08-03 迎夏祭(げいかさい)
――お祭りの当日。
日が落ちて、蝉の声が虫の音に変わり始めた頃。
今日の“便利屋マクスウェル”はいつにも増して一層賑やかです。
「こ、これでいいのか?」
鏡の前で頬を赤らめながら困惑するロングソードさん。
“浴衣”というお祭り衣装を身に纏い、鏡の中の自分を見てモジモジしています。
この“浴衣”というのは、東の方にあるヒノクニ
一言で表現するならば、可愛い柄入りの染物で作ったワンピースのような装い。
ちょっと変わっているのは一般的なワンピースのようにすっぽりと着込むのではなく、前が空いており羽織るようにして着ます。
そして“帯”という綺麗な長い布をベルトのように何重にも腰に巻き付け背中で結ぶのですが、この結び目の作り方が色々とあってまた可愛いのです。
モリノの夏を象徴する装いなのだそうですが――さすがに麻の服ではその華やかさには敵いませんね。少し悔しいです。
「先輩ー! 凄くお似合いですよ! 可愛いですー!」
同じく浴衣に身を包んだシルバーソードさんが駆け寄ってきて、ここぞとばかりにロングソードさんを褒めちぎります。
「わぁ! ロングソードさん、凄くお似合いです!」
子供用の小さな浴衣を可愛らしく着込んだ木の盾ちゃんも、ポンと手を合わせてロングソードさんに見惚れています。
「か、可愛い!? 私が? か、からかわないでくれ!!」
顔を真っ赤にして照れるロングソードさん。
いつもの凛々しい鎧姿ももちろんカッコイイですが、艶やかな浴衣姿で髪を結い上げてているロングソードさんはまるで別人のようにおしとやかな可愛さがあります。
これ以上言うと本気で怒り出しそうなので口には出せませんが。
「それにしても悪いわね、私たちまで呼んで貰って」
「全員分の浴衣に、ポーションを作るための材料費。お金、結構かかったんじゃないかしら?」
惚れ薬さんと万能薬さんがお互いの帯を結びながらご主人様に問いかけました。
「しかも今回の錬成、全員相当な量の魔力が込められてるっスね。確かにこれなら数時間は動き回れそうっスが……。親分、ホント大丈夫なんっスか?」
「あぁ、成る程。それでそんな様子かい――」
盗賊マントさんとシスターもご主人様を眺めます。
頭に氷枕を乗せたままお店のカウンターで突っ伏すご主人様。
その頭を、ティンクさんが優しくこずきました。
「ホント、無茶し過ぎよ。当の本人がぶっ倒れてどうすんのよ」
「だって……いつもお世話になってる皆んなにたまには息抜きして欲しくてさ。せっかく年に一度の“
「お気持ちは嬉しいですけど、こんな状態のご主人様を置いてお祭りなんて行けませんよ!」
心配そうにご主人様に駆け寄る木の盾ちゃん。
ティンクさんが笑いながらそれを制します。
「大丈夫大丈夫。連日の魔力切れで一時的にバテてるだけだから。明日になれば元通り元気になるわよ! こいつの看病は私がしとくから、皆んなはせっかくのお祭り楽しんできて!」
「いや、俺は大丈夫だから、お前も祭り行ってこいよ。楽しみにしてただろ?」
氷枕を持ち上げてティンクさんの顔を見るご主人様。
「はいはい。いいから病人は大人しく寝てなさい」
そう言って、ご主人様の持ち上げた氷枕をティンクさんがチョップで叩き落とします。
パシャンといい音を立てご主人様の頭に氷水の入った袋が落ちました。
「そういう事だから。俺からのお願いだと思って、皆んな祭りを楽しんできてくれ。せっかく頑張って錬成したんだから、頼むよ」
どう見てもヘロヘロなのに、無理して元気よく笑うご主人様。
「主殿がそこまで言うなら。――かたじけない。一通り見て回ったら直ぐに戻るので」
「ううん、ゆっくりしてきて」
笑顔で店の外まで見送りに出てくれたティンクさんにお礼を告げ、皆んなで夜の街へと出掛けました。
――
鈴虫とカエルの声がこだまする夜の街。昼間よりはだいぶ涼しくなりましたが、それでもまだ湿っぽい夏の空気が辺りを包んでいます。
いつもならこれくらいの時間帯にはもう道ゆく人も疎らなのですが、今日の街は様子が違いました。
街中の街路樹が何千、何万という小さな照明で飾り付けられており、暖かなオレンジ色の灯が街全体を優しく幻想的に包み込んでいます。
所々、照明の光がフワフワと宙を舞っているように見えて驚きましたが、その正体は“ナツヨボタル”という小さな昆虫でした。
モリノでは夏になるとそこら中で姿を見ることが出来るさほど珍しくはない昆虫なのですが、他の国には一切生息しないモリノの固有種だそうです。
淡い光を放ちながらユラユラと夜の空を飛び交う様はモリノの夏の風物詩ですが、繁殖期となるこの時期にはその光もより一際大きく美しくなります。
この“迎夏祭”もそんな“ナツヨボタル”に合わせてこの時期に催されるようになったと聞きました。
そんなホタルの群れを横目に歩き、みんなで街の広場までやってきました。
「――わっ! みなさん見てください! 何ですかあれ!? あの子たち、棒についた雲みたいな物を食べてますよ!」
広場の光景を見るなり目を輝かせてはしゃぐシルバーソードさん。
指差す先を見ると、楽しそうに走り回る子供達が白いフワフワとした物が先端についた棒を持っています。そのフワフワを時折口に運んでは美味しそうに食べています。
「食品には違いないようだが……何だろうな。王都では見かけた事が無いが……」
腕組みをして考え込むロングソードさん。
「あそこの屋台で売っているみたいですよ!」
「え! 本当ですか!? 早く買いに行きましょうーー!」
慌てて駆け出す木の盾ちゃんとシルバーソードさん。
「あっこら! この“浴衣”という装備は機動性があまり良くない。慌てて走ると転倒するぞ」
やれやれと言った様子で二人を追って行くロングソードさん。
そんな姿を見ながら、他の皆さんと一緒に後を追っていると、不意に数人の男性から声を掛けられました。
『よぉ、そこの色っぽいお嬢様がた!』
『こっちで一緒に晩酌でもどうだ!? 祭の振る舞い酒だ!』
見ると、広場にテーブルや椅子が並べられており沢山の大人たちが賑やかに晩酌を楽しんでいるようでした。
『どうだい! 年寄だけじゃなくて若いのもいるぞ!』
『ち、ちょっと恥ずかしいからやめてくださいよ!』
顔を真っ赤にした威勢の良い老人に、バンバンと肩を叩かれて慌てて隠れる気弱そうなお兄さん。
……私は基本的に酔っ払いとというのは好きではありません。たまに買い出しで行く王都の酒場では、酔っ払いが大声で騒ぎ散らし時には大喧嘩が起きている事もあります。
そんな光景を何度か見たせいでお酒にあまり良い印象は無かったのですが――この街の皆さんは大声で騒ぐような事もなく、お酒に思い思いの料理を添えて和やかに、本当に楽しそうに呑んでいます。
後で聞いた話によると、節度を弁えて飲むのがこの街の祭の慣わしなんだそうです。
「どうしましょうか」
と、みなさんに問いかける万能薬さん。
「ん〜、私は“お酒に勝る物は無し”だから断る理由は無いけれど?」
「あ! アタイも飲みたいっス! タダ酒なんて断る理由が無いっスよ!」
同意を得て、万能薬さん、惚れ薬さん、盗賊マントさんが男性達の輪に加わります。
色っぽい浴衣美人の登場に、男性達から歓声と拍手まで上がりました。
それを見て周囲のご婦人方が呆れたように笑っておいでましたが……後で問題にならないのか少しだけ不安です。
「シスターは行かなくて良いんですか?」
私の横で立ったままのシスターの顔色を伺います。私に遠慮してくれているんでしょうか?
「何だい? あんた忘れたんじゃないだろうね。アタイは“聖職者”だよ。酒はご法度さね! それに、そもそもアタイは下戸だ」
「へ、へぇ……そうなんですね」
この中で一番お酒は強そうなのですが……意外でした。と、余計な感想は言わずに黙っておきます。
「それじゃあ、後で迎えにくるから。程々にな」
「大丈夫よ。私がしっかり見ておくから」
耳元でシスターと言葉を交わす万能薬さん。
万能薬さんと盗賊マントさんの事は分かりませんが、前に聞いたところによると惚れ薬さんは天下無双の大酒豪だそうです。
色々と……大丈夫でなのしょうか。
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