10-07 喧嘩上等
「何事だ。随分と賑やかだな」
いつの間にか俺たちを取り囲むように出来ていた人だかり。そのさらに外から、人々の雑話を切り裂くように男性の声が響く。
決して大声ではないのに、芯があり有無を言わさぬ迫力のこもった声。
振り返り、声の主を確認した人々が驚いたように目を見開き一斉に道を開けた。
薪を割ったかのようにパックリと割れた人混みの向こうに立っていたのは……不敵な笑みを浮かべた若い青年だった。
目鼻立ちの整ったルックスに、長い足。引き締まった肢体、高身長。一見して誰もが認めるだろう超イケメン。
……けれど。俺にはその目はどこか人を見下し子馬鹿にしてるように見えた。
「し、師匠!」
少年達が一斉に男に駆け寄って行く。
なるほど、あれが“顕示欲のフラメル”か。
そして、そのイケメンの隣に並び立つド派手なドレスで着飾った女性……。
モリノ王国第一王女・スカーレット姫。
つまり、シェトラール姫の姉だ。
「皆の者、ごきげんよう」
彼女の一言で、周囲の人々が一斉に頭を垂れ跪く。
「……シェトラール。私の客人が何か?」
皆が跪く中で、一人立ったままの形となったシェトラール姫を睨みつけるスカーレット姫。
なるほど、“顕示欲”は第一王女の客人って訳か。
「……いえ。お姉様……何も」
あからさまな威嚇を受けて、シェトラール姫は顔を引き攣らせて目を逸らす。
貴族や王族にとって上下関係は絶対。王族としての地位の低いシェトラール姫にとって第一王女は絶対的な存在だ。
もしここで下手に俺達を庇えば彼女の立場が悪くなる。これ以上場がややこしくなる前に、慌てて俺自ら第一王女の前に出て跪く。
「申し訳ございません、スカーレット様。私の態度が些か過ぎたようで御座います。このような晴れやかな場でお見苦しい点が御座いました事をお詫び致します。どうぞお許しください」
スカーレット姫の前で深々と頭を下げて許しを被う。
各国の来賓も見ている前だ。彼女たちもメンツさえ保てればこれ以上は突っかかってこないだろう。
「……一応身の程は弁えてるようじゃない、"色欲"の錬金術師。シェトラールが勝手に"欲名"なんか与えたもんだから、勘違いしてつけ上がってるようなら一度躾が必要かと思ってたのだけれど」
俺を見下し冷笑するスカーレット姫の隣から“顕示欲のフラメル”もここぞとばかりに追い討ちをかけてくる。
「……以後気をつけたまえよ、少年。まぁ君ほどの歳で偶然にも大きな功績を上げてしまったなら、おもわず気が大きくなってしまうのも分からなくもない。しかし――“色欲”などと低俗な欲名を恥ずかしげもなく名乗り、あまつさえ“マクスウェル”などとカビの生えた過去の凡俗を未だに尊むとは……錬金術師として恥を知りたまえ」
「えぇ。フラメル殿の仰るとおりね」
各々好き勝手俺に苦言を呈しておきながら、いつのまにかお互いに見つめ合いフフフと笑い合う二人。なるほど、そういう仲って訳か。
シェトラール姫のときといい、モリノの王女はイケメン錬金術師に弱い特性でも待ってんだろうか。まぁ、そんな嫌味は心の中にしまっておいて、頭を下げたまま黙ったまま跪いておく。
言い返しもしない俺を見て興が冷めたのか、『フンッ』と乾いた笑いを吐き捨ててこの場を去ってった二人。
周囲の人混みも、関わらない方が得策とばかりにパラパラと散っていく。
(……ふぅ、危ねぇ。ヒヤヒヤしたけれど、どうにか丸く収まったな)
ひとまず胸を撫で下ろすけれど……まて、何かもう一人ヤバい奴の事忘れてないか?
あんな奴らほっきゃいいのに、売られた喧嘩は買わなきゃ気に済まない勇猛果敢な奴が身内に居たな。
「――ちょっと、そこのバカ錬金術師! いい加減にしなさいよ!」
俺が止めるより先に……まぁ止めたところで無駄なんだろうけど、ティンクの怒声が会場にこだました。
ドレスの裾を捲ってズカズカと"顕示欲"に迫るティンク。
ホントお前は……俺には『余計な事に首を突っ込むな』って言うくせに、自分の身内が馬鹿にされたときは例え相手が誰だろうととことん食ってかかるよな。
『よせよせ、ティンク! さすがに相手が悪いって!』
慌ててティンクを止めようとその手を掴むが、思いっきり強く振り解かれてしまった。
まぁ俺と爺ちゃんのために怒ってくれるのは嬉しいけれど……こいつらに喧嘩売ったら本当にモリノで商売出来なくなるって!
「……は? 何だ貴様は?」
ティンクの声を聞きこちらを振り向くフラメル。眉間にシワを寄せて鋭い眼差しでこちらを睨みつける。
(おいーー! 完全にキレてんじゃんか! 止めてくれぇ〜!)
力尽くでもティンクを止めようと背後から追いかけようときたとき……ふと現れた人影がティンクとフラメルの間に割って入った。
「今の発言。とても看過できないわね」
落ち着き払った女性の声。
こちらに背を向けているのでその顔は見えないが……何処かで聞いたような覚えのある声だ。
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