09-33 星夜を穿つ槍

「……もう出てきて大丈夫だぞ!」


 海に向かって声をかけると、暫くしてトライデントさんが海面から顔を出して大きく深呼吸した。


「ぷっはぁー! 海の中の亡者も粗方片付きましたよ。これでこの辺の亡者は殲滅完了ですけけど……あーもう、最悪です。臭っさい! 帰ったら3回はシャンプーしないと……」


 長い髪を手櫛で梳かしながらぼやくトライデントさん。シ、シャンプーするのか? アイテムさん達が普段どんなふうに暮らしてるのか気になって仕方がない所だけれど――今はそれどころじゃないな。


「あの。一仕事終わったところで申し訳ないんだけど、あっちの海岸の方にまだ何体かいるみたいで。――もしかして纏めてどうにか出来たりとか……」


「ん? あぁ、あっちですか。陸の上は気付きませんでした。――勿論ですよ! こうなったらヤケクソです。一気に片を付けちゃいましょう! これでやっと魔力を使いきれそうです!」


 スゥーッと大きく息を吸うと、静かに目を瞑り天高く槍を掲げるトライデントさん。

 まるでそれが合図だったかのように、海上に吹いていた風がピタリと止み辺りが不気味な程の静けさに包まれる。


 静寂の中で、トライデントさんが紡ぐ力強い言の葉だけがただ一つこだました。


『静海の送り人、冥府の道を示す者よ。

 哀れな魂がどうか惑わぬように。

 瞬き、煌めき、群列を成して、その旅路を終焉へと導け!

【メロウのトライデント】固有奥義――"凪夜なぎよ鎮魂歌レクイエム"』


 詠唱を終えると共に、トライデントさんが手に持った槍を勢いよく天へ向かって投擲する!


 天へと向かう槍はグングンとその勢いを増し輝く光の尾を引く流星となった。

 流星が曇天の中心を貫いた直後――空を覆っていた黒雲は弾けるように塵となって消え去り、空には数えきれない程の星々が絢爛とした輝きを放っていた。

 星々はその輝きを一層と増し、空全体が昼間のような明るさで包まれたかと思った直後――数多の流星が光の雨となって一斉に大地へと降り注ぐ!!


 光のつぶてに打たれた亡者は一瞬にして跡形もなく蒸発して消え去って行った。


 ……その威力は絶大。

 海辺をたむろしていた、優に百体を超えるだろう亡者を一掃するのに――10秒もかからなかった。



 ――ちなみに後から聞いた話だけれど、この技も普通なら熟練の冒険者が一生かかって習得できるかどうかという秘奥義中の秘奥義らしい。……今更ながら、凄いな――“マクスウェルの釜”。



「ふぅ。八つ当たり完了です!」


 すっきりした顔で満足げに呟くトライデントさん。……いやいや、八つ当たりの規模が天変地異レベルなんだが。

 ちょっと天然の入ったおっとり系のお姉さんかと思ってたが、あまりこの人を怒らせてはいけないようだ。


「まさか一撃とは、さすがね。これで海の呪いも解けるかしら」


 ティンクがパチパチと拍手で褒める。


「いえ……ダメですね。亡者は殲滅しましたが、呪いについては依然濃いままです。おそらく“元”を叩いてしまわないとまたすぐに亡者が湧き出てきます」


 亡者はあくまでも呪いが生み出す副産物か。

 やっぱり呪い自体を解除しないと根本解決にはならないって事だな。


「あ。それと。気のせいかもしれませんが……ひとつ気づいた事があるんです」


 トライデントさんが口元に人差し指を当てて不思議そうに呟く。


「……あの亡者、"私達"とどこか似てるような気がするのですよ」


「"私達"って……アイテムさん達とってこと?」


「はい。何というか上手く言えませんが……何か特別な力によって生み出されたみたいな……」


 そこまで言って腕を組み考え込んでしまうトライデントさん。


「特別な力って……呪いで生み出されてる化け物なんだからそりゃそうでしょ」


 ティンクが訝しげに答える。


「それはそうなんですけど……呪術で呼び出す怨霊とも違うような気がするんですよね。……まぁ、あくまで私の勘なのであまり気にしないでください!」


「……ありがとう、一応気にかけておくよ。とにかく助かった!」


「いえ! お気をつけくださいね」


 本当に全ての魔力を突っ込んだようで、言い終わるなり淡い光に包まれたトライデントさんは泡となって姿を消してしまった。



 陸の方では駆けつたホテルの従業員たちに連れ添われ、逃げて来た人達が本館へと避難していくのが見えた。

 どうにかこの場は収まったみたいだけれど……呪いの“大元”か。さっさとそっちを叩かないと、いよいよ次は危ないな。



 ――――



 ホテルの本館へ戻るとロビーは臨時の避難所となっていた。宿泊客だけでなく逃げ遅れた観光客や島民も積極的に受け入れているようだ。

 混乱の中、カトレアが分かる範囲の情報を集めてきてくれた。


 今回の奇襲では観光エリアを中心に広い範囲に被害が出たらしい。

 幸い島には各国の金持ちが多く滞在しており、それぞれが連れている護衛のお陰で高級ホテルは比較的損害は軽微だった。

 一般観光客向けの宿泊施設でも、連日の被害を受けて島側が警戒を強化していたため甚大な被害にはなっていないそうだ。


 とはいえ、怪我人が多く出たのも事実。

 こんな事が連日続くようでは観光地としてのイメージダウンは避けられない。

 それに、警備の手薄な島民の居住エリアに亡者が出れば被害はかなりのものになってしまうだろう。



「……こうなったら、呪いの元を直接叩くしかないな」


 部屋に戻りティンク、カトレアと作戦を練る。


「呪いの元……? どういうことですか?」


「これだけ広範囲に渡る強力な呪いが長年に渡って効力を発揮し続けてるとなると、どこかに原因となる"呪祖"があるはずだ。それさえ解除しちまえば異常気象も亡者もまとめて止まるはずなんだ」


「それはそうだけど。――それこそ私達、解呪の専門家じゃないわよ。呪詛が何処にあるかなんて探しようが無いし……。それに、見つけたところでこんなヤバイ呪いなんて太刀打ちできるかどうか。モリノの洋館の呪いとはケタが違うわよ?」


「呪詛の場所に関しては……実は心当たりがあるんだ。それに、トライデントさんの言ってた事がもし本当なら――これは俺がやらなきゃいけない仕事かもしれない」


「……? 何であんたが関係あるのよ?」


 ティンクの問いには答えず、ロビーを走り回る人々の様子をじっと見つめた。

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