09-15 錬金術の秘宝
岬を降りると、ローラに案内されるまま観光客が集まるエリアとは真逆に向かって歩き出した。
水着や余所行きの服を着た見るからに観光客といった人が徐々に少なくなり、普段着の人達が目立つようになってくる。
辺りの建物も観光客エリアの小綺麗な雰囲気とは全然違い、狭い路地にゴチャゴチャとした小店舗が入り混じったような雑多な様子に代わってきた。どうやら地元の人達が普段使う商店街のようだ。
買い物そっちのけで店主と雑談しているお客さんや、背中に赤ん坊をおぶったまま店先に立つ店主など、なんだか生活感が丸出しだ。
南国リゾートでショッピングも良いかもしれないけれど、俺個人としては島で暮らす人達の生活の一部をそのまま体現したようなこんな場所で、見たこともない商品を探す宝探しの方がよっぽどワクワクする。
原色に近いドギツイ色をした魚介が並ぶ魚屋や、何の肉なのか分からない食肉がそのまま並ぶ肉屋。普段着や日用雑貨を売ってるお店など、島民の暮らしに密着した店舗がいくつも並んでいる。
あれもこれも気になってついつい片っ端から店を覗いてしまい足が止まるが、そんな俺を急かすでもなくローラは楽しそうに笑って付き合ってくれた。
「着きましたよ! ここが錬金術の道具を扱っているお店……のはずです」
「……はず?」
「実は私も入った事がなくて」
少し困ったようにペロリと舌を出すローラ。
それもそうか。一般人は錬金術屋に入る機会なんかまず無い。
まぁ、いくら異国の地とはいえ品揃えを見れば錬金術屋かどうかくらいは分かるはずだ。先陣を切って品物で溢れかえった薄暗い店内へと入っていく。
ざっと店内を見渡した限り……錬金術屋で間違いは無さそうだな。
よく使う基本的な素材がずらりと並んでいる。ただ、金属や鉱石の類は極端に少なく、薬草や動物系の素材が多いような感じはあるな。チュラ島の錬金術の特徴なんだろうか。
詳しい事を聞いてみたいのだが、奥にあるカウンターに店主の姿は無い。
「……見た事のない物ばかりです。これ、全て錬金術の道具ですか?」
棚に並べられた商品を順に眺めながら、ローラが不思議そうに首を傾げる。
「中には錬金術でしか使わないような素材もあるけれど、他に調薬とかで使うような素材も沢山置いてあるみたいだな。錬金術での用途が多い材料を集めた店、って感じかな」
「へぇ……。私には何が何だか」
そう言いながら棚にあった手近な瓶を1つ手に取るローラ。
「ちなみにローラが今持ってる"毒蛇の干物"なんかは――」
「――キャッ!!」
蛇と聞いた途端、ローラが慌てて瓶を棚に戻し俺にしがみついて来た。
唐突に腕を掴まれギュッと身体を密着させられたもんだから、思わずドキドキして固まってしまう。
「――! あっ! ご、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にして俯きながら俺から離れるローラ。
「い、いや、大丈夫。気にしないで」
いつもならスライムがどうのこうのと喜ぶところだけれど、そんな純情な反応をされると……何だかこっちまで恥ずかしくなってくる。
「――あら、お客さん? いらっしゃい」
ふと声が聞こえて慌てて目を向けると、店の奥から店主らしき婦人が姿を見せた。
良く日に焼けた肌が印象的な、肝っ玉母ちゃんといった感じの恰幅の良い女性だ。
「ごめんなさいね、こんな時間にお客さんだなんて珍しいから」
申し訳なさそうに笑う店主さん。
「こんにちは! チュラ島の錬金術に興味があって。ちょっと見させて貰って良いですか?」
「もちろんだよ! お兄さん、観光客かい?」
「はい! モリノから来ました」
「へぇ! 珍しいね。国外からのお客さんがわざわざこんな商店街まで買い出しだなんて」
「海岸沿いにあったシャレた商店街にも行ったんですけど、錬金術関連のお店が1つも無くて」
そういって頭を掻く俺を見て、店主さんはおかしそうに笑った。
「そりゃそうさね。あっちは観光客相手のお店ばっかりだからね。賑やかだっただろ? こんな小さな商店街で店をしてるよりもあっちの方が儲かるからって、この辺りの店もだいぶ向こうへ行っちゃってね」
小さくため息をつきながら店の外へ目をやる店主さん。
そういえば……昼間だってのに閉まったままの店舗がいくつかあったな。それに海岸沿いのエリアと比べると人出も極端に少ない。
この時間は働きに出てる人が多いからから人気がないだけかと思ってたけれど……どうやら観光業への変革は市民の生活にも大きく影響を与えているようだ。
「……今年は“盆帰り”の飾り付けも少し寂しいですね」
黙って話を聞いていたローラが口を開いた。店主さんの視線を追うように、各店舗の軒先に飾られたリースのような飾りに目をやる。
「あぁ。今年は“雷花”が全然取れなかったからね。少しだけ取れた分は極力輸出に回すってことで、うちも殆ど仕入れが無かったよ。こんな事は初めてだわ」
「――確か“雷花”と“迎え火”を用意して故人の魂を迎えるんでしたっけ?」
二人の会話に話に割って入る。
「そうだよ。お客さん、外国の人なのによく知ってるね!」
「はは、この子に教えて貰ったんです」
そういって隣に立つローラを見ると、ニッコリと笑い返してくれた。
この控えめな笑顔が――なんとも可愛い。
「それで。チュラ島の錬金術を調べてるってことは、お客さんも死者蘇生の研究かい?」
「……死者蘇生?」
「なんだい、違うのかい? チュラの錬金術は昔から死者を蘇らせる研究が盛んなんだよ」
――"盆帰り"に"死者蘇生"か。
なるほど、島の宗教観が錬金術にも影響を与えてるんだな。
「いえ、そういう訳じゃないです。単に外国の錬金実に触れて領分を広げたいだけで」
「何だ、そうなのかい。残念ね。昔は研究熱心な錬金術師や冒険者がよく島に探検に来たもんだよ。噂では、この島の何処かに死者を蘇らせる錬金術の秘宝が隠されてるって話があってね! ……まぁそんな噂も最近じゃ全く耳にしなくなったけどね。どこもかしこも観光業の話ばっかりさ」
ヒラヒラと手を振って可笑しそうに笑う店主さん。
まぁ、世の中に似たような噂はごまんとある。“賢者の石”しかり、錬金術の可能性に夢を見た者が流布した夢物語に実しやかな尾ひれがついたんだろう。
「へぇ……。今度機会があれば調べてみます!」
せっかく教えて貰った情報を無下にする必要もないので、当たり障りのない返事をしておく。
……とはいえ。錬金術界隈では『不老不死』を謳う噂は多いけれど『死者を蘇らせる』というのは珍しい話ではあるかもしれない。
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