髭じぃが楽しそうに談笑していた。


「ちょっと! あんたトイレどんだけ長いのよ!」


 俺の顔を見るなり顔をしかめて突っかかってくるティンク。


「違ぇよ。途中で偶然リリアのお師匠さんに会って話し込んでたんだよ。――てか、リリアは大丈夫か?」


 周りを見渡してみるけれど、確かにリリアの姿は無い。


「大丈夫……ってどういう事よ? あの子あんたを探しに行くって会場から出てったけど。一緒じゃないの?」


「……え? いやそんなはずは無いだろ。さっき係の人が来て、リリアが体調を崩して別室に運ばれたって」


「ウソ!? あんたの事探しに行って逆に自分が体調悪くなったってこと!? ちょっと大変じゃない!」


 慌てて立ち上がるティンク。


「あ、大丈夫だ落ち着け。ちょっと食事が合わなかっただけで心配無いってさ。少し休めば良くなる程度らしい。――ったく、どうせお前が調子にのってあれもこれもって食べさせたんだろ?」


「……? そんなはずないわよ。せっかく美味しそうな物あるんだから遠慮せずに食べなさいって私も何度も言ったのに、『有名な錬金術師さんたちのお話を聞ける滅多に無いチャンスなので!』って、一生懸命にメモ取りながら私たちの話を聞いてて、あの子殆ど何も飲み食いしてなかったもの」


「え……? そんじゃ、食べ過ぎたんじゃなくて単に体調が悪かっただけか? 係の人は食事が合わなかったって言ってたけどな……」


「んー、少なくともあんたを探しに行く直前までは全然元気そうだったわよ」


「――どういう事だ? ……まぁ、師匠のルルスさんが様子を見に行ってくれたから大丈夫だとは思うけどな」


 そこまで話したところで――隣で髭じぃと話し込んでいたナーニャさんが突然話に割り込んできた。


「マグナスくん、ちょっと待って! 今"ルルス"って言った!?」


「え!? はい……言いましたけど」


 ただでも大きな目をまん丸にして驚くナーニャさん。あのおっとりとしているナーニャさんがここまで慌てるのを見て、思わずこっちが驚いてしまう。

 俺の顔を見たまま固まるナーニャさんの目は……何かに怯えているようにも見えた。

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