07-09 何も出来ない主人でごめん

「ち、ちょっと!? どうなってるのよ!? シスターかなりお怒りみたいだけど――アンタ何やらかしたのよ!?」


 俺の手を引き起こしながらティンクが皮肉混じりに問いかけてくる。


「違うわっ! ……やられた! ――呪いだ。俺を庇ってくれて……」


 自分で言っておきながら、アイテムさん達に助けられっぱなしの自分が情けなくなってくる。


「え、えぇ!? 聖水って呪われるの!?」


「いや、ちょっとよく分かんないけど……そんな事言ったら聖水が十字架で魔物を袋叩きにしないだろ! ――とにかく、逃げるぞ!」


 ティンクと手分けしてちびっ子達を抱き起すと、肩を貸し会いながら一気に玄関まで走る!


 ……玄関ドアのノブに手をかけて力一杯捻るけれど――さっきまで開いていたはずのドアがビクともしない!


「――!? 嘘だろ!? さっきは開いてたのに!?」


 そうこうしてるうちに背後で凄まじい衝撃と轟音が響いた。

 なんと二階の廊下からシスターが飛び降りてきのだ! 床を突き抜かんばかりの勢いで着地すると、ゆっくりとこっちへ歩いてくるシスター。


「おいおい、冗談じゃねぇぞ!? ……くそ、玄関がダメなら――」


 近くにあった椅子を両手で抱え、大きく振りかぶると窓に向かって力一杯ぶん投げる。

 綺麗に窓のど真ん中へ命中したはずだけれど……椅子は弾き返されるだけでガラスはびくともしない。


「――マジか!? 結界の類いか……!?」


 ドスドスと重い足音を響かせて迫り来るシスター。

 怪我をしているちびっ子達を背後に庇うようにティンクが前に出る。

 俺もその辺に転がっていた角材を拾いシスターに向かって構える。


 クソッ……何も別にシスターを倒す必要は無い。どうにか朝まで耐え切ればこの手の呪いは解けるはずだ。

 とはいえ、夜明けまであと数時間はある。屋敷内の限られたスペースで、あのシスターを相手に逃げ回るなんてかなり無理があるぞ……。



 生き残るための策を必死に考えていると――ふと誰かが俺の前にへ歩み出た。


「――シルバーソードさん!?」


 腰に携えた剣を抜き、シスターに向けて構えるシルバーソードさん。


「無茶だって! 下がって!」


「――わ、私が下がったら誰が戦うんですか!? この中で“武器”は私だけですよ!」


 そ、そうは言うけれど……。剣を握るその手は震え、足もガクガクだ。

 身につけたハーフプレートがカタカタと小刻みに金属音を上げている。


「そ、それはそうだけど。いやいや、誰だって得意不得意はあるんだから無茶しないで――!」


「私だってやれます! 私だって……!」


 必死に絞り出した声は裏返り、今にも泣き出しそうなのを我慢して精一杯強がってくれているのが分かる。

 でも、あんな構えじゃ――


 早足でシルバーソードさんの前まで迫ると、シスターが一瞬の躊躇もなく十字架を振りかぶる!


「ひ、ひぃ……!」


 血走った目で睨まれ、両手で顔を覆うようにして目を瞑りしゃがみ込んでしまうシルバーソードさん!


(――ヤバイ!!)


 どうにか咄嗟に飛び込んで、なかば体当たりのような体制でシルバーソードさんを抱えてゴロゴロと床を転がる!


 ――間一髪!


 空振りしたシスターの一撃が、背後にあった棚を粉々に粉砕する!


「……あ、主様!?」


 抱きかかえた腕の中で驚いたようにこっちを見るシルバーソードさん。


「大丈夫!? さぁ、立って!」


 シルバーソードさんの手を掴み急いで引き起こそうそうとするが――


「――っ!!」


 その瞬間足首に激痛が走る!


(……しまった!)


 避けたと思ったけれど、今の一撃軽く足首に掠ったみたいだ。くるぶしあたりの肉が軽くえぐれ、ドクドクと血が流れている。

 もう少しズレてたら足が吹っ飛んでたんじゃないかと思うと……ゾッとする。


「主様!? 大丈夫ですか!?」


 シルバーソードさんが、代わって俺を抱き起こしてくれる。



『ァアア……オオォォ!!』


 獣のような呻き声を上げて瓦礫の中から十字架を引き抜き、ゆっくりと体制を立て直すシスター。


 これは、そう何回も避けられないぞ……。

 意を決して、その場の全員に聞こえるように叫ぶ。


「みんな、魔力は残りどれくらいだ!?」


「わ、私と木の盾ちゃんはまだ暫く持ちます!」


「私はおそらくもう少しだけ」


 ちびっ子達はいつもの感じからするとあと1,2時間程か。

 シルバーソードさんは30分くらいだろう。


「俺が囮になってシスターを引きつけるから、みんなは魔力が切れるまで何処かに隠れててくれ! ティンク――悪いけどお前は朝までどうにか逃げ切れ!」


 大丈夫だ。アイテムさん達は魔力さえ切れれば無事に逃げ切れる。まずはどうにかちびっ子達を逃がして、後は朝までシスターと鬼ごっこだ。


 やるしかない! 覚悟を決め、シスターの前へと歩み出る。


 ……けれど、そんな俺の作戦なんかお構いなしにちびっ子達が足を引きずりながら俺の元へとやって来てしまった。


「――ご主人様! 私、そろそろ本気で怒りますよ!」

「そうです! ご主人様だって足怪我してるでしょ!」


 俺の前に立ちはだかるちびっ子達。


「ご主人様を置いて逃げ出す“アイテム”なんて聞いた事ないです!」

「そうですよ! 普段はちょっと頼りないかもしれませんが……こんな時くらい私たちを頼ってください!!」


 いつもはただただ騒がしいだけだと思ってた二人が、この状況で一切怖がることもなく立派に使命を果たそうとしている。


「お前ら……」


 いつにもなく勇ましいちびっ子達の姿に思わず視界が潤む。


 そうこうしていると突然身体がグラリと揺れ、気づけばティンクが俺の肩を担いでいた。


「そういう事。コンビエーニュ森林の時とは違う事だってわかるでしょ? もう誰もアイテムが捨て駒だなんて思ってないわ。ここに居る全員が、心の底からアンタを死なせたくないと思ってんのよ! あの子達の気持ちも汲んであげなさい!」


 俺を担いだまま、シスターから距離を取り屋敷の奥に向かい走り始めるティンク。


「……それに。私だってアンタに死なれたら困るのよ」


「お、お前……」


 いつも口では薄情な事を言いながらも、いざとなったら絶対に俺の事を助けようとしてくれるよな、お前は。


「だってあんたが死んだら誰が私の衣食住の面倒見るのよ!?」


「……お前の理由はそれかよ」


 思わず情け無い笑いが零れる。

 ――けれど、やっぱり頼りになる“相棒”だぜ。


「――悪い、皆んな。何も出来ない主人でごめん!」


「なに言ってるんですか!」

「そんなご主人様を助けるのが私達の使命です!」


 二人が言い終わると同時に、十字架を振りかざし飛びかかってくるシスター!


 果敢にもその一撃を盾で受け止めた木の盾ちゃんが、そのまま宙を舞い2,3メートル先の柱に激突する!

 手に持った木の盾はたった一撃で粉々に砕け散ってしまった。ぐったりと倒れたままピクリとも動かない木の盾ちゃん。

 その様子を見て麻の服ちゃんの表情が絶望に染まる……けれど、ぐっと堪えてシスターの前に駆け出して行った。


「ほら! 私達も行くわよ!! 走って!!!」


 ティンクに引っ張られエントランスホールを後にする。


「あああああっーー!!」


 声に驚き背後を振り返ると、自らを奮い立てるように大声を張り上げ大手を広げて立ちはだかる麻の服ちゃんと、その頭上目掛けて十字架を振り下ろすシスターの姿が月明かりに浮かんでいた。


 目を閉じてグッと小さな身体をこわばらせる麻の服ちゃん!



 無意識のうちに――思わずティンクの手を振り解く。

 我ながら、皆んなの気持ちを踏み躙るような愚かな行動だとは思う。


 でも、やっぱり無理だ!! 理屈じゃ分かってても、目の前で大切な"仲間"が無残に壊される姿なんて俺は見たくねぇんだよ――!


 ティンクが後ろで何か叫んでるけどそれも聞こえない。


 足の痛みなんか忘れて必死に麻の服ちゃんに駆け寄る。

 ……けれど、足がもつれてその場に倒れ込んでしまう。


 そんな俺を引きずってどうにか連れて行こうとするティンク。



 そして――


 そんな俺の目の前で。

 麻の服ちゃんは無慈悲にも叩き潰された――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る