08-08 お気に入り

 そんな私をポカンと見つめたまま、やや間を置いてご主人様の口から発せられた言葉は――軽蔑でもなく叱責でもなく、私の想像とは全然違う……意外なものでした。


「えっ、えぇ? そりゃもちろん。麻の服ちゃんが良ければ、これからもずっと一緒に居て欲しいけど。――え、どういうこと?」


 いまいち話の趣旨が理解出来ていない様子のご主人様。

 キョトンと瞬きするその様子がどうしようもなく可愛くて、愛おしくて……わがままばかりの自分が恥ずかしくなってしまいます。



「ふふ。……ごめんなさい。今のは忘れてください! 正直にお話しすると――拗ねてたんです。最近はご主人様のお仕事も軌道に乗ってきたので、このままお金が貯まれば今よりもっと性能の良いアイテムがいっぱい作れるようにます。服だって防御力に優れた物や、暑さ・寒さ対策のできる物、中には属性ダメージを軽減しちゃうような物まで何だってあります。もちろんそれらの“アイテムさん”は私なんかよりもずっと立派で、色んな技能をお持ちです。――そんなアイテムが気兼ねなく錬成出来る様になれば、“くっついてるとちょっと暖かい”だけの麻の服なんて……お払い箱ですから。そう思うと寂しくて――それで拗ねてたんです」


 思っていた事を、そのまま包み隠さずきちんと説明します。


「……麻の服ちゃん」


 呆れて言葉も出ない様子のご主人様。


「あ、でもご主人様にお話を聞いて頂けてスッキリしました! 本当に……困らせてしまってごめんなさい。次からは、もっと立派な服を錬成してください。“欲名持ち”の錬金術師様がいつまでも“麻の服”と一緒なんて……おかしいですよ。――今まで、ありがとうございました」


 精一杯の笑顔で、ご主人様にお別れを告げます。


 もし次に呼ばれる事があっても、私はもう出て来ません。心に決めたんです。

 やっぱり、大好きなご主人様には……もっと良いアイテムを身に付けて欲しいですから!



 私の話を黙って聞いて下さった後で、今度はご主人様が静かに口を開きました。


「ねぇ、麻の服ちゃん。俺がこの服をずっと着てるのは何でだと思う? 別に機能面がどうとか、他に着る服が無いからとか、そんな理由じゃないよ」


 今日も着ている、いつもの麻の服を引っ張って見せてくれるご主人様。


「……分かりません。それ以外にどんな理由があれば使い続けるんですか?」


「そんなの、単純に――『気に入ってる』からさ」


 そう言って可笑しそうに笑うご主人様。


「気に入ってる……?」


「そう。なんていうか……ほら、男って中々捨てらんないパンツの1枚や2枚持ってるもんなんだよ。ゴムも伸びてダルダルなんだけど、でも何かこれじゃないと落ち着かない、みたいな? それと一緒で、この“麻の服”が気に入ってるんだよ。だから例えどんな性能の良い服を手に入れようが、好きな物を着てて良い時はこの服を着てるんじゃないかなと思うよ」


「……わ、私はパンツと一緒ですか!?」


「違う違う! そういう話じゃなくて」


 再び可笑しそうに笑うご主人様。


「えと、覚えてるかな? 麻の服ちゃんって、俺が初めて錬成したアイテムさんだろ。ティンクと同じでアイテムさん達の中では一番長い付き合いな訳じゃん。たくさんの時間を一緒に過ごしたし、探索では何度も身を呈して俺の事を守ってくれもした。それに工房の事は誰よりも一番詳しいし……お互い気心が知れてる所もあって、一緒に居て一番落ち着くんだよ。それだけはこの先どんなアイテムさんが出てきても、そう簡単には超えられないと思う。――そういうのを『お気に入り』って言うんじゃねえか?」


「――お気に入り……ですか?」


「そう。“麻の服ちゃん”は……俺の『お気に入り』だ」


 ご主人様はにっこりと笑うと、私の頭をくしゃくしゃと嬉しそうに撫でてくれました。


「まぁ、とはいえ俺にとってはみんなお気に入りだから困るんだけどな」


 最後の一言がちょっとだけ余計でしたが――ご主人様が言ってくれた言葉がどうしようもなく嬉しくて、何度も何度も心の中で繰り返しながら、思わずご主人様に抱きついてしまいました。

 そんな私を優しく抱きしめてくれるご主人様。こうやってぴったりとくっついていると、私もやっぱり落ち着きます。



 ――それにしても、神様は意地悪ですね。


 こんなにも幸せな気持ちでいっぱいなのに……ちょうど時間切れだなんて。

 嬉し涙を1つ溢して、私はいつもの光に包まれて姿を消すのでした。またすぐにでも呼んで貰えると信じて。



 ……



 後にご主人様はこんな事を言っていました。


 大きな戦争が終わり、長く平和が続いている今の世の中は、物で溢れ返っています。

 すぐに新しい物が手に入り不要な物はさっさと捨てられてしまう時代。古い物をいつまでも使い続ける事は貧しく惨めな事だと思われがちかもしれません。

 ですが、1つのアイテムを長く大切に使ってあげれば、きっとアイテムも持ち主のことを大切に思ってくれるはずだと。


 かんなが大工さんの手に馴染んでくるように、物書きの万年筆が変えの効かない仕事道具となるように。


 “どうしてもコレじゃないとダメだ”という相棒に出会える事は、仕事人としてこの上ない幸運なんだ――と。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 第8章、お読み頂きありがとうございます。

 マグナスとアイテムさんたちとの交流、それと“物と人との絆”という題材を書いてみたくて閑話的なお話を入れさせて頂きました。

 物語はこの後、大きな冒険を1つ挟んで最終章へと向かっていきます。もう暫くお付き合い頂けると幸いです。

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