09-08 いざ、出航!
「うわぁー! 広ーい!!」
「おぉー! ホテルの部屋みたいだな!」
「ほんと、一泊だけってのが勿体ないですね」
客室の中を確認して一斉に声を上げる俺たち。あくまでも船の中ってことで、暗くてジメッとした質素な部屋をイメージしてたんだが……案内されたのは、重厚なベッドが並び高級そうなテーブルセットにソファーまで備え付けられただだっ広い部屋だった。小型の恒冷氷柱まで置いてあるぞ!
窓からは日差しが差し込み室内を明るく照らしている。
ホテルのスイートルームと言われても遜色のない豪華な装飾だ。
部屋の窓から外の海を眺めるティンクとカトレア。それを横目に部屋の中をぐるりと見渡して……ふと気付く。
「ん……あれ? ベッドが二つしかないけど……ティンクは床で寝るのか?」
「何でそうなるのよ!!」
ティンクが慌てて窓際から駆け寄ってくる。
「あ、ここは私とティンクの部屋なんです。マグナスさんは別室をご用意してあります。さすがに殿方とご一緒というのは恥ずかしくて……大丈夫でしたか?」
少々申し訳なさそうにモジモジと指を合わせるカトレア。
「あ、そういう事か。いや、全然問題ないよ!」
昨晩のホテルは帰って寝るだけだったので俺とティンクが同室だった。
今日からは丸二日船内で過ごす訳だし、女の子同士同室の方が何かと都合が良いんだろう。二人で募る話もあるだろうしな。
なにより俺もその方が気を遣わなくて済む。
「マグナスさんのお部屋は廊下に出て右隣です。先にお荷物とか置いてきますか?」
「お、じゃあそうするかな」
2人を部屋に残して廊下へと出る。
(右隣……と)
見ると、ティンク達の部屋に比べて随分と小くてちゃちなドアがあるのが分かった。
(ん? これか? ……何か狭くないか)
ドアとドアの間隔からして、なんだか随分と狭い空間のような気もするけれど……。まぁ1人用の部屋だからかな。
とりあえずドアを開け中を確認してみる。
そこには――ティンク達の部屋とは似ても似つかない、物置きみたいな部屋があった。
豪華なソファーやテーブルどころか、窓もなければ、何ならベッドすら無いぞ。まさしく俺が想像してた通りの船の客室だ。
「……ま、まぁ。俺なんてオマケで連れてきて貰ったようなもんだし。所詮こんな扱いですよねー」
溢れそうになる涙をぐっと堪える。
くっ、耐えるんだマグナス! 全ては南国リゾート、水着のため! 明日になれば素晴らしいパラダイスが待ってるはずだ!
中に入り、どうやって寝ようかと試行錯誤してみる。斜めに寝れば……どうにか足は伸ばせそうだ。蒸し暑さは……まぁ夜になれば多少マシになるか。
あとは、せめて床に敷く布か何かが欲しいな。それくらい所望してもバチは当たらないだろう。
そういえばティンク達の部屋、ベッドに布団が何枚もあったな。頼み込めば一枚くらいは分けてくれないだろうか。
……どんな嫌味を言われるか分からんが、背に腹は変えられない。慈悲を請いにティンク達の部屋へと向かう。
ノックしてドアを開けると、二人は窓際に置かれた椅子に深々と座り青い海を眺めながら談笑していた。
……俺の気も知らないで優雅ですね。
「……あのー。流石にこの差は酷すぎるのではないでしょうか?」
「え? ごめんなさい! お部屋、気に入りませんでしたか!? 一人なら十分な広さと聞いていたのですが――!」
慌てた様子でカトレアが椅子から立ち上がる。
「ちょっとあんた! 何から何まで用意して貰っておいて、その言い草は何よ!? さすがにちょっと贅沢が過ぎるんじゃない!?」
こっちに駆け寄って来ようとするカトレアを制してティンクが俺を睨み付けてくる。
「いや、贅沢言うつもりはないのですが……すいません。それならせめて、そこの余ってそうな布、一枚でいいんで貸して貰えませんでしょうかね」
ベッドの上に掛けてあった、あっても無くても困らなそうなおそらく飾りと思われる布を1枚拝借する。
「ち、ちょっと待ってくださいマグナスさん! さすがに寝具はお部屋にあったと思いますが。何かおかしくないですか!?」
不審に思ったのか、カトレアとティンクが確認のため一緒に廊下まで来てくれた。
黙って自分の部屋を指差す俺。
「――マグナスさん。そこ……物置だと思いますよ」
「……へ?」
「マグナスさんのお部屋は1026室です」
……確かに俺がさっきまで見てた部屋は、ドアに部屋番号が書いてない。
カトレアこ傍で、事態を把握したのか可笑しそうに笑いを堪えるティンク。
もうひとつ隣あった1026のプレートが付いたドアを開けてみると、ティンク達の部屋よりは少し小さいけれどテーブルやソファーの付いた立派な客室があった。
どうやらここが俺の部屋らしい。
「……よかった。俺、今日モップ抱いて寝ないといけないのかと思ったよ」
「そんな訳ないじゃないですか」
「さすがに分かるでしょ」
安心したようにニッコリと笑うカトレアと、呆れるティンク。
いやそうはいうものの……さすが一等客室エリア。物置もそこそこに広かったぞ。
――
暫し自分の部屋で寛いでいると、部屋のドアがノックされた。
「ねぇ! そろそろ出航だって! 甲板に出てみましょ」
ティンクたちに連れられ急いで甲板へと向かう。薄暗い船内から太陽の降り注ぐデッキへと出ると、その眩しさに一瞬目が眩んだ。
手を額に当てながら日光を遮り徐々に目を慣らしていくと……眼前に広がるのは、果てしなく広がる海だった。
太陽の光を浴びて水面が宝石を散りばめたようにキラキラと輝いている。
甲板を数歩歩き大きく深呼吸する。
モリノ育ちにとっては新鮮な磯の香り。イリエについてもう一日も経つのに、やっぱり物珍しさは変わらない。
甲板には既に多くの人が集まっていて、海を眺めたり見送りに来た人達に手を振ったりと思い思いに過ごしている。
――暫く辺りの様子を見て回っていると、やがて煙突からモクモクと上がり続ける黒煙がその量を増してくる。
『皆さま、大変長らくお待たせ致しました。セントグロース号、まもなく出航致します!』
係の人から案内が入り、船員達が一層慌ただしく動き回る。それぞれに持ち場を確認したりロープを巻き取ったりと忙しそうだ。
大音量の汽笛が鳴り響く。
びっくりして思わず耳を塞いでしまう程の重低音。
それを合図に、動いているのかどうかも分からない程にゆっくりと、けれど確実に船は陸を離れその船首を大海原へと向ける。
いくら最新の船とはいえ動き出したらさすがに揺れるのかと思ってたけれど……本当にびっくりする程揺れは感じないな。
船と並んで飛ぶ海鳥たちに見惚れてるうちに、港は船尾の遥か後方に小さく見える程度になってしまった。
船は風を切り速度を上げていく――
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