10-10 いつの間にか有名人

 陛下の演説が終わると、楽団による優雅な演奏が始まり会場が華やかな雰囲気に包まれた。

 次々と運ばれてくる料理はモリノの食材をふんだんに使った豪華絢爛なメニューばかりで、王宮晩餐会の名に恥じない品揃えだ。

  

 今回の晩餐は複数のテーブルに別れての立食形式。

 リリアとナーニャさん、それにシェトラール姫と共に同じテーブルを囲む。


 第一王女による乾杯の挨拶が終わると、来賓者たちが皆思い思いに挨拶を交わしてテーブルの間を行き来し始めた。

 久方ぶりの学友と談笑する者、商売敵の動向を探る者、憧れの錬金術師に話し掛けようと隙を伺う若者、それぞれに会話が弾み会場は賑やかさを増していく。


 中でも人が集まっているのは、モリノの第一王女、それと第二王女の居るテーブル。

 主賓クラスと思われる大御所やその取り巻きも集まり、簡単には近づけない雰囲気が漂っている。


 あっちと比べると流石に劣るけれど、うちのテーブルにもシェトラール姫の来賓や、ナーニャさんの弟子だという若い錬金術師達がひっきりなしに訪れては挨拶を述べて行く。


 それに、意外だったのが――俺に挨拶に来る人達が結構居た事だ。


『いやー、君があの伝説の“マクスウェル”のお孫さんだって? お会いできて光栄だよ』


『モリノじゃ国賊だなんて言われてるみたいだけど、錬金術界隈じゃ未だにどんな教本にも名前が出てくる現代錬金術の父だからね。やはり尊敬せざるをえない方だよ』


 口々に“賢人マクスウェル”を讃える人々。


 ……なんだ、じいちゃん。最近はすっかり名も廃れたとか聞いてたけど、やっぱり凄い人だったんじゃねぇか!


 皆が口々に述べてくれる賛辞は勿論じいちゃんに敬意を払ってのものであって、俺へ向けてのものじゃない。

 そんな事は分かってるけれど、それでもじいちゃんの事を尊敬してくれる人達がこんなにも居ることが心から嬉しかった。


 そんな中……


「マグナスさん! 良かった、やっと話しかけられた!」


 人の輪を掻き分けて現れた中年男性。


 先方は俺の事を知ってるみたいだけれど、俺の方は全く見覚えがない。この人も爺ちゃんのファンだろうか? 失礼とは思いつつやんわりと身元を尋ねてみる。


「え、ええと。すいません、どこかでお会いしましたでしたでしょうか」


「――! これは失礼しました。私、ルルの父親です。ノウムの件では大変お世話になりました! 直接お礼をお伝えしたくて機会を伺っていたのですが……よかった!」


「――あっ! ルルのお父さん!!」


 やっと話が見えた。賢者の石の件でノウムを訪れた時にお世話になったルルの父親だ。そういえばどことなく目元が似ている。

 八つ裂きジャックとして誤認逮捕されていたのが無事釈放された……とはルルからの手紙にあったけれど、こうして公の場にも顔を出せるってことはもう大丈夫みたいだな。よかった。


 若い男性から次々と声をかけられて迷惑そうにしていたティンクも、俺の声を聞いて飛びついて来る。


「ええっ! ルルのお父さん!? ルルは元気!?」


「あなたがティンクさんですか! 娘から話はよく聞いています。お会い出来てよかった! えぇ、おかげさまでルルの方もすっかり良くなって元気にしていますよ。いつもお二人に会いたがっています」


「良かったー! 私もルルに会いたい! 前に行った時はろくに観光も出来なかったし――ねぇ、マグナス! 今度またノウムに遊びに行くわよ!」


「あぁ。分かった、近いうちにな」


「やったー!」


 そんな話をしていると挨拶がひと段落ついたシェトラール姫も話の輪に加わってきた。


「あら! あなた達、もしかして最近ノウムで噂の凄腕錬金術師さんともお知り合いなの?」


「これはシェトラール姫。私のようなしがない錬金術をご存知頂いているとは……光栄です」


 そういって深々と頭を下げるルルのお父さん。


「何言ってるのよ! 長年ノウムを悩ませてきた公害病の特効薬を開発した、まさに時の人じゃない! 最近じゃ“サン・ジェルマン伯爵の逮捕”と並ぶノウムの大ニュースなのでしょ?」


「恐れ入ります。それもこれも、ここにおいでるマグナスさん達のお力添えあってですよ」


 照れたように頭を掻きながら俺とティンクの肩に手を置く。それを見て驚きの表情を見せるシェトラール姫。


「えっ!? サン・ジェルマン伯爵の事件、裏で外国の錬金術師が動いていたって話を噂で聞いたけれど……まさか貴方たちだったの!?」


「えっ!? いや、違うというか、違わなくもないというか……」


 あの件については、俺は本当に何もしてない。

 サン・ジェルマン伯爵を追い詰めたのも、賢者の石(偽)を取り返してくれたのもスピカお嬢様――キティーキャットだ。

 ただ、それを世間に公表する訳にもいかないお嬢様が手柄を全て俺に放り投げて雲隠れしたせいで、ノウムでは俺が裏で事件を解決したと思われている訳だ。


 そんな事とはつゆ知らず、シェトラール姫の発言を聞いた周りの人達がぞろぞろと俺の周りに集まってきてしまった。


『すごい! まさかノウムの件で噂になった謎の錬金術師もマグナスさんだったなんて!』


『そういえば、ついこないだチュラの災害を収めたのも“色欲のマグナス”さんなんですよね!? 一度お話しを伺いたかったんです!』


 あっという間にギュウギュウと人に取り囲まれてしまう。


「ま、待ってください! 俺は本当に何も大した事はっ……!」


『マグナスさん! 郊外にある廃墟で幽霊退治をしたって話も本当なんですか!?』

『ご自身の店に押し入った数十人の強盗を一瞬にして返り討ちにしたという噂は?』

『隣においでる美しい女性とはどのようなご関係なのですか!?』

『モリノ領のカトレア様とも親密なご関係とお聞きした事があるのですが!?』


 だーーっ! 頼むから一度に話しかけないでくれっ!

 しかもどれもこれも、何だか微妙に間違って伝わってるし!


 揉みくちゃにされながら一つ一つの質問に、答えられる範囲で答えていく。


 それにしても、何でこんなに若い女性ばっかり集まってくるんだ!?

 人の輪の外を見ると、何だか不機嫌そうな顔でそっぽを向くティンクと面白い物を見るように笑うナーニャさんが見えた。


 こりゃ帰ってからが面倒くさそうだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る