07-04 魔を退ける聖なる水

 その日の午後――


 頼まれた材料を取りに、おなじみコンビエーニュの森へ。


 【聖水】というのは一般的には教会で特別な祈りを込めて作った純水の事を言うが、込められた祈りによってその効能は様々だ。


 偉~い神父さんに祈りを捧げて貰えば強力な魔物だって退ける聖なるアイテムになる事もあるし、町の小さな教会の普通の神父さんならおまじない程度の効き目な場合もある。

 それこそ品質はピンキリだが、聖水自体は街の雑貨屋でも手に入る割とポピュラーなアイテムだ。


 ただ、錬金術で錬成するとなった場合は少し勝手が違う。

 大抵の錬金術師は特別信仰深い訳でもないし、むしろどちらかというとリアリストの合理主義者が多い。

 アイテムに込められるのは特性と魔力ぐらい。錬金術師がいくら『ありがたい聖水になーれ』と念じたところで、そんな神聖な効果は発揮できないのである。


 そこで必要になるのが霊験あらたかな特性を持つ素材たち。


 ・マシロ蝶の銀粉  特性"光属性(微少)"

 ・ヨツバミント   特性"幸運"

 ・ハートリンゴの種 特性"慈愛"

 ・百夜草ひゃくやそう      特性"神聖"


 どれもそこそこ簡単に手に入る素材なのだが、唯一厄介なのが"百夜草"。

 見た目はよくある雑草なのだが、月の光を300日浴びると特性“神聖”を宿すという変わった植物だ。

 この植物のもう一つの特徴がまた厄介で、発芽から30日を超えたあたりで成長が止まる。

 つまり、ぱっと見ではどれが300日経っているものか分からなのだ。

 そのためむやみやたらと乱獲された過去があり、一時期は相当に数が減ってしまった。

 今では採取そのものは禁止されていないものの、むやみやたらと収穫すると罰金を払わされる。


 そんな面倒な草を探しに森の奥へ。

 今回はじっくりと腰を据えて探す必要があるので、その間のボディーガードに店で暇そうにしていたシューを連れて来た。


「ボディーガードならあのやたら強い長剣の姉ちゃんを連れて来ればいいだろ」


 生い茂る草木を振り払いながらシューが文句を垂れる。


「あの人雇うと給料そざいが結構高いんだよ」


「あのなぁ、俺も普段ならこんな金で仕事なんか受けねぇのよ」


「いいじゃないですか! シューさんはご主人様に借りがあるんでしょ!」

「そうですよ!」


 一緒に来たちびっ子2人が加勢してくれる。

 ちなみにティンクは昨日の件で寝不足だそうで店番も兼ねて留守番だ。


 確かに、シュー程の腕の護衛を1日雇うとなると普通はこんな料金じゃ済まないだろう。

 それでもなんだかんだ言いながらお友達料金で引き受けてくれるあたり、やっぱり根は悪い奴じゃないらしい。


「へいへい、分かりましたよ。せいぜいご奉仕させて頂きます。――っと!」


 草むらから飛び出し、麻の服ちゃんに飛び掛かろうとしたスライムを、一刀の元に切り捨てるシュー。

 その後もときたま現れる魔物を訳も無く蹴散らしながら、どんどんと森の奥へと進む。


 ……


 30分程進んだところで、やがて綺麗な湖の畔に出た。


「よし、この辺りならありそうだな」


 荷物を下ろし、ちびっ子たちと手分けして素材を集める。


 マシロ蝶を追いかけまわす麻の服ちゃん。

 ヨツバミントとハートリンゴを探し回る木の盾ちゃん。

 俺は慎重に選別しながら百夜草を摘む。


 2時間程かけて必要な素材が集まり、日も傾き始めてきたため暗くなる前に工房へと帰ることにした。



 ――――



 翌日――。


 朝早くから【退魔の聖水】の錬成に取り掛かることに。


 机の上に置かれた虫かごの様子を見る。中に入っているのは麻の服ちゃんが頑張って捕まえた“マシロ蝶”だ。

 “マシロ蝶”が羽ばたく時に残す淡い輝きを放つ粉。これは魔力の残害でできたもので、微量の光属性を帯びている。あまり知られていないが普通の蝶々の鱗粉とは別物なのだ。


 一緒に入れておいた止まり木やかごの底を確認すると、キラキラと光る粉が沢山付いている。


(よし、量は充分そうだな)


 虫かごを持って工房の外に出るとまだ幾分か涼しい早朝の夏の風が爽やかな花の香を運んでくる。

 店前の通りに目をやれば、所々で夏祭りの飾り付けが目に付く。


(――あぁ、もうそんな時季か)


 かごの蓋を開け、蝶が逃げていくのを見送り背伸びを一つ。



「――さて、やるか!」


 工房に戻り、虫かごの中の銀粉をハケで丁寧に拾い集める。

 さすが運動神経の良い麻の服ちゃんが捕まえるのに苦労してた程に元気な蝶々たち。

 予想以上の量で、小瓶一杯ほどの銀粉が集まった。


 ちなみに、"マシロ蝶の銀粉"自体はそんなに珍しい素材ではなく店で買うこともできる。

 けれど、市場に出回っている物は銀粉を多く散らせるために捕まえた蝶に過剰なストレスをかけ採取する。そのため、大抵の場合蝶はそのまま死んでしまうらしい。

 そのやり方を否定はしないけれど……『なるべく、壊さず、殺さず、自然のままに』それがじいちゃんから教わった"マクスウェル流"錬金術の流儀だ。

 そうして集めた素材の方が、出来上がるアイテムにも愛着が湧くんだとかなんだとか。

 ……まぁそんな事を言いつつ、魔物系の素材を集めるためにはボコスカと魔物退治はしてたから、どこまで本当かは分かんないけど。あのじいちゃんの事だし案外適当に言ってただけかもしれない。


 それはさておき、釜を見ると朝一から火にかけておいた川の水が良い感じに沸騰している。

 まずは、昨晩のうちにお湯で沸かしてその成分を抽出したヨツバミントの抽出液を加える。

 沸騰するお湯の蒸気に乗って、ハッカ系のスーッとする匂いが室内に広がる。


 続いて加えるのは一晩干しておいたハートリンゴの種。

 果実の方はティンクがアップルパイにするとかで嬉しそうに回収していった。今日の昼飯におすそ分けでも期待したいところだ。

 種はそのままの状態で釜の中へ放り込む。


 そして、苦労して集めた百夜草。

 茎から葉だけを外し、もみほぐしながら釜の中へ。

 そのままひと煮立ちさせ、最後にマシロ蝶の鱗粉を一振りする。


 暫くすると釜から優しいパールホワイトの光が立ち込めてくる。

 そこですかさず【退魔の聖水】のレシピを発動!


 お馴染みの"ポーション"が飛び出してくるのでしっかりと受け止める。

 出てきたのは天使の羽があしらわれた円柱型の可愛い瓶だった。


 ロングソードさん曰く、"退魔の聖水さん"はシルバーソードさんと同じくアンデッド退治のスペシャリスト。

 別名"シスター"と呼ばれおり、彼女の"で浄化出来ない魔物は居ないだろう……という事だ。

 ただ、持久戦はあまり得意ではないそうなので、いざという時にだけ使って欲しいという事だった。


 ちなみに、ロングソードさんとは古い知り合いらしいが、彼女以外は誰も"シスター"の事は知らないそうだ。

 アイテムさん達の交友関係については一度じっくり聞いてみたいもんだ。


 まぁそれはさておき。きっと教会のシスターみたいに慈愛に満ち溢れた可憐な女性なんだろう。会うのが楽しみだ。


 そんな妄想に心をときめかせ、肝心の夜がくるのを待つ。

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