10-09 かつての敗戦国

「あの、失礼ですが、もしかして"授乳欲のナーニャ"さんですか!?」


 ティンク達と世間話をするナーニャさんに、目を輝かせたリリアがオドオドと話しかけた。


「えぇ、そうよ。あら可愛らしいドレスね、あなたも錬金術師?」


「はい! サンガクで錬金術師見習いをさせて貰っています。リリア・アガーテです! 凄い……こんな有名な錬金術師様たちに立て続けにお会いできるだなんて!」


 お世辞ではなく本当に嬉しかったのか、大きな瞳に涙を浮かべてナーニャさんを見つめるリリア。


「ふふ、有名かどうかは分からないけど喜んで貰えるなら幸いだわ」


 そういって手を差し伸べるナーニャさん。

 リリアがその手を両手でしっかりと掴み返し握手を交わす。


「そっかー、リリアちゃんはサンガクの錬金術師なのね。それで同郷のフラメルに絡まれてたのか。あの子頭は良いんだけど、昔からちょっと意地悪なところあったからねぇ」


 ナーニャさんが困ったようにため息をつく。

 なるほど、リリアのとことフラメルは同じサンガク公国の錬金術師で商売敵という訳か。

 聞いた感じだとリリアの師匠が弱みを握られてフラメルの言いなりになっている……と。


 それにしても……サンガクと聞いてひとつ思い出した事がある。


「……そういえば、サンガクって隣国のコウヤ帝国と最近和平条約結んだんだっけ?」


 軍事国家サンガク公国と、国際連合非加入国のコウヤ帝国。互いに軍拡政策を取っていた両国の間は長く緊張状態にあった。

 それが先日突然和平条約を結んだとニュースになっていたのを見た気がする。


 俺の質問を受けてリリアがポンと手を叩く。


「そうなんです! さすがマグナスさん、よくご存知で!」


 ニュースで見た話をそのまましただけなのに、キラキラとした顔で尊敬の眼差しを向けらて少し照れる。

 鼻の下でも伸びていたのか、少し機嫌の悪そうなティンクが横槍を入れてくる。


「一般常識よ。あんまり無闇に褒めないで、こいつすぐ調子に乗るから」


「へいへい。常識知らずで悪かったですねー」


 俺達にとってはいつものじゃれあいだが……自分のせいで喧嘩していると勘違いしたのだろうか、リリアが慌てて間に入って来る。


「――と、とにかく、戦争にならなかったのは本当に嬉しいです。戦争となればきっと多くの人が命を落とす事になったでしょうから」


 太陽のような笑顔でニッコリと笑うリリアを見て、皆がウンウンと頷く。


 ――リリアの言う通りだ。

 戦争となれば兵士や魔道士だけじゃなく俺たち錬金術師もきっと後方支援として戦場へ駆り出される。


 ……ちなみに、サンガクは過去にモリノにも侵略戦争を仕掛けている。

 開戦以来圧倒的な戦力差でサンガクが押していたものの、モリノ領地深くまで攻め込んでいた本隊が一夜にして壊滅。

 そのまま勢いに乗ったモリノが逆転勝利を収めた。

 歴史的な大どんでん返しと言われている。


 終戦後、当時国王だった髭じぃはサンガクを殖民地とせず和平条約を締結。

 国内からは色々と反対意見も出たらしいが、大軍を一夜で殲滅した謎の戦力とその余裕の態度から他国はモリノの国力を測りきれず、結果としてそれ以降モリノに侵略戦争を仕掛けてくる国は無かった。

 エイダン元国王が名君と呼ばれる所以の一つと言われている。


 まぁ、過去の事はどうあれ今こうして国を違える錬金術師同士が顔を向け合って談笑していられる事に感謝しないといけないな。平和が一番。



 ……



 そうこうしていると、係の人から案内が入り賑やかだった会場が静まり返った。


 皆が一斉に階上のバルコニーを見つめる。


 最初に姿を見せたのは二人の騎士。

 上等兵だろうか、装飾品で飾られた立派な鎧を全身に纏っている。

 その後に続き、大臣と思われる老齢の男性が現れた。


「皆の物、静粛に! グランツ国王陛下のお出ましである!!」


 大臣の声明を受け、その場に居た全員が一斉に跪く。


 会場の隅に控えていた楽団がトランペットを吹き鳴らし、演奏が最高潮に盛り上がった辺りでグランツ国王陛下がテラスに姿を表した。


「――友好各国を代表する、才能溢れる錬金術師達よ! よくぞこのモリノに集まってくれた。本日は存分に語らいあい、親交を深め、この日を錬金術の発展の良き機会として欲しい! ……そもそも我が国モリノの錬金術は――」


 中々に長くなりそうなありがたいお言葉が続き、一同が頭を垂れて神妙にそのお言葉を拝聴する中……ふと隣を見ると――


「!? おいティンク! お前なに普通に突っ立ってんだ、バカ! 頭を下げろ、頭を!」


 事もあろうかティンクは仁王立ちで腕組みをして、ウンウンと頷きながら陛下の話を聞いている。


 案の定兵士が駆け寄ってきて直ぐに取り囲まれてしまった!


「おい貴様! 陛下の御前だぞ! 頭が高い!」


「わ、わ、すいません、すいません!!」


 ティンクに代わり慌てて謝謝るが、静まり返った会場でこうも目立ってしまえば嫌が応にも陛下の目に留まる。

 スピーチを止め、不審な物を見る目で陛下がこっちを見下している。


(や、ヤバイ! マジで不敬罪でとっ捕まるって!!)


 力尽くでも頭を下げさせようとティンクに取っ組みかかろうとしたとき……



「……ブーッッ!?」


 訝しげな顔でこっちを見ていた陛下が、明らかに動揺しまくった様子で鼻水を吹き出した。


「――ゴホッ、ゴホッ! ま、待て待て!! その人には手を出すな! お前達、直ぐに下がれ!」


 飛び出んばかりに目玉を見開いて、慌てて兵を下がらせる。

 兵士たちも陛下直々の命とあっては従わざるをえない。訳が分からないといった様子ではあるが、ティンクを解放し下がっていく。


「……ふーん、あの青臭かったグランツが随分と立派になったもんだわ」


 小声でそう呟くとうんうんと頷いて昔を懐かしむように目を瞑るティンク。

 それを見て陛下は目を泳がせながらも、何事も無かったかのように演説に戻っていった。


『お、おい。……もしかしてお前、陛下と過去に何かあったのか?』


 周りに聞こえないよう気をつけながら小声でティンクに問いかける。


「えぇ、何回か本気で求婚されたわ。あとお風呂も3回程覗かれた。まったく。エイダンといい、親子揃って何やってんだかって感じよ」


 静かな会場内で何の配慮もなくあっけらかんと答えるティンク。


「え、えぇ……」


『ゴホンゴホン!! であるからして! 我が国の錬金術師は――』


 心なしか、陛下の演説の声が不自然に大きくなったような気がした。

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