07-06 悪霊退治は物理攻撃で

「は、はい。マグナスと申します。こ、この度は……ご多忙なところお呼び立てしてしまい真に申し訳なく――」


 ゾンビなんかを遥かに凌ぐ、圧倒的な恐怖と威圧感を放つ圧倒的な存在。ビリビリと伝わってくる強者の覇気に気圧され、慎重に言葉を選びながら返答をする。


(ダ、ダメだ……! 一字一句でも返答を間違えれば、待つのは――死!!)


 かつてない程の緊張感の中、自然と己の死を覚悟する。


「まぁ、堅苦しい挨拶は抜きさね! とりあえず敵はこいつらだね!」


 豪快に笑うと、何処から取り出したのか俺の背丈程ありそうな巨大な十字架を徐に振り被るシスター。


「さぁ……覚悟しな、迷える子豚共! まとめて成仏させてやっから――歯ぁ食いしばって祈んなぁ!!」


 えぇ……祈りって歯食いしばってするもんなんですかねぇ……?

 てか、迷えるのは豚じゃなくて羊じゃ……?



「ぶるぅぁぁあ!!!!」



 巨大な十字架が光の速度で振り下ろされ、ゾンビの群れを横一線に薙ぎ払う。

 その瞬間、水風船が弾けるような聴き慣れない音がしてゾンビの上体が一瞬にして弾け飛んだ。ビシャ、っという音と共に血肉が飛沫となり辺りの草木を赤く染める。

 周囲は一瞬にして悲惨な猟奇殺人現場様相を成した。


 しかも――消し飛んだのはゾンビだけじゃない。

 僅かに遅れて、十字架から発せられた衝撃派が背後の樹木を根こそぎ抉り取って行く!

 バキバキと音を立てて倒れる木々。

 驚いた鳥たちが一斉に夜空へと飛び立って行く。

 辺りでは突風に散らされた血飛沫が舞い上がり、赤い霧を立ち込めさせた。


「ひぃぃい!」

「こ、恐いですーー!」


 恐れおののくちびっ子たちと、目を真ん丸に見開らいて固まるティンク。

 シルバーソードさんはとっくに白目を向いて気絶している。



「――何だい、あっけないね。まだまだ居んだろ!? 遠慮してないで出て来いやぁぁ!!」


 シスターの挑発を聞きつけたのか、森の奥からぼんやりと光るもやのような塊が複数、音も無く現れた。

 よく見ると、靄には髑髏しゃれこうべのような顔があり、脚だけが無い人形ひとがたを成しているしている。その手には禍々しい大鎌が……。

 アンデッド系の魔物"ゴースト"だ!

 初級の魔物とは言え、物理攻撃が効かない厄介な相手だぞ……。


 俺たちを取り囲むと、嘲笑うかのように周囲を旋回するゴースト達。


「いいねぇ! 盛り上がってきたじゃないか!」


 高良笑いを浮かべながら、これまた何処にしまってあったのか、聖水の入った大瓶を取り出しその蓋を口で咥えるシスター。

 キュポンという良い音を響かせ瓶の蓋を開けると、中身を口に含み手に持った十字架へ霧のように吹きかける!


 ――そして


「どうぅぅらぁぁあ!!」


 再び空を切る巨大な十字架。

 どう考えても物理攻撃だが、実態を持たないはずのゴーストがまとめて吹き飛ばされ、そのまま夜の闇に霧散する。


(……つ、強ぇ)


 まさに……無双!!


 ロングソードさんもべらぼうに強かったけれど、この人の強さはベクトルが違う。


 『不死者アンデッド? 知らない知らない、殴りゃあそのうち死ぬんだろ』と言わんばかり。


 力こそ正義! 力こそパワー!!


 アンデッドをゴリゴリの物理攻撃でねじ伏せてるよ、この人!


 てか、そもそも“聖水”ってこんなアイテムだったっけ!?



「さぁ! どんどん行くよ!! アンタら、遅れずについて来るんだよっ!!」


 一瞬だけ俺たちの方を振り向き白い歯を見せて笑うと、そのまま森の奥に向けて突撃していくシスター!


 次々と現れるアンデッド達を、文字通り千切っては投げ、千切っては投げ、獅子奮迅ししふんじんの大活躍!

 駆け抜けた後には、まさにアンデッドの破片も残りやしなかった……。


 ……ちなみに後から調べてみたところ、あのレシピで錬成した【退魔の聖水】には“アンデッド特効”の他に“会心率100%”、“攻撃力200%”、“防御力無視”とかいう補助アイテムにあるまじきとんでもない特性が付いていた。

 シスター、あなた絶対に宿るべきアイテム間違えてるよ……。



 ―――



 シスターに置いてけぼりを食わないよう必死に追いすがり、目的地である洋館までどうにか無事にたどり着くことができた。


 ……外から見る限り、想像してたよりもかなり大きな屋敷だ。


 外壁はそこら中がツタで覆われ、壁のそこかしこにビビが入っている。窓には大きな蜘蛛の巣が。


(最近まで人が管理していたとは思えない荒廃っぷりだな……。本当にここか?)


 とはいえ、他にそれらしい建物も見当たらないしここが目的地で間違いないだろう。



 ……屋敷のドアは鍵が掛かっておらず、すんなりと中に入る事が出来た。


 真っ暗な館内。

 窓から差し込む月明かりでどうにか周囲が見渡せる。


 エントランスホールは広い吹き抜けになっていて、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。

 来賓が数十人は集まれそうなホール。

 家主は人嫌いだったと聞いていたけど……客を呼びもしないのにこんなに広いホールが必要だったんだろうか……?


 エントランスから続く大階段の踊り場には大きな肖像画が飾られている。

 夫婦とその子供だろうか? 絵画事態は辛うじて見て取れる程の保存状態なのだが……人物の顔の部分だけが大きく切り裂かれており、その人相を見て取ることは出来ない。


「――随分と大きな屋敷ね。依頼の絵ってどこにあるのかしら」


「さぁなぁ……詳しい場所までは教えて貰えなかったから、一部屋ずつ見て周るしかないな」


 傍に居るティンクと小声で話したつもりだったけれど、静まり返った館内ではそんな囁き声すらこだまして大きく聞こえる。


「なんだい、用事ってのは探し物かい!? アタイは派手に暴れるような仕事の方が性に合ってんだけどねぇ」


 シスターの豪快な大声が、俺達の囁きをかき消すようにホールに響き渡った。

 そんなシスターを慌てて嗜める。

 ……別にこそこそと隠れる必要も無いのだけれど……何となく誰かに監視されているような気がして、なるべく静かに屋敷の奥へと歩みを進める……。

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