09-14 祭りを憂う人

 10分程歩いただろうか。

 それなりに遠くに見えた岬だったけれど、いざ歩いてみるとそれ程の距離でも無かった。


 途中の道は整備されており岬の麓まではすぐに来れたが、岬の先端まで登る道は結構な傾斜があり歩くだけで息が上がる。

 道端に咲く鮮やかな南国の草花を楽しみつつ、どうにか一気に登り切った。



「――おぉ、こいつはスゲェな」


 岬の上からは島の様子が一望出来た。

 さっきまで居たビーチでは、半月型の白い砂浜に波が寄せては返し人々がそれと戯れている。

 そこからショッピングエリアを挟んで反対側にあるのは地元の人達が住むエリアだろうか? 案外近くにあったんだな。整然と区画整備された観光エリアとは違い、家々が雑然と建ち並んでいる。

 島の伝統だという赤い瓦屋根が南国の深い緑の植物達と相まって美しい。


(こんな華麗な景色が見れるなら観光スポットにしても良いのに、誰も居ないんだな。穴場ってやつか?)


 そんな事を思いながら岬の先に目をやると、石碑が1つポツリと立っているのが見えた。


(……あれが爺さんの言ってた石碑か)


 近くまで歩いて行くと……石碑の袂に人が居るのに気付いた。


 海を切り取ったような深い青色のワンピースを着た少女が、海風に亜麻色の髪を靡かせながら静かに石碑に手を合わせている。


 邪魔をしないように黙って様子を見ていると、少女はお祈りを済ませ静かに立ち上がりこっちを振り向いて一瞬驚いたような顔を見せた。

 けれど、直ぐにニッコリと微笑み声を掛けてくる。


「こんにちは。ごめんなさい、こんな所に人が来るなんて珍しいので驚いてしまって」


「あ、あぁ。人気のない場所だって聞いてたから俺も驚いたよ」


 会話が途切れた数秒の間。遠くから聞こえる波の音だけが辺りに響く。


「……観光客の方?」


 微笑みを浮かべたままほんの少し首を傾ける少女。島の人から見たら“ないちー”は見た目で分かるって、本当なんだな。


「あぁ。……街の人から人魚伝説について聞いてさ。可哀想な人魚に手でも合わせて行こうかと思って来たんだ」


「ふふ、優しい方ですね。きっと人魚も喜びます。よかったら一緒にお祈りしませんか?」


 そう言って石碑の前で隣を開けてくれた。

 一緒にしゃがみ込み、静かに手を合わせて祈る。


 心地よい海風が、ふわりと花のような良い香りを運んでくる。さっきまでは全然感じなかったから、彼女のつけている香水か何かだろうか。


 暫く祈った後、目を開けて目の前の石碑を見る。

 俺の背を少し超える程に大きな石碑で、元は立派な物だったんだろうが……海風に晒され続けたせいかすっかり砂まみれになってしまっている。

 献花台もあるが供えられているのは赤い“雷花”が一輪のみ。


「……これは君が?」


「はい。一輪だけで寂しいですけど……無いよりは良いかと思って」


「そうか、俺も花くらい持ってくればよかったな」


「ふふ、その気持ちだけでも充分嬉しいと思いますよ」



 せめてもと思い、石碑に積もっている砂埃を持っていたタオルで払ってあげる。


「あ! お洋服が汚れてしまいますよ! 私がやろうと思っていたので」


 そう言って慌てて彼女も手伝い始める。


「いいのいいの。どうせここまで来るのに汗だくだから、服は帰って洗濯するし」


 お互いに譲らず二人がかりで掃除をしたものの、水も掃除道具も無しではあまり綺麗にならなかった。

 それでも、少女は石碑を見てとても嬉しそうに笑った。


「……最近は島の人達もリゾート開発で忙しいみたいで、古い風習に構ってる暇なんてないみたいなんです。せっかくの伝統的なお祭りも観光客目当てにお金儲けの事ばっかり」


 そう言って眼下に広がる街へ目をやる。


「お祭りって、“盆帰り”のお祭りのこと?」


「えぇ。よくご存知ですね」


「ホテルの係員さんから聞いたんだ。確か死者を祀るんだっけ?」


「死者を祀る……といえばそうですが、そんなに仰々しい物でもありませんよ。先祖の霊をお迎えするために、夕に火を焚いて雷花をお供えするんです。“迎え火”、“迎え花”といって、これを目印にご先祖様の魂が帰ってくるんですね。そして一緒にお酒や食事をしながらひと時の語らいを楽しむんです。――お酒のについては、単に飲んで騒ぎたい人達が後から付け足した言い訳なんじゃないかと私は思っていますけど」


 そう言ってクスクスと笑う少女。どこかもの寂しげで儚さのあるその笑顔に何故かほんの少しだけ胸が痛くなる。


 俺の周りにも美人は多いが、何でか気が強くて一癖も二癖もある人ばっかりだから、こんな清楚系の美人は珍しい。


 思わず見惚れていると、遠くを眺めたたまままた寂しそうな表情で彼女が呟いた。


「でも……今年はダメですね。“雷花”も不作で飾れませんし、ご先祖様の魂も帰って来られないかもしれません。……まぁ、観光客目当ての島の人達は、お金さえ入ればそんな事は関係ないんでしょうけど」


 彼女は……観光客の事をあまり良く思ってないんだろうか。

 まぁ、自然に溢れたこの島でこれだけ大規模な開発を実施すれば当然人々の暮らしや環境に大きな影響があったはずだ。

 島民全員が完全に納得のいく形にはならなかったんだろう。


「……あ! 別に観光業が悪いと言ってる訳じゃないんですよ! 私もこの島の美しさを世界中の人達に知って欲しいですし」


 俺の視線を察したのか、慌てて笑顔を取り繕う少女。


「――そうだ! もしお時間があれば、少し一緒に街を歩きませんか? 私、地元の街なら案内出来ますよ! お掃除を手伝って頂いたお礼です」


「え、いいの?」


「えぇ。お邪魔でなければ!」


「邪魔だなんてとんでもない! 丁度島について色々知りたかったとこなんだ」


 この島の錬金術についても知りたかったし、地元に詳しい人が居るのは助かる。

 なにより――こんな可愛い子に案内してもらえるなんて、願ったり叶ったりだ!


「それじゃあ早速行きましょう! あ、そういえば……お名前」


「あ、俺はマグナス。マグナス・ペンドライト。モリノで錬金術の便利屋をやってんだ」


「……錬金術。……凄い、錬金術師さんなんですね!」


「まだ駆け出しだけどね」


「私は、ローラです。よろしくお願いします!」


「こちらこそ!」


 島の名物料理の話なんかをしながら岬を降り、街へと向かった。

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