10-11 人気の無い廊下で

 次々と投げかけられる質問に目が回りそうになりながらも順番に答えていく。

 若い女性からは工房の資金繰りやじいちゃんの遺産についてかなり突っ込んだ質問が繰り返されるが……きっとこのパーティーに嫁ぎ先を探しに来たんだろうな。錬金術師ってマイナーな職業ではあるけれど、専門職だし一発当てれば安泰ってことで意外と結婚相手として人気があると聞いた事はある。

 まぁ、店があんまり儲かっていないのを知るとそんな人達はそそくさと話を切り上げて去っていってしまった。



「おー、マグナス! 中々盛り上がっとるではないか!」


 やっと人がはけ始めたところで突然大きな声で名前を呼ばれた。

 その声に振り向いた人たちが一斉に静まり返り跪く。人の輪を割って徐に現れたのは……


「髭じ……! じゃない、エイダン陛下!」


 いつものノリで軽く手を振って挨拶しそうになったけれど、こんな面前で無礼を働こうもんならそれこそ即刻摘み出される。

 周りの人達に合わせて俺も慌てて膝をつき頭を下げた。


 皆に向かって『ホッホッホ』と穏やかに笑いながら手を振る髭じぃ。隠居したとはいえ元一国の主。さすがにその姿は貫禄に満ちている。


 けれど、まぁ。そんな事はお構いないしな奴が一人。


「あらエイダン。珍しいわね、あんたがこんな面前に顔を出すなんて」


 いつも通りタメ口上等で絡んでいくティンク。

 ――本人曰く、別にこの態度に悪気は無いそうで『アイテムにとって主君は自分を作り出してくれた錬金術師だけ。それ以外は例え領主だろうが王だろうが等しくただの人』だそうだ。

 まぁそんなものなのかもしれないけれど、アイテムさんの事情など知る由もない兵士たちにあっという間に取り囲まれてしまった。


「――貴様!! 先程から大目に見ておれば! グランツ陛下のみならずエイダン陛下にまで――何たる無礼!!」


 完全にブチギレた様子で今にも剣を抜かんばかりの剣幕でまくし立てる。

 そんな一瞬即発の雰囲気の中、慌てるでもなく髭じぃが兵士たちに声をかけた。


「おいおい、止めんか。こんな宴の席で物騒な真似をするな。――良い、彼女たちはワシの昔馴染みじゃ。ワシの顔に免じてそう騒ぎ立てんでくれ」


 兵達を穏やかに宥める髭じぃ。

 その言葉に戸惑いなかまらも、陛下のお言葉とあらば……と、渋々一礼して下がって行った。


「マグナスもいつまで頭を下げとる気じゃ。ワシとお前の仲じゃろ」


「いや、流石に人前では敬意を示さないといけないかなと思って」


「いや、敬意自体は人前じゃなくても示して欲しいんじゃがの。……皆の物、騒がせてすまんかったな。引き続き大いに盛り上がってく」


 稀代の“名君”の登場に一層賑わい立つ会場。

 周りに居た人達も再び歓談へと戻っていった。

 ただその中からヒソヒソと聞こえてくるのは……


『お、おい。“色欲”の奴、エイダン陛下とも相当親しいみたいだぞ』

『いったいどんだけの人脈があんだよ、“色欲”。さすがにヤバくないか』


 これはもう完全に悪目立ちしてしまったようだ。

 そういわれてみれば、確かにうちの店の常連って相当に“ヤバい”人達ばっかりなんだよな。

 爺ちゃんの影響は当然あっての事だけれど、我ながら出会いには恵まれていると思う。

 ……それもこれもティンクが居てくれたお陰だな。



 久々に会った髭じぃも輪に加わり、ここ最近の冒険の話なんかをしながら楽しくパーティーの時間は過ぎて行った。


 ――ただ一つ、気になったのは……離れたテーブルに居るグランツ陛下。

 髭じぃが現れ会場が盛り上がってからというもの、どうにもつまらなさそうな様子でチラチラとこちらのテーブルの様子を伺っている。


 まぁ、何となく心中はお察しするけれど……王様も大変だな。



 ――



 宴が始まり小一時間が経った頃――。


 調子に乗って飲み過ぎたのか、急にトイレに行きたくなった。


 係の人に場所を尋ね独り廊下へと出ると、外は驚くほどに静かだった。

 音楽と笑い声が絶えない賑やかな会場との差に、おもわず耳鳴りが聞こえて来る程だ。

 そのギャップにほんの少し不気味さのようなものを感じながらも、中庭を見渡しながら石造の回廊を歩いて行く。


 綺麗に手入れされた中庭では、森じゃ見かけない珍しい植物達が月明かりを浴びて夜空へと真っ直ぐに背を伸ばしていた。


(もうすぐ冬だっていうのに随分と元気だな……。もしかしたら国外から取り寄せた寒さに強い品種なのか?)


 そんな事を考えながら歩いているうちに、廊下の突き当たりまで来た。


(トイレは突き当たりを右に曲がってすぐって言ってたな)


 曲がり角で行き先を確認していると……ふと、トイレとは反対の方から人の声が聞こえてくるのに気づいた。


『……勘弁してください。……そこを何とか……! いやいや、そんな! リリアだけは……!』


 別に盗み聞きしようとした訳じゃないけれど、突然出たリリアの名前が気になってしまい思わず廊下を左へと曲がる。


 人の声は、廊下のさらに先。突き当たりを曲がった先から聞こえてくるようだ。

 音を立てないよう気をつけながら、角からそっと様子を伺う。



「だからな。お前、仮にも“譲歩欲”の錬金術師だろ!? 金が払えないならリリアをうちに寄越せって言ってんだよ。あいつだって俺の側に居た方が絶対幸せなんだから!」


「お、お願いですからそれだけは勘弁してください! あの子は私にとって大切な、唯一の教え子なんです」


 夜の闇に身を隠しつつ、廊下の角からそっと顔を出して覗き込むと……数人の男が、一人の中年男性を取り囲んでいた。

 男達の先頭で啖呵を切っているのは――さっきリリアをからかっていた太った青年だ。


 話の内容から察するに、絡まれている男性がリリアの師匠か。



「そこまで言うならじゃあ、とっとと今月分の金を払えよ。5日以内にだぞ! それが無理ならリリアを連れていくからな!」


 鼻息を荒くして唾を飛ばす太っちょの青年。


「そ、そんな! 支払い期日まであと10日はあるはずでしょう」


「先月も待ってやったんだ! 今月はその分早く払って貰う」


「そ、そんなめちゃくちゃな! お金は必ず用意しますので、期日まで待ってくださいって!」


 今にも泣きそうな顔で、気の弱そうな細身の男は青年に縋り付く。

 ……痩けた頬に、顎には無精髭。

 長く伸びた髪を後ろで結び、伸び放題の前髪を目にかけた如何にもパッとしない中年男性だが……欲名持ちの錬金術師っていっても色んな人が居るんだな。



「――あーっ、うるせぇ! いいか、忘れるなよ! うちのお師匠様がその気になればお前の工房なんて簡単に潰せるんだからな!」


 痺れを切らせた太っちょが男性の肩を拳で殴りつける。


「うっ……!」


 男性はよろけて壁に背をつき、ぐったりと項垂れてしまった。


(……これ以上は見てられないな。またティンクに怒られそうだけど……ここはひとつ助けに入るか!)

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