08-06 夕涼み肩寄せて宵祭り
夜風に乗って遠くから祭の賑やかな音が聞こえてくる。
“恒冷氷柱”の冷気は弱った体にあまり良くないからと、ティンクが店先に椅子を出してくれれた。
布張りのゆったりとしたハンモックチェアに体を委ねぼーっと星空を見上げる。
遠く聴こえる祭の喧騒と、それとは対照的にシンとしたいつも通りの森から響く虫の声。
うちの家族や近所の人達も皆んな祭に行っているのか、辺りはいつにも増して静かに感じる。
「――うん、だいぶ顔色も良くなったわね。これならもう大丈夫でしょ。はいこれ飲んで」
俺の顔を覗き込みながら、ティンクが店から持ってきたお茶を手渡してくれる。
「悪ぃな。――って、苦っ!!」
「滋養強壮効果のあるお茶よ。飲みやすいようによく冷やしといたから一気に飲みなさい」
「うぇー……」
渋々ながらも、せっかくなので一気に飲み干す。
「……ご馳走様」
「はい、良くできました。――まったく、世話が焼けるんだから」
膨れっ面を浮かべながら、ティンクも隣に並べた椅子にどっかりと座り込んだ。
……そのまま2人並んで暫く夜空を見上げる。
時折り夜風が頬を撫でていく。
人の気配すら全く無い、深夜のような静けさの中で“ナツヨホタル”の光だけが音もなく辺りを漂っている。
「――ありがとね。皆んなも喜んでたわ」
思いついたように、ふとティンクが口を開いた。
「……そうかな、それならよかった。いつも助けて貰ってるしそのうち何かお礼はしなきゃって思ってたんだけど。みんな何が喜んでくれるか分からなくてさ」
「別に持ち主を助けるのはアイテム本来の“役目”なんだから、気を使う事なんて無いのに。――でも、こうやってのんびり過ごせる時間は本当に嬉しいと思う。少なくとも、戦争ばっかりでピリピリしてた昔じゃ皆んなで揃ってお祭りなんか考えられなかったから」
そこまで言い終わると、何処か遠くを見るように星空を見上げるティンク。
横目でその顔を眺めるけれど……暗がりで表情までは見てたら無い。
次にどんな会話を繋いで良いのか思いつかず言葉に詰まってしまう。
『じいちゃんと祭り行ってみたかったか?』
『昔の戦争ってそんなに酷かったのか?』
『今からでも祭り行ってきたらどうだ?』
色々と考えてはみるものの、どれもこれもしっくり来ず……
「――そっか」
ただ一言、そんな素っ気ない返事で済ませてしまった。
そこで途切れる会話。
俺が勝手に感じただけかもしれないけれど、何となく漂う気まずさに耐えきれず咄嗟に思いついた話題で話を繋げる。
「――なぁ、最初に会ったときに“いつまで居る気だ?”って聞いたけど、あれ……」
そう話を切り出そうとした時――
月明かりでぼんやりとだけ見えていた森の木々が、一瞬にしてその姿形を鮮明に浮かばせた。
手に持っていた団扇も、お茶のコップも、そしてティンクの横顔も暗闇の中ではっきりと写し出される。
空を見上げると、そこには大きな花火が。
やや遅れて心地良い破裂音がずしんと響いてきた。
次々と咲く大輪の花――遠く王都で花火が上がったのだ。
毎年恒例のモリノ王宮主催大花火大会。うちの街とは違い、派手に盛大に祝うのが王都流だそうだ。
それを合図にしたように、ヒラヒラと"ナツヨボタル"達が漂い始める。
「――あ、蛍」
ティンクが呟いた次の瞬間――
満点の星空に向かい無数の蛍が一斉に飛び立った。
街路樹を点々と彩るオレンジの照明と混ざり合い、一面がまるで星の海のように幻想的な雰囲気に包まれた。
年に一度、“迎夏祭”の日にだけ観られるこの街のとっておきの風景だ。
小さな頃から何回と見てきて既に感動もなにも薄れてしまった景色……けれど、今年はその光景に思わず俺もハッとした。
この光景――アイテムさん達が現れる時の光にそっくりなような気がしたんだ。
「――綺麗」
椅子から立ち上がり、ポツリと呟くと光の渦へと歩み寄るティンク。
淡い光に包まれるその姿は――まるで姿を消してしまう前のアイテムさんみたいで、思わず椅子から立ち上がりその手を掴んでしまう。
「……なに?」
怪訝そうな顔で俺を振り返るティンク。
そりゃそうだ。唐突に手を掴まれてるんだから。
「い、いや。何でもない」
慌てて手を離し椅子に座り直す。
そんなやり取りをしている間に……蛍たちは散り散りになり森の奥深くへと消えていった。
「綺麗だったわね」
ティンクが笑みを浮かべて俺を見る。
「ま、まぁな。年に一回この時期にしか見れないから尚更な」
「そっか。……また見たいなぁ」
俺に聞こえるかどうかギリギリなくらいの小声だったが、辺りの静けさもありハッキリと聞き取れた。
「あぁ。来年もまた見ようぜ」
「……」
黙るティンク。
「……何だよ? 嫌なのか?」
「あんた、あんなに『帰れ帰れ』って言ってたくせに。来年まで居てもいいの?」
ティンクが悪戯な笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んでくる。確信を突いた返しに思わず慌てしまい、言葉に詰まる。
「――! べ、別に、……ほら! 一回帰ってもまたこの時期になったら来ればいいじゃねぇか。今度は上手いこと丁度一日分の魔力で錬成してやるよ!」
「……それもそうね!」
そう言って何だか少しだけ寂しそうに笑うティンクだった。
……
ちなみに王都の花火。
あれも“浴衣”と一緒に東の国から伝わった物で、髭じぃが酷く気に入り祭りに取り入れたらし。
けど、三年に一度は森林火災になりかける。
意地でも中止にしたくない髭じぃの勅命により、騎士団、消防団、家臣総出の全力防火作戦により毎年事なきをおえてるが……本来森の中で打ち上げて良い物ではないのだ。
現国王と何度も言い合いになりながらも、髭じぃが亡くなるまでこの先も十年以上に渡り一度の中止も無く打ち上げられるのだが……。
ティンクと一緒に見上げられたのは、結局この時が最初で最後だったな。
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