09-06 異国の夜は賑やかで

 店の中へと駆け込むと、壁際に置かれた大きな水槽を指差して腰を抜かすカトレアと、その様子を見て可笑しそうに笑う周りの客達の姿があった。


「はは、いいリアクションだねお客さん」


 気立の良さそうな妙齢の女性定員が、カトレアの肩を抱き起こしパンパンと衣服の汚れを払ってくれる。


「す、す、すいません。こ、これは!?」


 カトレアが震えた手で指差す水槽。その中で蠢いているのは――異形の魔物。


「ク、クラーケン!?」


 水槽の中を確認した途端、俺も思わず声を上げる。

 クラーケン――昔、絵本で見た事がある八足の魔物だ。伸縮自在にうねる吸盤のついた足で、絡み取った船を深海へと引き摺り込む恐ろしい海の怪物だと聞いている。

 海の無いモリノでは見かける事は無いが、外国にはこんなに恐ろしい魔物がいるのかと小さい頃は恐れ慄いたもんだ。


 ただ、目の前の水槽に居るは想像してたよりも……だいぶ小型ではある。船なんか沈められるのか??


「はは、お兄さんもいい反応だ。遠方から来たのかい?」


 びびって目を見開く俺を見て豪快に笑う店員さん。


「は、はい。モリノから」


「あぁ、そうかい! モリノは海が無いらしいからね。“タコ”を食べる機会なんか早々無いかもね」


「た、タコ!? ……食べる!? えっ、これを食べるんですか!?」


「そうだよ。皮を剥いで刺身にすると最高なんだよ。特に吸盤がまた珍味でね!」


「ウ、ウソですよね!?」

「ひ、ひぃぃ〜」


 揃って青ざめる俺とカトレア。


「こっちじゃ普段からよく食べるけど、確かに観光客で食べる人は珍しいね。まぁ、タコ以外にも新鮮な魚料理が揃ってるから、良かったら食べてってよ」


 店員さんに誘われて空いていたテラス席に着く。

 ちなみに、俺とカトレアとは対照的にティンクはさも珍しそうにクラーケンの水槽に貼り付いている。水槽を覗き込みながらボソリと一言――


「か、可愛い……」


 あいつのセンスはよく分からん。


 ……


 店員さんに説明して貰いながら魚料理とお酒をいくつか注文する。

 俺はお酒が飲めないので、これまた街の名物だというレモンを炭酸水で割ったドリンクを頼んだ。


 暫くすると次々と運ばれてくる料理たち。


「イリエの料理は味、鮮度、見た目三拍子揃ってるからね! じっくり堪能しておくれ!」


 店員さんが太鼓判を押す通り、料理はどれもこれも美味しそうだ。

 身が透き通る程に新鮮な魚のお刺身を使ったマリネ。

 色鮮やかな野菜のサラダ。

 熱々のオイルに付けられた魚の切り身などモリノではめったに見ない料理が並ぶ。


「「「いただきます!!」」」


 新鮮な刺身のマリネは甘酸っぱいドレッシングであえられており、付け合わせの野菜とも相性が抜群。

 オイル漬けにされた白身魚もコクのある味付けでパンとよく合う。


「――美味しい! モリノの魚と違って全然臭みがないわね」


「モリノは淡水魚が主だからどうしても癖のある物が多いからね。お酒も凄く美味しい!」


 白い葡萄酒をゴクゴクと飲み干すカトレア。


「いい飲みっぷりね! 私も負けてられないわ」


 ティンクも後を追ってお酒を飲み干す。


「おいおい、明日から船旅なんだから二人とも程々にしとけよ……」


「大丈夫よこれくらい! ね?」


「うん、私もまだまだイケるよ!」


 お酒については全く分からないけど、こんなにゴクゴク飲んで大丈夫なもんなのか……?

 賑やかな音楽が聴こえてくる店先のテラスで、夏の夜風を感じながら異国の料理を存分に堪能した。



 ――



 食事を終えホテルへ向かう頃には辺りはすっかり真っ暗になっていた。

 ただ、驚くべきは人出がまったく減らないこと。道行く人々は皆食事を終え、これからの夜をどう過ごそうかと盛り上がっているようだ。


 まだまだ賑やかな街の中を三人並んで歩く。


「ティンクー! こういうのって楽しいね! 私、こうやってお酒を飲んで夜に出歩くなんて今まで無かったから、なんだか少し悪いことしてるみたいでドキドキする!」


「ふふ、カトレアはまだまだお子様ねー。たまにはお酒でも飲んでこうやって息抜きしするのも必要よ!」


 いい感じに酔っ払ったらしく、女同士手繋いだ手をブンブン振りながら賑やかに歩いていく二人。

 一応真っ直ぐには歩けるみたいだけど、これ向かう方向合ってんのか!?


 そんな二人に突然声をかける人達が。


「よぉ! そこの飛び切り美人なお姉さん達! よかったら一緒に飲んでかないか? 美味い魚もあるぞ!」


 店先の立ち飲みカウンターで飲んでた陽気なおじさん達が手を振りながら二人を呼び止めた。いかつい見た目からして、観光客ではなく地元の漁師さんだろうか。


「え、私たち? どうするカトレア!?」


「え!? これってもしかしてナンパというやつですか!? 私初めてです! マグナスさん! 行ってきても良いですか!?」


 興奮しながら俺に確認をとるカトレア。


「ダメに決まってんだろ! そろそろ宿に帰って寝ないと、明日早いんじゃないのか?」


「えー! ちょっとくらいいいじゃない、ケチ! なに? もしかしてヤキモチ!?」


 ティンクがニヤニヤと絡んでくる。


「え! マグナスさんヤキモチ妬いてくれるんですか!? それって私にですか!? ティンク? それとも、両方!?」


 カトレアも矢継ぎ早に詰め寄ってきた。


「だー! 煩ーい! この酔っ払いども! ダメなものはダメです! てか、宿の場所カトレアしか知らないんだからしっかり頼むよ〜!」


 二人の首根っこを引っ張り再び歩き出す。


「そうでしたー! おじ様達、また今度〜!」


「はは、またな! 頑張れよ色男の兄ちゃん!」


 おじさん達が俺に向かって陽気に手を振ってくれる。

 その後も次々とナンパに遭う2人をどうにか引き連れやっとの思いで宿に辿り着いた。


 これもモリノじゃ考えられいノリだけど、この街じゃ当たり前なのか?

 まったく……美人を連れて歩くのも楽じゃないぜ。

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