10-02 宮中晩餐会

「ほぉら、これが欲しいんでしょ? じゃあそこに跪きなさい。これまで散々生意気な態度を取ってきたのは許してあげるけど――そろそろどっちがご主人様か分からせてあげようじゃないの」


 脚を組んで椅子に踏ん反り返り、まるで奴隷を見下す極悪領主のような目で薄ら笑いを浮かべるティンク。

 白くスベスベな脚がスカートの間から艶かしく覗く。


「なあに? 舌なんか出して。そんなに欲しいの? どうしようかしらねぇ……そうだ。それじゃあ惨めにお腹でも出して寝転がってごらんなさい」


 恍惚とした表情を浮かべ、脚を徐に組み替えてみせる。


「そうよ、そう! いいじゃない! ヨダレまで垂らして……やっと自分の立場が分かってきたのかしら。よく覚えておきなさい。私がご主人様であんたは下僕――」


 スパンッ!

 丸めた紙束でティンクの頭をどつく。


「いった! ちょっと何すんのよ!」


「お前こそうちのニタマゴに何してんだ」



 ◇◇◇



 ティンクの足元でヨダレを垂らしお腹を見せながら尻尾を振り続けているのは、我が家の愛犬“ニタマゴ”。

 可哀想に。どうやら楽しみにしてたおやつをティンクに取り上げられたらしい。


 こいつら、前々からどうも仲が良くない様子。


 “街のアイドル”対“我が家のアイドル”。


 お互いに自分が一番可愛いと思ってるのかどうかは知らないが、何せお互いにソリが合わないようだ。


 みかたが来たと分かった途端、従順に尻尾を振っていたニタマゴが唸り声を上げてティンクを睨む。


「あーっ! 寝返ったわねこのアホ犬!! ちょっとマグナス! あんたが甘やかすからこんな狂犬に育ったんでしょ!」


 確かに――ニタマゴは家族全員から激しく甘やかされて育ったせいで、若干わがままな折はある。気に食わない事があると実力行使に出る事もしばしばだし……その点ではほんと小型犬で良かった。

 とはいえ、ここはか弱い愛犬の肩を持つしかあるまい。


「うるせぇ! ニタマゴは可愛いが仕事だからいいんだよ!」


「私だって可愛いが仕事のカフェ店員なんですけど」


 相手をするのに飽きたのか、手に持っていた干し肉をニタマゴの眼前にヒョイと投げる。

 待ってましたといわんばかりに空中でキャッチすると、シッポを振って部屋の隅へと駆けていくニタマゴ。


「てか、飲食店に犬入れないでくれる!?」


 ニタマゴさん、基本的にいつもは母家に居るんだけど今日みたいに家族全員の都合が悪いときは俺が工房や店で預かっている。

 今日は店で看板犬のお仕事中って訳だ。


「あのな、うちは飲食店じゃなくて錬金術屋兼便利屋だ。カフェはおまけでやってんの」


 まぁ……実際のところ街の人達の認識ではここは『カフェ』で間違いない。

 客の殆どはティンクの入れるお茶目当てだ。

 あいつの人柄のおかげでどんどんファンが増えていき、今じゃ昼時は客が店に入りきらない日も出てきている。

 ティンクが気まぐれでたまに出す軽食も「絶妙に独特な味付けセンスだけど多分美味しいと思う」とまぁまぁ評判だ。


 カフェの人気に伴って便利屋のお客も徐々に増えてきた。お陰様で『こんな町外れの小屋じゃなく王都でちゃんとした店を開いたらどうだ』という声も最近多く貰えるようになった。

 恥ずかしくて面と向かっては言えないが、これも二人で頑張ってきた成果だな。



 ―――



「――それよりも、お前。王宮に着ていく服決まったのかよ?」


 キッチンに立つティンクへ声をかける。


「服? いつものでいいでしょ?」


 グラスを磨きながらキョトンとした声で答えるティンク。


「そんな訳にいくかよ! 宮中晩餐会だぞ!? 流石にドレスコードってもんがあんだろ」


「えー。晩餐会っても、たかが王宮でご飯食べるだけでしょ。わざわざドレスとか……めんどくさーい」


 おいおい、たかがって……。

 あ、そういえばこいつ昔は王宮に住んでたんだったな。俺みたいな一般人と違って王宮に入るなんて珍しくも何ともない訳か。



 ――実はこの度、誇らしい事に王宮で開かれる晩餐会にご招待を賜ったのだ。

 “錬金術師マグナス・ペンドライト”として正式なお招きだ。


 名目は、数年に一度開かれる錬金術協会主催の技術交流会。

 友好国同士で寄り合い、各国が選抜した錬金術師達が一堂に介して食事を囲みながらその技術や人脈を深め合う、言うなれば交流会みたいなもんらしい。

 持ち回りで各国が幹事を受け持つのだが、丁度今年はモリノの番という訳だ。


 いくら開催国の錬金術師とはいえ、本来俺みたいな新人が参加出来る会合じゃないはずなんだけど……。チュラ島から戻り、溜まっていた手紙の束を確認していたところシェトラール姫――俺に“色欲”の欲名を授けてくれやがった例のお転婆姫様から直々の招待状が届いていた。


 惚れ薬の件以降ちょくちょくと“御忍び”で店には遊びには来てた訳だが……こないだ来た時に『今度サプライズがあるから楽しみにしてなさい!』って言ってたのはこの事だったのか。


 不相応とは思いつつも、最近は間口を広げて有名無名・新人ベテランに関わらず勢いのある人材は積極的に招待しているという話も聞く。

 ここはありがたく参加させて貰おう。

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