09-34 反撃の狼煙

 翌日――



 朝から厚い雲が空を覆い、南国リゾートには到底似つかわしくない激しい雨がずっと降り続いている。

 島の出身だと思しき従業員さんたちも口々に『こんな季節にこれだけの雨が降るなんて……』と言っているし、きっとこれも呪いによる異常気象なんだろう。

 これ以上悪化する前にさっさと片付けちゃいますか、って事でティンクと二人準備を整えホテルから出発する。



「――ちょっと、二人とも! こんな天気の中何処へ行くんですか!?」


 フロントから外に出た所でカトレアに見つかって引き留められてしまった。


「え、あ……ちょっと、さくっと呪いを止めに」


 カトレアには何も話してなかっただけに――マズったな。

 昨晩ティンクとまとめ上げた仮説では、島のある場所へ行けば呪いを止める手がかりが見つかるはずだ。

 それなりに危険もありそうだから、カトレアには悪いけどこっそりと行ってさっさと終わらせてこようと思ってたんだけど……。


「何言ってるんですか!? いくらマグナスさんでも無茶ですよ! せめて嵐が止んでからにしましょう!」


「いや、この嵐だっていつ止むか分からないだろ? またいつ亡者が攻めてくるかも分かんないし、こっちから先手を打たないとこのまま消耗し続けるだけだ」


 事実、昨日の襲撃を受けて島の病院や警備部隊は対応で手いっぱいになっているそうだ。俺が用意してきた【メロウのトライデント】のポーションもあと1本だけだし、もし昨日みたいな規模の襲撃を受ければあと1回防ぎきれるかどうかの瀬戸際っていう状況だ。

 とことん危機感の無い観光客達も、昨日の件でようやく事態の深刻さに気づいたのか一斉に島から脱出しようと動き出したようだ。本土へ渡る船は朝の時点で予約が埋まったらしい。

 ――けれど、そんな矢先にこの嵐で船は全便欠航。

 島からは誰一人として逃がすつもりは無いって事ですか……。


 何にせよ、待っても状況は悪くなる一方だ。



「それなら、せめて護衛を付けて貰いましょう! 私、交渉してきますから!」


 俺の説得を渋々聞き入れてくれたカトレアが急いで人を探しに行こうとする。


「いや、大丈夫! 警備の人達は観光客や市民の警護で忙しいだろうし。こっちにはトライデントさんも居るから問題ないよ」


「でも……」


 心配そうなカトレアの両肩に、ティンクがポンと手を置く。


「心配しなくても大丈夫よ。別に亡者の群れを殲滅しに行こうって訳じゃないから。ちょっと調べて危なそうだったらすぐに引き返してくるわ。――それより、ここのまとめ役の件、しっかりお願いよ!」


 実はカトレア、昨晩の手腕が認められホテルに泊まる貴族や金持ち達の取りまとめをお願いされてしまったのだった。


 貴族や金持ちなんて自分勝手で我儘な奴らが多い。

 それぞれ好き勝手に動き回られては貴重な戦力が分散されるどころか余計な混乱だって招きかねない。ホテルに対しても口々に不平不満や無理難題を吹っかけてきてばかりで、ホテル側も疲弊しきってしまっていたそうだ。


 そんな中、昨日の襲撃でカトレアに自身や家族を助けて貰った人が多数居て、彼女にだけは頭が上がらないという人も多いらしい。

 あの混乱の最中、憐な見た目からは想像できない程冷静に、そして勇敢に、人々を先導し自ら先陣を切る姿は相当に印象的だったそうだ。しかも聞けば正体はモリノの有力貴族だというんだから、ファンになったという人達も相当居るそうだ。


 そんな話を聞きつけた支配人に散々頭を下げられ土下座までされて、ホテルの宿泊客と避難してきた人達の陣頭指揮を取る大役が回ってきたのだった。

 ……俺からすりゃ、呪いの対処よりこっちの方がよっぽど大仕事だと思うけどな。



「よし。じゃ、行くぞティンク!」


「りょーかい!」


 ホテルから借りた防水仕様のマントをしっかりと羽織り、背中には諸々の道具が入った大きなリュックを背負う。

 今回は武器もばっちり借りて来た。俺はロングソードを腰に、ティンクはスピアを背中に背負い……準備完了だ!


 外に出ると、嵐はさらに強さを増し大粒の雨が絶え間なく地面を叩き続けている。昼間だっていうのに数メートル先ですらはっきりと見えない程の視界の悪さだ。

 吹き荒れる強風は街路樹を容赦なく殴りつけ、今にも薙ぎ倒されそうなヤシの木がメキメキと悲鳴を上げている。



「二人とも――本当に気をつけて!」


 カトレアの声に手を振って答えると、マントのフードを深々と被り嵐の中へと突き進んでいく。



 ――



「――ねぇってば! 聞こえてんの!?」


「――あぁ!? 何だって!?」


 すぐ傍からティンクが大声で叫んでくるが、吹き荒れる雨風のせいで中々声が聞き取れない。


「だから! 今更だけど“あの小島”に向かうんならコテージから直接海に出てトライデントさんに引っ張ってって貰った方が安全だったんじゃないの!?」


 ――そう、今から向かう目的地は先日俺が漂着した例の小島だ。


「ダメだ! 海の中の様子が分かんねぇ! もしかしたらもう亡者が湧いてるかもしんねぇし、もしそうならさすがのトライデントさんも人間二人乗せたボートを引っ張って長くは泳げないだろ! ポーションは出来るだけ温存だ!」


 地元の人に聞いた話では、ホテルから小島まで海上を行くとなると結構な距離になってしまうそうだ。もし襲われた場合まともに反撃も出来ない海上での移動は出来るだけ避けたいところ。

 陸路で島の端にある漁港まで行けば、そこから小島までは直線距離で5キロ程らしい。それくらいの距離ならば、例え海上で亡者に襲われてもトライデントさんならどうにか泳破出来るはず。

 なので、とにかく行ける所までは歩いて行く作戦だ!


 ぶ厚い黒雲のせいで昼間だってのに薄暗い街中。

 出歩く人は俺たち以外に全くおらず、店はどこもシャッターが下りている。

 綺麗に整備された街並みから忽然こつぜんと人間だけが消えた様はまるでゴーストタウンだ。つい先日までの賑やかな様子が遥か昔の幻なんじゃないかとすら思えてくる。


 バシャバシャバシャ……。


 歩を進めるたびに水位の上がった雨水が足を絡み取ろうとしてくる。

 普段は雨なんか殆ど降らない島。あっという間に排水機構が麻痺したのか、道路は冠水して水浸しになっている。


 足元に気を付けながら慎重に進んでいると――


「――マグナス! 下!!」


 後ろを走っていたティンクが、叫ぶと同時にスピアを手に取り俺の足元を突く!

 慌てて飛び退くと、足元にあった側溝から亡者の手が伸び俺の足首を掴もうとしていた。


 ティンクの一撃を受け腕を粉砕された亡者が、泥水の中からよろよろと起き上がってくる。

 間髪入れずにその頭部をロングソードで弾き飛ばす。


「やっぱり出やがったか――走るぞ! コケるなよ!」


「あんたがね!」


 こうなりゃ体力勝負だ! 武器を仕舞い、港へ向けて走り出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る