第9章 真夏の宝とメロウのトライデント

09-01 南の島からの招待状

「――だーかーらー、マグナス! いくらお前の頼みでも危険物は運送出来ないって言ってるだろ!」


「だーかわさーらー、おじちゃん。中に危険物なんか入ってないって言ってるじゃん!」


 さっきからかれこれ10分以上、同じような問答を繰り返している。


「んなこと言ってもなあ……」


 机の上に置かれた荷物をチラッと見る通信商のおじちゃん。


「――よく分からんが、怪しいお札でこれでもかっていう程にグルグル巻きにして封印された荷物が、安全とはどーーしても思えんのだがっ!」


「大~丈夫だって! このお札も念の為のお守りみたいなもんだから! 中身はただの絵画だから!! 安全、安心、人畜無害!!」



 先日のお化け騒動で手に入れた絵画をどうしてもノウムまで郵送せにゃならず街の通信商まで持って来たのだが……。受け取りを渋られるせいでさっきから話が平行線な訳だ。


「……やっぱりダメだ、ダメ! 中身を確認させて貰う!」


 おじちゃんが箱の蓋にさっと手を掛けた。


「――っ! ダメだって! 日の光に弱い特殊な塗料で描かれた絵なんだって!!」


 ていうのは多分嘘だ。

 あれは絵画に潜んでいた例の呪いが光に弱く、それが日光に晒されないようキキーナがついた嘘だったようだ。

 絵自体は光に当てても別に問題ないらしい。……たぶん。一瞬日光に当ててみただけなのでよく分からないけど。


 まぁ、その点は問題ないのだが、中身があんな不気味な絵だとしったらそれこそ気味悪がられるに決まってる。



「――じゃあダメだ! 基本的に俺ら通信商は客のプライバシーに首を突っ込んだりはしないが、安全性の問題となっちゃあ別だ! 気に食わないなら自分で抱えてノウムまで持って行け!」


 腕組みをしてそっぽを向いてしまうおじちゃん。


「――じゃあいい。馬車便がダメならコテツに頼むから」


 店先から裏に回ると、森狼しんろうのコテツが木陰の小屋で昼寝をしていた。

 少し暑いのか、お腹を出してぐっすりと寝ているコテツ。その顔をわしっと捕まえる。


「ほーらコテツ! いい子だからノウムまでひとっ走りしてくれー! 報酬にちょっといいオヤツ上乗せしてやるからさぁ」


 一瞬驚いたようだったが、相手が俺だと分かるとさも迷惑そうな顔でアクビをし背伸びをするコテツ。まぁ、小さい頃からの顔見知りだからな。


「幼馴染のよしみで頼むぜ〜」


 頭を撫でながら、その背中に無理やり荷物をくくりつけようとすると……。


「……! ッウーー!! ワンワンワンワン!! ……クゥ〜〜ン」


 さっきまであんなに大人しかったのに、急に全身の毛を逆立てて大暴れしだすコテツ。

 ……え? マジ? この荷物がマズいのか? 動物のカンは鋭いっていうけど――この絵画、本当に大丈夫なのか!?

 自分でやっときながら、今更心配になってくる。



「こらー! 動物虐待で騎士団に突き出すぞ! そもそも、森狼便は国内輸送限定だ!」


 騒ぎを聞きつけたおじちゃんが血相を変えて店から飛び出して来た。


「とっ、とにかくっ! 頼んだから!」


 おじちゃんの隙をつき、宛先を書いた紙と料金を絵画に添えてその場に置き全速力で逃げる!


「あ、コラァ!!」


「ちゃんと届けてくれよな! もし捨てたりしたら呪われるかもしんねぇからな!」


「やっぱり呪われてんじゃねぇかっ!!」




 ――




「あ、お帰り〜。無事に郵送出来た?」


 店に帰ると、ティンクがカウンターに腰掛けて休憩していた。丁度お昼のピークを過ぎたところなんだろう。


「ったく。通信商のおじちゃん、いい歳して呪いなんかにビビりやがって。無理やり押しつけてきたぜ」


「……あんた、そのうち天罰が下るわよ。てか、一応10万コールの値が付いた商品なんだから丁重に扱いなさいよ」


 カウンターの上に置かれた便箋の束を持ち上げてピラピラと振って見せるティンク。

 ノウムのルルから届いた物だ。



 ――ノウムの事件の後もルルとは手紙のやり取りが続いている。


 この前貰った手紙では、ルルの体調の話に始まり、お父さんの仕事の事などが書かれていた。

 何処で噂を聞きつけたのか、例の薬を量産して売りに出せないかとロンド中の研究機関から問い合わせが殺到していて大忙しなんだとか。


 そんな話の中で、驚いたことに――スピカお嬢様をルルの家で匿っている、といった内容の事が書いてあった。


 サン・ジェルマン伯爵の悪行が明るみになったことで、ジェルマン家はその後大変な事になっているそうだ。それで、屋敷から逃げ出して来たスピカお嬢様をルルがかくまってあげているんだとか。

 手紙の内容から察するに、スピカお嬢様はルルに自分の身分こそ明かしたもののキティーキャットの件については何も言っていないようだ。


 まぁ、そんなこんなでキティー・キャットなら絵画の扱いにも慣れているかと思い処分に困っていた例の絵画について相談したところ、買い取りたいと返事があったのでびっくりだ。しかも10万コールという大金でだ!

 天下の大泥棒の考える事は分からないけど……あんな不気味な絵を欲しがるなんて、殊勝なやつだなぁ。



「……あら? この手紙……これ、ルルからじゃないの混ざってるわよ」


 遠くノウムの地に想いを馳せていると、ルルからの手紙を纏めておいた束から未開封の便箋を見つけたティンクが手に取って渡してきた。


「ん? 何だこれ? お前宛てだぞ。……チュラ島観光協会?」


「チュラ島? どこそこ?」


「何か、すんげぇ南の方にある常夏の島だったはずだけど……何でそんなとこから? お前知り合いでもいるの?」


「いる訳ないじゃない」


「だよな……。じゃあ誤配達か?」


 でも宛先にはティンクの名前がしっかり書いてある。

 2人揃って謎の便箋を覗き込み、腕組みをして心当たりを考える。



 ――丁度その時、店先で馬車が止まる音が聞こえコツコツと女性物の靴の足音が聞こえてきた。


 勢いよくドアを開けて店内に入ってきたのは――カトレアお嬢様だ。


「ティンク! 案内の手紙見てくれた!?」


 開口一番、嬉しそうにティンクに駆け寄るお嬢様。


「いらっしゃい。……手紙?」


「そう! チュラ島の観光協会から! 何日か前に届いたでしょ!?」


「あ」


 丁度眺めていた便箋をティンクと一緒に持ち上げる。


「そう、それ! もしかしてまだ読んでない!?」


「……マグナスに取り上げられてて。ご主人様の許可が降りないからまだ見せて貰えてないのよ」


 突然泣き真似を始めるティンク。


「え!? マグナスさん、いくら同棲してるからって他人宛ての手紙を検閲するのはちょっと……」


 軽蔑の視線を俺へと投げかけるお嬢様。


「ち、違うっ! 間違えて持ってっただけだ!」


 ティンクのヤロウ……たまに届くカフェの仕入れの請求書なんかもロクに確認しないから、代わりに俺が仕分けしてやってるのに……!



「――で、何の案内? もしかして大事な内容だった?」


 俺の手から便箋を奪い取ると、ケロッとした顔で開いて中身を確認するティンク。


「ほら、ティンク前に行きたいって言ってたじゃない――海!!」


「……うみ? あぁ! 海!」


 ようやく合点がいったのか、ポンと手を叩くティンク。


 女同士、何の話をしてるかは分からないけど“海”とはまた随分珍しい話題だな。


 なんてったってモリノは海の無い国だから。

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