09-07 セントグロース号
翌朝――。
「14回」
「……本当ですか?」
「あぁ。結構……いや、かなり大変だった」
昨晩、宿に着くまでに遭ったナンパの数だ。
店を出た後、二人とも一応真っ直ぐ歩いてたからそこまで酔っ払ってはいないと思ってたけれど……カトレアは全く記憶が無いらしく今更顔を真っ赤にして落ち込んでいる。
「ごめんなさい、マグナスさん。私ったらとんだご迷惑を」
「いいのよ! 護衛としてついてきてるんだから、最低限これくらいは役に立って貰わないと!」
一方のティンクは反省する素振りもなく笑いながらカトレアの背中をポンポンと叩いている。
「お前の方が大変だったんだからな! 声掛けられる度に調子良く酔っ払いの相手するもんだから、全然前に進めねぇし!」
「なによー。異国での文化交流を楽しんでただけじゃない」
「酔っ払いは文化じゃねぇ!」
ホテルのロビーで二人に説教をしていると、話の合間を縫ってホテルの従業員が話しかけてきた。
「――皆さん、お待たせしました。準備が整いましたので出発致します」
荷物の準備を終えたポーターさんが迎えに来てくれたようだ。
イリエは道幅が狭いので馬車の通れない道が多い。目的の港までは荷物を持って徒歩で移動だそうだが、VIP待遇の俺たちはポーターさんが運んでくれるそうだ。さすが大貴族のお嬢様……。
細い路地の間を抜けて行くうちに嗅ぎ慣れない匂いが漂ってきた。少し生臭いような、魚臭いような何とも表現が難しい香り。
路地から出ると――視界の中が青一色に染まる。透き通るような夏空の青と、その下に広がるもっと深い蒼。
昨日は到着したのが暗くなってからだったためお預けになっていたが――
「うわー! 海!!」
ティンクが歓声を上げて子供のように駆け出す。
海風に飛ばされないよう帽子を抑えながらそれに続くカトレア。
俺も足早にその後を追う。
目の前に広がるのは、どこまでが空でどこからが海なのか。それすら一瞬分からなくなるような、青と蒼のぶつかり合い。
「ティンクは海は初めてって言ってたけど、マグナスさんもですか?」
「俺は小さい頃に見た事があるけど、もう10年以上前の話だな」
「じゃあ初めてと久しぶりの、海はどうですか?」
「「――最高!!」」
声を揃えて答える俺とティンク。
それを聞いてカトレアが可笑しそうに笑う。
「まぁ、そういう私も久しぶりなんですけどね」
ポーターさんの案内に従い港への階段を降りていくと、モクモクと黒い煙を吐く大きな煙突が見えてきた。港に併設された巨大な建物のようにも見えるが、あこに向かってるんだろうか。
(何であんな海のギリギリに建物を建てるんだ? 水害のリスクだってありそうなのに……異国の人の価値観は分からん)
そんな事を呑気に考えていた俺は……すぐさま度肝を抜かれることになる。
「――て、鉄の建物が……浮いてる!?」
傍まで行ってみると、巨大建造物は海の上に浮かんでいた。
いや、まさかと思うけれどこの形は建物じゃなくて……
「ふふ、マグナスさん。あれが私達の乗る船、セントグロース号です」
「――ふ、船!?」
「はい。船です。……どうかしましたか?」
「いやいやいや! 船っていったら木製で、大きな帆が張ってあって……」
「あんた、いつの時代の人間よ?」
呆れ顔でため息をつくティンク。
俺の慌てふためきぶりを見て、カトレアとポーターさんはクスクスとおかしそうに笑っている。
「ご、ごめんなさい。マグナスさんが言っているのはひと昔前の木造船ですね。これはノウムの蒸気機関と“フンカ地方”の鉄工業、それに各国の魔法技術を集結して開発された最新の蒸気船です。今では大型船は蒸気船が主流なんですよ。モリノには小さな湖しか無いので未だに木造船が主流ですけどね」
丁寧に説明してくれるカトレア。
その横でティンクがうんうんと知った顔で頷いている。あいつ、海すら見た事ないって言ってたくせに。……さては事前にカトレアから聞いてたな。
――
船着場まで来てすぐ横に立ってみれば、船は見上げる程の大きさだった。こんなものどうやって造ったのかも気になるが、それより……
「なぁ……何で鉄の塊が水に浮くんだ?」
率直な疑問をティンクに投げかける。
「知らないわよ。魔法か何かじゃない」
隣に並んで船を見上げるティンクがポカンと口を開けながら答えてくれた。
「あ、そっか。なるほどな。最近の魔法は凄いなー」
そんな話をしていると、乗船手続きを終えたカトレアが戻ってきた。
ちなみに、今回の旅。カトレアたっての希望によりお付きの人たちとは別行動だ。
友人との旅を気兼ねなく楽しみたいという事で、最初は俺達と自分だけでチュラ島まで行くと言い出したらしい。さすがにそれは無理があり過ぎるということで、各種手続きやら何やら裏方のみ引き受けるという事で執事隊が別行動で付いてきているらしい。
「さあ、乗りましょう!!」
乗船待ちの長蛇の列を尻目に、船員さんに連れられて真っ先にタラップを渡る俺たち。ここでも特別待遇。その後、船内に入るや否やお偉いさんと思しき人達が何名かやってきて変わるがわるカトレアと挨拶を交わした。
もう一々驚きはしなくなったけれど、改めてファンフォシル家の偉大さを思い知らされる。
やっぱりカトレアって凄いんだな。
それはさておき、船内を歩きながらまず驚いたのは全く揺れない事。窓の外さえ見なきゃここが海の上だという事を忘れるくらいだ。
それに、廊下には延々とカーペットが敷かれその内装はまるで高級ホテルのよう。乗り合わせ馬車の荷台をイメージしていた俺からすれば目の飛び出るような豪華さだ。
係の人の説明によると俺達が泊まるのは一等客室……つまりお偉いさん達の為に用意された特別室ってことだ。
いきなりこんな船に乗ってしまったら、今後普通の船には乗れない身体になってしまうんじゃないだろうか。
そんな馬鹿げた心配をしながら船内を進んでいく。
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