10-06 派閥闘争
「おーおー。何かやたら貧乏臭ぇのが居ると思ったら……。リリア、お前みたいなポンコツ錬金術師がどうやってこの会場に忍び込んだんだよ?」
リリアに詰め寄ってきたのは、俺と同じ位か少し年上かと思われる少年。
まるでコンパスで丸を描いたようにコロコロと太った彼を真ん中に、その両脇を固めるように同い年くらいの男達が数人。周りから見えないようにグルリと俺とリリアを取り囲む。
……有名な錬金術師の一派なのだろうか。全員が仕立ての良い衣装に身を包み、お揃いのローブを羽織っている。
「し、忍び込んだなんて……! そんな訳無いでしょ! 普通に招待されて来たのよ! 変な言いがかりしないで!」
自分より大きな男達に取り囲まれ一瞬戸惑いを見せたものの、リリアは俺の方をチラチラと気にしながら気丈に言葉を返す。
差し詰め、俺に変な風に思われたくないと気にしてるのか……。何だか可愛いな。
だが、そんなリリアの反応を見て太った少年は待っていましたと言わんばかりに声を張り上げる。
「おいおい、嘘だろ!? あの“譲歩欲”の弱小貧困錬金術師の弟子が招待客だって!? 悪い冗談は止めろよ、せっかくのパーティーの格が下がるだろ~!」
何が面白いのか、額に手を当てて少年は大袈裟に笑い出す。それに合わせるように周りの取り巻きも腹を抱えて笑う。……なるほど、こいつがこの一行のリーダー格って訳か。
それにしても、“譲歩欲”なんて欲名があるのか。中々難儀そうなもんだな。……まぁ“色欲”の俺が言えた筋じゃないけど。
「――う、うちは確かに私と師匠だけの小さな錬金術だし、私の腕もそんなに良くは無いけど……それでも師匠を馬鹿にするのは許さないから! 取り消して!」
「はぁ? 何で? ただ事実を言っただけだろうがよ!? 文句があるならうちの師匠から借りた金さっさと返せよ!」
「そ、それは毎月ちゃんと決められた額を返済してるでしょ! そもそも、あれはそっちが起こした不祥事の始末を強引にうちに擦り付けられたせいで――」
負けじと言い返すリリアだが、少年は憎たらしい笑いを浮かべたまま語彙を強めその言葉を遮った。
「はぁぁ!? 何だって!? 文句があるならもう一回うちとやり合うか!? 何度やったところで、実力も無い、後ろ盾も持たないお前らみたいな弱小錬金術師が、うちの"フラメル先生"に勝てるとは思えないけど!?」
フラメル……!? 確かその名前は聞いた事がある。
"顕示欲のフラメル"
若くして特級錬金術師の称号を手に入れた現代の天才錬金術師。
その実力は現役の全錬金術師の中でも両手の指で数えられる範囲内。
眉目秀麗、名門貴族の出身で錬金術協会の幹部にも太い人脈があるそうだ。間違いなくこれからの錬金術界隈を担っていく重要人物だと言われている。
リリアの師匠に何があったかは知らないけれど、さすがに目をつけられた相手が悪過ぎるだろ……。
とは言え……。
俺の隣ではリリアが唇を噛みしめ顔を真っ赤にして震えている。
師匠をバカにされたのがよっぽど悔しいんだろう。
まぁその気持ちは分かる。……俺が尊敬するじいちゃんも、世間では犯罪者扱いだからな。
「なぁ、あんた。偉い錬金術師様のお弟子さんか何か知らないけどさ、公衆の面前で女の子にこんな顔させるのは……男としてどうかと思うぜ」
こんなとこティンクに見られたら『また余計な事に首突っ込んで!』って怒られるだろうな。俺としても本来あんまり揉め事には首を突っ込まない主義だけど……気づけばリリアと少年の間に割って入り啖呵を切っていた。
「……は? 何だお前。ここはガキの遊び場じゃないぞ」
浮かべていた薄ら笑いを収め、眉間にシワを寄せ凄んで来る少年。いや、年齢の事言うなら俺もお前もそんな変わらないだろ。
「俺はマグナス。モリノで錬金術師をやってる。あんたは?」
「は? 何で俺が無名の錬金術師なんかにわざわざ名乗らなきゃいけねぇんだよ。てか、お前んとこ、どこの派閥だ?」
……派閥。久々に聞いたな。
世間的にまだまだマイナーな職業である錬金術師は、残念ながら個人で食っていくには中々厳しのが現状だ。
俺みたいに駆け出しの頃から自分の工房や店を持てて、固定のお客さんまで付いてくれるのは相当にラッキーなレアケース。殆どの錬金術師は長い下積みでお金を貯めたり、借金をしてやっとの思いで自分の工房を開く。
その過程で有名な錬金術師に弟子入りしたりお金を工面してもらったりするのだが、独り立ち後もその縁は途切れる事はなく、それがそのまま“派閥”となり後々まで続く事になる。
とはいえ一概に悪い事ばかりでもなく、派閥仲間内で仕事を斡旋し合ったり情報や技術の交流が出来たりと、相互協力組織的な面もある。
何せ、錬金術師というのは派閥社会なのだ。
「……いや。俺は特に派閥には」
「何だ!? お前も野良かよ!! どーせ無能過ぎて派閥から追放でもされたんだろ!? リリアのトコといい、ホント野良の錬金術師は貧乏の世間知らずばっかで困るんだよ!!」
フガフガと鼻を鳴らしながら大声で笑うデブ。
取り巻きたちも合わせるように声を上げて笑う。
あー、だんだんと腹が立ってきた。
こんな奴ら相手にしてもしょうがないのは分かってるが、こんなくだらない奴らが志を同じくする錬金術師だというのがどうも納得がいかない。それこそ『錬金術師の品格が下がる』ってもんだ。
さすがに言い返してやろうと大きく息を吸ったそのとき――
「――何言ってんのよ。野良もなにも、あんた自身が“マクスウェル派”の
突然頭上から凛とした声が響き渡る。
驚いて見上げると、二階の空中廊下からティンクがこっちを見下ろしながら歩いてきた。
「う、さすがにヒール高すぎたかしら。コケたら終わるわね……」
履き慣れないピンヒールで歩き辛いのか、何やらブツブツと呟きながら螺旋階段をゆっくりと降りてくるティンク。
その姿を見て、さっきまで賑やかだった会場が一斉にして静まり返る。
え、何? 何事? ……と思ったけれど、あぁ。いつものアレか。
毎度の事ですっかり忘れがちだけれど、こうしてドレスアップしたティンクを目の当たりにすると、その圧倒的な存在感を改めて思い知らされる事になる。
真っ赤なドレスに綺麗に結い上げた赤い髪。
まるで炎の化身のように情熱的で、それでいて何処か儚げで可憐なその姿に、場内一同ポカンと口を開けて見惚れているのだ。
人々からの視線を一身に受け、それでも何ら気にすることもなく俺たちの前へ歩み出ると半ば呆れたように口を開く。
「あのね、“派閥”なんて自分の名前だけじゃ箔も付かない二流錬金術師が寄り合って名乗るもんよ。あんたが継いだ“マクスウェル”の名は、そんなもんに属する必要なんて無いはずだけど」
ティンクの発言を聞いて、時が止まったかのように静かだった周囲が俄かにざわめき出す。
『ま、マクスウェル!?』
『まさか伝説の“モリノの賢人”!?』
『最近になって後継者が現れたとは噂に聞いたけど……』
『――てことは、あれがチュラ島を救ったっていう……』
ティンクに向けられていた目線が、今度は一斉に俺に集まる。
マズイ、こんな大勢の前で悪目立ちすると後で絶対に目をつけられたるぞ!!
慌ててティンクに駆け寄り耳元で密談する。
『お、おい。"マクスウェル"の名前なんかとっくの昔に歴史に埋もれたんじゃないのかよ!? 何でこんなに知られてんだよ!?』
『そりゃモリノじゃ国賊として歴史の表舞台から姿を消したけど、錬金術師界隈では未だに“現代錬金術の父”っていったらマクスウェルよ。今の大釜を使ったスタイルを生み出したのもアイツだしね』
『マジかっ!?』
錬金術の自体は百年以上も昔からあるが、大釜を使った錬成法が出来たのはつい何十年か前の事だ。
それまではフラスコやビーカーで繊細にやってのを、とある頭のイカれた錬金術術師が『あー! めんっどくせー!』と器具やら素材やらをまとめて釜にぶち込んで魔力でゴリ押ししたのが始まりだって聞いてたけど……まさかその頭のイカれた術師がうちの爺ちゃんだったとは……。俄かに信じられないけど、爺ちゃんなら有り得る。
衝撃の事実に絶句していると、そこに輪をかけるようにして場を騒めかせる事態が。
「あら? 私のお客に無礼を働くのは何処の馬の骨かしら?」
ティンクに続いて二階から姿を現したのは――モリノ王国第三王女・シェトラール姫だった。
「彼は私直々の招待客よ。彼への無礼は私への侮辱と取るけれど……よろしいかしら」
豪華な装飾の誂えられたドレスを靡かせ優雅に歩くと、ティンクの隣に並び立つ。
『一国の姫様直々のご招待かよ、さすがだな』
『確か賢人マクスウェルも元は宮廷錬金術師だったて話だよな』
周囲が改めてざわめき始める。
ダメだ。もうコソコソするのは諦めよう。
「2人共、よく来てくれたわね」
「こちらこそ、お誘い感謝するわ」
満足そうな表情で笑うシェトラール姫と、彼女に向かいドレスの裾をつまみお辞儀を返すティンク。
流石に二人並ぶと迫力あるなー。
さっきまで俺達を囲んで騒いでた少年達もさすがに分が悪いのか顔を引き攣らせて黙り込んでいる。
ふぅ。どうなる事かと思ったけど、これで決着だな。
そう思って胸を撫で降ろしたが――事態はそう簡単には収まらなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
※リリア
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