最終章 色欲の錬金術師と賢者の石

10-01 お留守番

 草木も寝静まる丑三つ時。


 便利屋“マクスウェル”の裏手にある錬金術工房の玄関前で、怪しい人影が二つ何やらごそごそと蠢いている。


 フードを深々と被った背の高い男と、バンダナを巻いた小柄な男。


 見るからに“泥棒です”といわんばかりのニ人組がドアの鍵をガチャガチャといじくり回していた。


「――おい! 何してる!? 早く開けろよ」

「そう急かすなよ。こんなしみったれた工房、こんな時間に誰も来やしねぇって」


 下調べによると工房の主人は数日前から留守だ。

 南国のリゾートまでバカンスに行っているそうだが……錬金術ってのはそんなに儲かるものなのか?


 そんな事を考えながら、フードの男は棒状の特殊な器具をドアの鍵穴に突っ込み熱心に弄くり回す。


 その間待つこと数十秒……。


 ガチャリ、と小さな金属音を立て鍵が開いた。


「よし、開いたぞ」


 音を立てないよう慎重にドアを開け、工房の中に入る。


「……しっかし無茶な仕事だよな。こんな工房忍び込むのは造作も無ぇが、目的の獲物が“どんな形をしてるかも分からん石”に“錬金術のレシピが書かれた魔道書”だろ。どうやって探すんだよ」


 先に入ったフードの男がさも面倒くさそうに溜息をつく。


「石の方はともかく、魔導書は本で間違いないだろ。まずはそっちからだ。いいか、“ヤオヨロズ”とかいうアイテムの作り方が書かれている本だ。手分けして探すぞ」


「へいへい」


 バンダナの男の指示を受け、フードの男は室内の物色を始めた。

 それを見てバンダナの男も月明かりを頼りに手近な棚から漁り始める。



 ……



(ったく。弱小とはいえ仮にも貴族の屋敷に侵入させといて取ってこさせるのが“石”と“本”とは。……俺も舐められたもんだ)


 文句のひとつも垂れたくなる相方の気持ちも分からんでもない。

 とはいえ、そんかショボイ仕事だからこそ尚更ヘマをする訳にはいかないだろう。

 いくら街外れにある工房とはいえ近くの母屋には住人も居るからな。

 なるべく音を立てないよう慎重に物色を続ける。


 棚はどれもよく整頓されていて中身がすぐに見て取れるようになっている。ここの主人の几帳面な性格が伺えるな。

 並んでいるのは、何に使うのかよく分からん薬品や植物。

 この辺は“石”も“本”も関係も無さそうだし触らないでおこう。


 窓際に置かれている大きな釜を覗き込んでみると、中は得体の知れない怪しい液体で満たされている。

 錬金術については全くの素人だが、聞き齧った話だとこの大釜にいろんな物をぶち込んで混ぜ合わせるんだろ?


(魔法使いも大概だが、錬金術師ってのも盗賊おれたちと負けず劣らずの胡散臭い職業だな)


 そう思いながら大釜の前をスルリと通り過ぎる。


 いくつ並ぶ本棚の前に立ち、本を取り出してパラパラとめくって戻す。それを端から端までひたすら繰り返していく。

 本当は片っ端から床に投げ捨てて調べていきたいところだが、雇い主からの要望で『侵入は極力気付かれないように』という事なのでいちいち元に戻すしかない。


(……あぁ、鬱陶しい)


 そう思いながらも次々と本の内容を確認していく。


 ……


 十五分ほどかけて本棚にあった本を一通り確認したが、目的の物と思われる魔導書は見つからなかった。

 ……というか、九割がた何が書いてあるのか分からなかった。


(クソッ。そもそも錬金術の書物を探すなら錬金術に詳しい奴を助っ人に付けろよ!)


 雇い主様に文句の一つも言ってやりたいところだが、まぁそう都合よく錬金術師兼泥棒なんて奴は居ない。

 雇い主側もそんな事は分かってんだろう。だからこそ俺たちみたいなコソ泥を雇って一か八かで探しに来させてる訳だ。

 運良く成功すればラッキー。もし失敗して捕まってもただの空き巣として処理されだろう。そうなればまた次を雇って向かわせれば良いだけだ。

 つまり俺たちは捨て駒だ。……まぁ、そこまで含んでの破格の契約金な訳だからこちらとて文句は無い訳だが。


 そこまで考えると、これ以上汗水流して調べ尽くすのもバカらしくなってきた。どうせ見つかりっこないならこのままバックれてやろうか……。

 そう思いつつ後ろを振り向くと、相方はまだ別の本棚を調べている。


(何やかんやいいつつ仕事熱心な奴だな。……ん? そもそも、そんな大切な本なら本棚に入れっぱなしじゃなくて何処かにしまってあるんじゃないのか?)


 そう考え、一旦本棚から距離を取り部屋を見渡してみる。


 鍵を掛けて保管出来そうな所……。


 まず鍵付きの大きな戸棚が目に入る。

 ガラス戸棚からは中が一目で確認できるが、薬品や鉱石ばかりで本は一冊も無い。

 もしかしたら石の方ならここに有るかもしれないが、色も形も分からない以上今は本が先だ。


(となると……)


 再び部屋の中を見渡すと、隅に置かれた机が目についた。


 近づきその前にしゃがみこんで引き出しを順に開けて行く。

 中には筆記用具や紙切れがギュウギュウに詰まっているが本は無い。

 次々と中を確認し、最後に一番下の大きな引き出しを開けようとしたところ――


「おい、この引き出し鍵が掛かってるぞ。ここじゃないのか?」


「何!? 本当か。開けられそうか?」


 相方が床に置かれた雑貨の間をヒョイヒョイと縫いながら駆け寄ってくる。


「当たり前だ。こんな簡単な鍵くらいチョロいもんだ」


 細いワイヤーを鍵穴に突っ込み弄り回すと、思った以上にあっさりと鍵が空いた。

 ずっしりとした引き出しを開けると――俺が中を確認するよりも早く相方が感嘆の声を漏らした。


「――おぉ! こいつは!」


「どうした? 何か見つけたのか」


 引き出しの中から本を取り出した相方が嬉しそうに俺の目の前に突きつけてくる。


「見ろよ! こいつは中々の上物だ!」


 その手に持つのは……


『女騎士はオークに屈するか!?』


 パラパラとページをめくると、とても言葉に出すのが憚られるような凌辱の限りが春画集としてしたためられていた。


(……ここの主人はまだガキだと聞いていたが。若くしてこの性癖か……)


 見知らぬ少年の将来が心配になってくる。


「なぁ! これ個人的に持って帰って良いか!?」


「バカな事言ってねぇでさっさと仕事しろ!」


 食い入るようにエロ本を読み漁る相方に向かって思わず声を荒げたところで――



「――はい。そこまでだお二人さん」


 突然工房の入り口から突然声がした。

 驚いて振り返ると、玄関を塞ぐように男が一人立っている。――いつの間に!?


「し、しまった! 衛兵か!?」


「いいや。ボランティアで勝手に留守番してるだけの、ただのカフェの常連客だよ」


 片口を上げてふざけたように笑うのは、ボサボサ髪に無精髭を生やした垂れ目がちな男。

 確かに……衛兵と言うにはその出立ちは余りにもしまりがない。


 ――だが、俺には分かる。

 その刃物のように鋭い眼光は明らかに堅気の人間じゃない。どちらかと言うとこちら側の……。


「ちっ、騒がれる前に殺るぞ!」


 相方がナイフを構え素早く男の喉元へ切りつける……が! 男はバックステップで斬撃をあっさりと躱し、カウンターの一撃を相方のアゴへと打ち込む。


 ノーガードでモロにフックを貰い膝から崩れ落ちる相方。


 あいつには悪いが、この隙を逃す手はない。

 相方の方に気を取られているうちに男の背後へと回り込み、死角から飛び込んで男の脇腹へとナイフを突き立てる――!


 ……しかし、その動きも既に男の計算のうちだったようだ。ノールックで軽くいなされて、そのまま首元へ鋭い手刀を撃ち込まれてしまった。

 的確な一撃。

 そう思った次の瞬間には目の前が真っ暗になった。



 ―――



「シュバイツ隊長。先程の盗賊二人、搬送完了しました。手筈通り人目には一切ついておりません」


 音もなく姿を現した黒装束の大男がシューの前に跪く。


「あー、違う違う。シュバイツ隊長じゃなくて“シューさん”だ。無職のシューさん。何回言わせんだよ」


 一仕事終え、工房の前で一服していたシューが手をヒラヒラと返しながら大男に答える。


「し、承知しました……シューさん。それにしても、この一週間でもう三組目ですね」


「あぁ。さて、今回はどこの組織の差し金ですかねぇ、と」


「さっそく拷問に掛けますか?」


「あぁ、死なない程度に頼む。まぁ、とは言え向こうもプロだからな。口を割らせたところで飼い主に繋がるような物証は見つからんだろうが」


「――承知しました。尽力致します」


 一礼すると装束の男は一瞬にして姿を消した。


「ったく。それにしても次から次々へと何処から聞きつけてくんのかねぇ。――呑気な便利屋家業も……そろそろ潮時じゃねぇのか」


 ボリボリと頭をかくと、何処か寂しそうに夜空を見上げるシュー。

 工房のドアに鍵を掛け再び闇夜へとその姿を晦ませた。

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