09-32 水辺の覇者
さっきまで目の前にあった桟橋がグングンと頭上に遠ざかり、代わりに真っ暗な海面がすぐ目の前に迫ってくる。
一縷の望みを託して腕を伸ばすが、桟橋の上には亡者の姿しかない。
腕は虚しく空を切り、その代わりに――背中から何か凄い力で身体ごと空中へと打ち上げられた。
「――へ?」
何が起こったか分からないまま、首だけを捻ってどうにか状況を確認すると、どうやら一際高い波が打ちあがり群がる亡者もろとも俺を空中へと放り投げたらしい。
ただでも異様なその光景の中で、さらに不可解な現象が目に飛び込んでくる。宙を舞う俺と無数の亡者達の間で、飛沫を上げて一緒に巻き上がった海水が集まりそこかしこで水の塊を模していくのだ。
(こ、これって……魔法!?)
浮かび上がった水球は次の瞬時にはその形を槍へと変えて、次々と空中を飛翔して行く。
その矛先が向かう先は――亡者だ!
急所を的確に捉え、その身体に深く突き刺さるなり――爆散!!
まるで打ち上がる花火のように次々と炸裂し、その度に亡者が泥の飛沫となって海へ散っていく。
そんな光景に呆気に取られていると、うっかり受け身を取るのも忘れ桟橋に尻餅をついて落下してしまった。
「うっ! ――痛って!」
尻をさすって唸っていると、バラバラになった亡者の破片がさらに追い討ちをかけるように頭上から降り注いでくる。
「うぉっ、ッペ! マジかっ! 勘弁してくれよ……」
全身にヘドロの雨を浴びながら改めて辺りを見渡すと、フワフワと舞う水球が次から次へと海から浮かび上がってくる。
それらはさっきと同様に無数の槍を形成し、今度はティンクに群がる亡者たちの頭部を次々と弾き飛ばしていった。
急いで駆け寄り、亡者が崩れて出来たヘドロの山の中からティンクを引っ張り出す。
「大丈夫か!?」
「……まぁね。うぇ……ドロドロ」
つま先から髪までベトベトの泥だらけ状態で酷い有様だ。
「――てか、今のなに!? あんたがやったの?」
「いや違う、あれは確か――」
魔法に関しては専門外だが、一応参考書で読んだ事はある。
「――スパークリング・ランス」
圧縮した高濃度の気泡を含ませた水で槍を創造し、相手に突き刺し瞬時に爆発させる水の魔法。
確か中級魔法のはずだけど……にしても何だこの数は!?
達人って呼ばれるようなベテラン魔法使いでもこんな数は連射できないはずだぞ!?
「――お二人とも! 大丈夫ですか!?」
どこかからか女性の声聞こえてくる。
キョロキョロと桟橋の上を見渡してみるが、辺りには俺達以外誰も居ない。
「下です、下!」
改めて声の方を見ると、桟橋の下、海面から顔を覗かせていたのは――トライデントさんだった!
「え!? トライデントさん!? 何でここに!?」
「何で、じゃないですよ! あのポーション、どれだけ魔力を込めて錬成したんですか!? 全然魔力切れにならないんで、ずーーっとくっさい海で待機してたんですから!」
腕組みをしてぷっくりと頬を膨らませてこっちを睨むトライデントさん。
そ、そういえば。雷花が手に入らなくて素材の量が心許ない分、代わりに限界まで魔力を込めといたんだった。
「……まぁ、それはともかく! お二人とも無事で良かったです。本当はもっと早く助けに来れたはずなんですが、海の中でこいつらに邪魔されて……。――あー、鬱陶しい! このドロドロたちさっさと片付けますよ!」
トライデントさんが手に持った槍を天へ向けて掲げると、再び海が大きく唸り無数の水球が浮かび上ってきた。
「流石にこれだけの数を同時に操った事は無いんで……もし間違って人に当たったらごめんなさい!」
何やら物騒な事を叫びながら掲げた槍を振り下ろすと、その動きに呼応したように水球は槍へと姿を変え闊歩する亡者を次々と撃ち抜いて行く!
水の破裂する音がひっきりなしに響き、あれだけ居た亡者の群れがあっという間にただのヘドロの塊となって消え失せてしまった。
「す、すげぇ……」
「さすが水辺の覇者ね」
「はい! 水さえあればこれくらい朝飯前ですよ!」
槍を高々と掲げ自慢げに笑うトライデントさん。正直なところ、最初は海に詳しいだけのちょっと口煩いお姉さんかと思ってたけど、さすがにこの実力を見せつけられたら感服せざるを得ない。
トライデントさんは海中を、俺たちは桟橋の上と別れて撃ち漏らしがないか慎重に確認しながら中継地点の広場まで戻る。
……
広場では人々が突然の出来事に混乱して呆然としていた。
「皆さん大丈夫ですか!? 海に落ちた人はいませんか!?」
声を掛けて回るうちに、人々も我に返って怪我人の介抱や行方不明者が居ないかなどお互いに声を掛けはじめた。
桟橋の端では何人もの人が座り込んでいる。
亡者に腕を引っ掻かれた人。
逃げる時に転んで擦りむいた人。
……怪我人は多いが、幸い重傷者は居ないようだ。
さっきティンクが声を掛けたオタマの男性も無事だったようだ。ティンクに言われた通り一生懸命戦ってくれたらしく、俺達を見るなり安心して腰を抜かしへたり込んでしまった。手に持ったグニャリとひしゃげたオタマが戦いの激しさ(?)を物語っている。
「大丈夫ですか?」
男性に手を差し伸べる。
「に、兄ちゃん。凄い人だったんだな……」
ここからじゃ海中に居たトライデントさんの姿は見えなかったようで、どうやら俺がやったんだと思っているようだ。
「ま、まぁそれなりに。さぁ、立って」
男性の手を引き立ち上がらせる。
「――ティンク! マグナスさん! 大丈夫ですか!?」
俺達の姿を見つけたカトレアが駆け寄ってくる。
「カトレア! 良かった、怪我は無い!?」
ティンクの前に立つと手を取ってお互いの無事を確認するカトレア。
その傍らでは子ども達が口々にお姉ちゃん、お姉ちゃんと、カトレアに縋り付いている。さっき貴族だなんだとギャーギャーと騒いでいた小太りの男もその背後に大人しく付き従ってるじゃないか。
「みんな、もう大丈夫よ。お姉ちゃんのお友達が悪い奴らをやっつけてくれたから! さぁお母さん達を探そう」
しゃがみ込んで子供達の頭を順に優しく撫でてあげるカトレア。どうやら親と逸れた子供達を庇ってくれていたようだ。
……ホント随分と逞しいお嬢様になったなと思う。便利屋に初めて来た頃とは大違いだ。
「さっきの、マグナスさんの錬金術ですか!?」
子ども達を宥め終わったカトレアが立ち上がって俺を見る。
「あぁ、まぁ俺というより“トライデントさん”の力だけど」
「――凄い。もしかしたら宮廷魔導士にも負けないんじゃないですか?」
「ど、どうかな。……とりあえず今のうちに皆んなを連れて陸の方へ!」
「はい! ――皆さん! 今のうちに移動しましょう! 動ける方は怪我をされている方にに手を貸してあげてください!」
皆を先導してカトレアが桟橋を走り出す。
「――マグナスさん達も早く!」
「……いや、俺はもう少し後片付けしてから行く」
桟橋からチラリと砂浜の方を見ると、亡者が海から上がってくるのが見えた。
「だ、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ、私も一緒に残るから!」
ティンクがそういってヒラヒラと手を振る。
「――分かりました。二人とも気をつけて! ホテルで待ってるから!」
何度も俺達を振り返りながら走るカトレアの後ろ姿を見送り、俺たちは再び海へと目を向ける。
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