08-07 麻の服の披瀝

「――あ! ご主人様!」

「体調はどうですか!」


 遠くから声が聞こえたような気がして暗がりに目を凝らすと、アイテムさん達がお祭りから帰ってきたようだ。

 真っ先に駆け寄ってきたのはちびっ子たちだった。


「……うん、顔色も良くなったみたいね。これなら心配ないわ」


 その後から来た万能薬さんが、俺の額に手を当てて様子を見てくれる。


「我々だけ楽しんでしまい申し訳ない」


 申し訳なさそうにお土産をティンクに手渡すロングソードさん。

 リンゴを飴でコーティングしたお祭り特有のお菓子だ。


「ううん、楽しんで貰えたみたいで良かったわ」


 赤と緑、2本のリンゴ飴が入った袋を受け取りニッコリと笑うティンク。



「――あれぇ、ここはぁ? もうお家に着いたんれすかぁ?」


 何だか気の抜けた声が聞こえてくると思ったら、シスターの背中に担がれたシルバーソードさんが目を覚ましたようだ。呂律ろれつが回ってないところを見ると……酔っ払ってるのか?

 キョロキョロと辺りを見渡し俺と目が合うと、シスターの背中から飛び降り一目散に駆け寄って来た!


「あるじさまー! 元気になったんれすか!? 良かったれすー!」


 椅子ごと押し潰す勢いで思いっきり顔面に抱きつかれた!


「ち、ちょ! く、苦しい!」


 顔を覆い隠すように抱きつかれたのでまともに息が吸えない。どうにか逃れようともがくが、どう顔を動かしてもフニフニとした柔らかな感触から中々逃れる事が出来ない。

 浴衣の薄い生地の向こうに感じるこの柔らかな感触は――間違いない! ラージスライムだ!!


 いつもの鎧姿の時は分からなかったが、さっき全員の浴衣姿を見た時に俺は見逃さなかった!

 ――シルバーソードさんは、そのおっとりした顔とは対照的にかなり凶悪なバストの持ち主!

 さすがに惚れ薬さんには及ばないものの、ティンクに負けず劣らずのナイスバディなのだっ!!


 浴衣の生地ごしに感じる至福の感触を脳に焼き付けながら、酸欠でどんどんと遠のいていく俺の意識。

 女の子特有の優しい香りに包まれつつ俺は天へと召される――前に、ロングソードさんがシルバーソードさんを俺から引っ剥がした。


「やめないかバカ者! ……すまない主殿。祭の熱で少々酒が過ぎたようだ。後で充分に注意しておくので許してやって欲しい」


 溜息をつきながら頭を抱えるロングソードさん。

 いえいえ、何を仰いますか! むしろお礼を言いたいくらいですよ。

 ありがとうラージスライム、ありがとう迎夏祭!



 そんなこんなで各々と祭の土産話を交わした後、魔力の切れたから順番にアイテムさん達は光の中へと帰って行った。




 ――――――




 時間切れになった皆さんが順に帰ってしまい、さっきまで賑やかだった店先が急に静かになりました。


 ティンクさんはご主人様のお母様とお姉様からお借りしていた私達の浴衣を返しに母屋へ。


 もう少しだけ魔力が残っている私に、ご主人様が付き合ってくれて店先で並んで星空を眺めます。



「お祭り、楽しかった?」


 いつも通りの優しい笑顔で話しかけてくれるご主人様。


「はい! とても!」


「そっか! それは良かった。……何だかさ、麻の服ちゃん、最近元気無かったみたいだったから」


「……そ、そうでしょうか!?」


 思いもしなかった指摘に思わず声がうわずってしまいます。

 この前の事があってから……確かにずっと気掛かりではありました。

 けれども、こうして呼んで頂ける間は私に出来る事を精一杯やろうと、あまり感情は表に出さないでいたつもりだったのですが……。


「……ごめんなさい。ご主人様に心配をかけるなんて、アイテムとして失格ですね」


「そんな事ないだろ? 職人さんだっていつも使ってる自分の道具が調子悪かったら心配して調べたりするさ。俺たちの場合、せっかくこうやって直接話せるんだからさ、何か困ってる事があるなら相談してよ。俺にできる事なら何でも協力するから!」


 私を元気付けようとニッコリ笑ってくれるご主人様……その優しさがかえって辛く、胸が締め付けられるように痛みます。


「それなら……。お言葉に甘えて、一つお願いしても良いですか?」


「ん? おぉ、何でもこい!」


 少し真面目な顔をして身構えるご主人様。

 その真っ直ぐな瞳に向かい、大きく息を吸い、心の内を言葉に紡ぎます。


「――私の事、この先もずっと使って欲しいんです! もしご主人様がお金持ちになって、もっと高級な素材がいっぱい使えるようになって、性能の良い立派な装備が好きなだけ錬成出来る様になっても――――それでも私はずっとご主人様の側にいたいんです!」



 ――私は。……いったい何を言っているのでしょうか。


 胸に貯めていた醜い欲望を口から吐き出した瞬間、それらが溢れ返り言葉となって一気に流れ出しました。

 気付けば口調を荒げて目には涙まで浮かんでいます。


 私の突然の醜態に、ご主人様は目を丸くして驚いておいでです。

 こんなにも優しいご主人様を困らせて……私はどうしたいというのでしょう。

 その優しさに甘えて、自分の欲望をぶつけて、あげく八つ当たりのような事までして。



 ……最低だ、私。

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