10-08 その節はお世話になりました


 突如として現れた彼女の顔を見て一瞬怪訝な表情を浮かべたフラメルだったが、その顔が見る見るうちに青ざめていく。


「ねぇ、フラメル。『欲名に優劣は無い』って昔教えた筈だけれど……そんな事も忘れちゃったの?」


「い、いえ、その、これは……」


 さっきまでの威勢からは想像も出来ない程にしどろもどろで目を泳がせて狼狽えるフラメル。立ち塞がった女性はそんな彼を見据えたまま微動だにしない。


「――は? よく聞こえないわ。言い分があるならはっきり言いなさい」


 抑揚の無い冷たく乾いた口調。

 別に俺に向けられたものじゃないのは分かっているが、それでも泣き出したくなるような迫力と威圧感がこもっている。

 そのとてつもないプレッシャーに押しつぶされ、とうとうフラメルの心が折れた。


「も、申し訳ありません、師匠! 少々過ぎた行いでした」


「……? 少々の事で私がわざわざ口を挟むとでも? 私ってそんなに繊細だったかしら?」


「――っ! も、申し訳ございません!! 錬金術師として恥ずべき行いでした! どうかお許しを!」


「謝る相手が違うと思うけど……まぁ、分かれば良いわ。彼には私から伝えておくから。それより、元気そうでなによりね」


 怒りを納めると、声を落ち着かせて改めてフラメルに声を掛ける女性。


「し、師匠こそご息災なようで何よりで御座います。そ、それでは私は用事がありますのでこれで……」


 深々とお辞儀をするとフラメルは逃げるように会場から去って行った。

 取り残された第一王女も訳も分からず彼の後を追って会場から出ていく。


 そんな二人の後ろ姿を見送ると、女性はこっちを振り返りニコニコと俺に近付いてきた。


「久しぶりね、マグナスくん! 元気だった?」


 さっきまでの厳しい態度とは打って変わり、人懐っこさ全開の天真爛漫な笑顔でぐいっと俺の顔を覗き込んでくる。


「はい、お久しぶりです! その、すいません、すぐに気づかなくて」


「まぁ、この格好だからね! 年甲斐もないかな、とは思ったんだけど」


 ドレスの裾をピラリとまくり舌を出して可愛らしく笑う女性。

 もちろんそんなのはただの彼女の謙遜で、身に纏ったオレンジのドレスはいつか見たソーゲンの夕陽を思い出すように鮮やかでよく似合ってるいる。

 それに何より、その胸元で揺れるラージスライムはティンクに負けず劣らずの凶暴さ。あのオッパイは間違いようがない……!


「そんな事ないですよ! よく似合ってますよ、ナーニャさん!」


そう、惚れ薬の件でお世話になったソーゲンの錬金術師――“授乳欲”のナーニャさんだ。

 前に会った時はラフな格好ばかりだったのでドレスだと一瞬分からなかった。


「ええと、それにしても……師匠?」


 フラメルが去って行った方を見る。


「えぇ、そうよ。あの子、駆け出しの頃私に師事してたのよ。……って、何、その疑いの眼差しは? これでも錬金術の腕は中々のものなんどから!」


 俺の視線に気付いたのか、ムッとした表情を返すナーニャさん。


「い、いえ! 違います! もちろんナーニャさんの腕を疑ってなんかないですけど……」


 そこまで言って思わず言葉に詰まる。

 フラメルはどう見ても俺より十歳以上年上だ。そんな彼を駆け出しの頃弟子として取ってたって……いくらなんでも年齢的におかしくないか?

 思わずナーニャさんの事をジロジロと見てしまっていたのか、そんな俺の疑問を見抜いたようにナーニャさんがクスクスと笑う。


「あ、そういうこと? よく言われるのよ。マグナスくん、私の事いくつだと思ってたの? これでも結構人生経験豊富なのよ。他にも……懐かしい子達が結構居るわね」


 そういってナーニャさんが周りを見渡すと、何人かの若い錬金術師が彼女に深々と頭を下げて敬意を示した。

 そんな彼らに手を振って微笑み返すと、そっと俺に耳打ちするナーニャさん。


(これでも若い頃は“豪鬼ごうきのナーニャ”って呼ばれてたのよ。マグナスくんはお客さんだったから特別優しくしておいたけどね)


 驚いてその顔を見返すと、ウィンクと同時に可愛らしくぺロッと舌を出す。

 イタズラなその仕草に思わずドキッとしてしまった。

 それにしても、あの優しかったナーニャさんが……ね。俄かには信じられねぇな。



「あなたがティンクさんね。お会いできて光栄だわ。王女様も、ご機嫌麗しゅうございます」


「あ、はい! サキュバスの件ではうちのマグナスがお世話になりました」


「私からも、その件では世話になったわね」


 ティンクとシェトラール姫と挨拶を交わすナーニャさん。

 これでようやく場が落ち着き、周りの皆も歓談へと戻っていった。



◇◇◇◇◇◇


※登場人物が増えてきたのでおさらい――


・錬金術師"ヘルメス"

 マグナスの招待状を拾ってくれたシルクハットの錬金術師。

 晩餐会の会場で会いましょうと言って別れたきり行方不明。


・"顕示欲のフラメル"

 イケメンの若き天才錬金術師。ナーニャさんの元教え子。


・"授乳欲のナーニャ"

 マグナスがサキュバス討伐のためソーゲン公国を訪れた際にお世話になった錬金術師。

 見た目は若くて魅力的な女性だが、本人曰く"そこそこの年齢"だそう。

 駆け出しの頃彼女の世話になった錬金術師は多いが、本人は派閥等は作らず隠居生活を送っている。

https://kakuyomu.jp/users/a-mi-/news/16817330650904190928


・"リリア"

 サンガクの錬金術師見習い。

 出身はチュラ島で、実家は島唯一の錬金術屋。

 島を救ってくれたマグナスに憧れている。

https://kakuyomu.jp/users/a-mi-/news/16817330656162355701


・"シェトラール姫"

 モリノの第三王女。

 以前マグナスに惚れ薬の錬成をお願いした。

 悪い錬金術師に騙されそうになっていた所をマグナスに救われ、礼として"色欲"の欲名を与えてくれた。

https://kakuyomu.jp/users/a-mi-/news/16817330650853229274

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る