08-04 綿飴と金魚

「成る程、溶かしたザラメを糸状にしてあの棒で絡め取っているのか」

「ザラメ? それって何ですか?」

「確か砂糖の一種で、目の荒い結晶の事だったと思いますよ」


 後から追いつくとロングソードさん達が屋台の前でかがみ、雲の食べ物を作る丸い器具を不思議そうに眺めているところでした。


「お、何だい。お嬢さんたち“綿飴わたあめ”食べた事ないのかい?」


 おじさんが木製の棒を丸い器具の円周に沿ってグルグルと回すと、クモの糸のように伸びたザラメが棒にが絡みつき、みるみるうちに雲のように膨れ上がっていきます。


「わぁー! 凄いです! おじさん魔法使いですか!?」


 パチパチと手を叩きながら目を輝かせるシルバーソードさん。


「はは、これで魔法使いになれるなら苦労は無いんだけどな! ほれ、そこの小さい子。試しに食べてみるか?」


 そう言って小さな“綿飴”を木の盾ちゃんにプレゼントしてくれました。


「いいんですか!? ありがとうございます!」

「あ、ズルいですー!」


 シルバーソードさんに眺望の眼差しを向けられながらフワフワの綿飴を一口頬張る木の盾ちゃん!


「――美味しい! 甘い味がお口いっぱいに広がります!!」

「えー! 私も欲しいですー! 先輩、買ってくださいっ!!」


 頬を膨らませてロングソードさんに詰め寄るシルバーソードさん。

 木の盾ちゃんとどっちの方が子供なのか分からないぐらいのはしゃぎっぷりに、ロングソードさんもやや困り顔です。


「分かった分かった。主殿からお金は貰っているから。――店主、それを4つ頂けるか?」


「はいよ! 毎度あり!」


 威勢の良い返事を返すと、手際よく綿飴を作り始めるおじさん。


「あれ、5人居ますけど、4つで良いんですか?」


 首を傾げる木の盾ちゃん。


「あぁ、私はあまり甘い物が得意ではなくてな。遠慮しておくよ」


「先輩は重度の辛党なんですよねー。それはもう周りが引く程です」


「へぇー。知りませんでした。今まで中々こうしてゆっくりお話しする機会もありませんでしたからね」


「あぁ。こうしてゆっくり会話していられるのも、祭のために頑張って準備してくれた主殿のお陰だな。感謝しないと」


 そんな話をしているうちにフワフワの綿飴が完成しました。

 各々に綿飴を受け取り、再び祭の灯の中へと歩いて行きます。

 ふと後ろを見ると、列の最後尾で黙々と綿飴を頬張るシスターの姿が、何とも可愛らしくて微笑ましかったです。



 ―――



「お、おのれぇ……。小型魚類の分際で私をここまで追い詰めるとは……!!」


 “ポイ”と呼ばれる丸い木枠に紙を張った小道具を手に持ち、ワナワナと肩を震わせるロングソードさん。

 手に持った“ポイ”はほとんどが破れ、丸枠の隅に僅かに紙が残る程度になっています。


 “金魚すくい”という遊びで、この“ポイ”で水槽の中の金魚をすくって小さな桶の中に入れるそうです。

 “ポイ”に張られた紙が破れるまでにすくえた金魚の数を競うのですが……ロングソードさんの桶は未だに0匹。


「先輩、そんなに難しいですか? ポイを水の中で動かし過ぎなんですよ〜」


 悪気は無いのでしょうが、ナチュラルに煽りまくるシルバーソードさん。その桶の中では、既に数えられない程の金魚が泳いでいます。


「そんな事は分かっている! わ、私は弱りかけの金魚を狙うような卑劣な真似はしないからだ! 正々堂々と、活きの良い奴を狙っている! だからこうなっているだけで――!」


「お、落ち着いてください。そんなムキにならなくても……あぁ、ほら! 浴衣の袖が水槽にっ!」


 水槽に浸かるロングソードさんの浴衣の袖を私が慌てて捲り上げました。


 ――


「うふふ〜、可愛いです」


 大きな金魚のぬいぐるみを両手で抱いてご満悦そうなシルバーソードさん。

 すくった金魚の数に応じて景品と交換してもらえるのですが、何でも店の新記録達成だったらしく特大の景品を受け取っていました。


「……」


 一方のロングソードさんは……手の平に5,6個は乗りそうな小さな金魚の粘土細工が1個だけ。作りもお世辞にも良いとはいえず……まぁ、つまるところの残念賞ですね。


「あ、あはは。誰でも得意不得意はありますから」


 そう声をかける木の盾ちゃんの手には、手のひらサイズのカワイイ金魚柄の手毬が握られています。

 それを見て更にガッカリと肩を落とすロングソードさん。全然フォローになってないよ、木の盾ちゃん。

 ……ちなみに私も木の盾ちゃんと同じ景品でした。


 あ。ちなみにシスターは水の中にポイ突っ込んだ瞬間、その覇気(?)で金魚が数匹お空のお星様となってしまったため出禁です。

 ごめんなさい金魚さん。



 ―――



 存分に夜店を堪能し、そろそろ万能薬さんたちを迎えに行くため広場へと向かう事にしました。

 屋台の会場から少し離れた道を歩いていると――背後から聞き慣れた声に呼び止められます。


「よぉ、お前ら! なんだ珍しいなマグナスは一緒じゃないのか?」


 見るとシューさんとカトレアお嬢様でした。

 お2人とも浴衣を着て髪を結んでおいでたため、一瞬誰だか分かりませんでした。

 カトレアお嬢様は朝顔の柄をあしらった趣のある黒い浴衣。シューさんはこげ茶色の浴衣に黒い帯、腰に刺した真っ赤な団扇うちわがアクセントになってキマッています。


「こんばんは皆さん。お祭りに来てみたらたまたまシューさんとお会いして、丁度皆さんをお誘いしにお店まで行こうとしていた所なんです」


 ポンと手を合わせて嬉しそうに笑うカトレアお嬢様。


「そうだったのか。しかし、申し訳ないが主殿は体調を崩してしまっていてな。ティンク殿と一緒に店で休んでいるのだ」


「何だ、夏風邪か? だいぶ酷いのか?」


「いや、少し疲れが溜まっただけで大事は無さそうだ」


「そうなのですか。大事でないのなら良かったです。……それでも、せっかくのお祭りに来れないのは残念ですね」


「あぁ。我々従者だけが遊びまわっているのは申し訳ないとは思っているのだが……」


「まぁ、いいんじゃねぇの? あいつはそんな事で文句言うタイプじゃねぇだろ。従業員にたまには息抜きさせるのも店主の大事な仕事だぜ。――そうだ! 広場の方で振る舞い酒やってるらしいぜ。あんたも一緒にどうだ?」


 そう言ってお酒を飲む仕草を真似るシューさん。


「丁度連れを迎えに行こうと思っていた所だ。まぁ、1杯くらいなら付き合おう」


 そういう訳で、シューさん達も一緒に万能薬さん達を迎えに行く運びとなりました。

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