06-21 泥棒猫、参上!?
「――! 煙幕!?」
最初の破裂音から間髪を入れず、会場のそこかしこで同じような爆発と白煙が立ちこめる。
元々の霧とも相まって会場はすぐさま真っ白な煙で覆われていった。
この騒ぎに騒めき湧き立つ観衆達。
あちこちで驚きの声こそ上がりはするものの、キティー・キャットが人を傷つけるとは誰も思っていないのかパニックになる人は一人もいない。それどころか、皆ワクワクした顔で彼女の登場を待ち侘びている。
そんな雰囲気に飲まれて俺もキョロキョロと辺りを見渡していると――
「――親分、行くっスよ!」
盗賊マントさんが俺の手を引いて走り出した。
ハッと気付けば、周りでは冒険者達もそれぞれに動き出している。
それぞれに勘を働かせ
会場は一気に歓声と混乱の渦で包まれていく。
そんな状況の中、盗賊マントさんは一目散に演壇へと駆けていく。
押し合いへし合う人々の間を、まるで木々を縫い颯爽と走るモリノの
その直ぐ後ろを手を引かれて走る俺と、さらに俺に引っ張られてついてくるティンク。
人波を突破し演壇の近くまで駆けつけると、周りは警官隊で隙間なく包囲されていた。
「――き、来よったな!! キティー・キャットめ!」
伯爵の悲鳴にも似た叫びを上げる。
「伯爵! 賢者の石をこちらへ! 屋敷の中へ運びます!」
慌てて伯爵に近づいてきたのは、見知った顔の人物――シャーロ警部だった。
さっきまでのダルそうな顔とは打って変わり、会場の混乱にも動じずしっかりと仕事をしている。
「待て貴様! ボディーチェックを受けとらんだろ! 信用ならん!」
シャーロ警部を警戒するように、賢者の石を抱き抱える伯爵。
「ちょ――そんな事言ってる場合じゃ無いでしょう! まぁ、確かに仰る事もごもっともですが」
髪をクシャクシャと掻き上げながら困った様子で警部が一歩下がる。
「スピカ! 手筈通りお前が石を運ぶんだ! 他には誰も信用ならん! そのためにボディーチェックなぞ受けさせたんだからな。さぁ、早く石を屋敷の保管庫へ!!」
「かしこまりました」
伯爵から賢者の石を受け取ると、それを胸元に抱え至って冷静に早足で屋敷へと向かうスピカお嬢様。
警官隊と衛兵が協力し屋敷への道を作り、その間をお嬢様が駆けて行く。じきに門を潜ると、屋敷の中へと姿を消してしまった。
「さぁ、石はもう屋敷の中だ! いい加減諦めて姿を見せたらどうだ、キティー・キャット!」
壇上から叫ぶ伯爵の声が広場にこだまする。
会場の人々もそれぞれに怪しい事は無いかと探し回るが――一向にそれらしい人物は現れない。
……
『え? 結局キティー・キャットは? まだ来たないよな?』
『え、なに? もう終わったの? 誰か捕まえたって?』
『違う違う、伯爵が勝ったんだろ?』
広場を包んでいた煙幕が晴れていくと同時に、会場の熱気も徐々に疑問の声へと変わっていく。
「何をしている!? キティー・キャットは捕まえたのか!?」
周りの警官や衛兵に怒鳴り散らす伯爵。
そこへ、屋敷の中からスピカお嬢様が再び姿を現した。
「お父様……この騒ぎは? まさかキティー・キャットが現れたのですか?」
キョロキョロと周囲を見渡し、壇上で狼狽える伯爵に向かって呼びかけるお嬢様。
「そうだが!? ――さっきお前も見ただろう?」
「そ、それが。――私いつの間にか寝室で眠ってしまっていたようで、騒ぎで目が覚めて慌てて今ここに来たんです」
「――っ!? な、何だと!?」
目をまん丸にして、伯爵が今日一番の大声を上げる。
「という事は――さっき石を持って屋敷に向かったのがキティー・キャットか!? スピカに変装していたというのか!?」
「そ、そういえば。さきほど屋敷の外で怪しい女性とすれ違いました。我が家のメイドの姿をしていましたが見慣れない顔で……まさかそれもキティー・キャットの変装!?」
「そ、そうに違いない!」
「迂闊でした……早く捕まえないと! ――皆さん! キティー・キャットはメイドに化けて逃走を図っています!」
呆気に取られている会場に向かって大声で叫ぶお嬢様。
伯爵もそれに続く。
「とにかく怪しい者は全員捕まえろ!! たかがメイド、怪我をしたところで構わん。遠慮は不要だ! 捕まえた奴には賞金5000万コールだぞ!」
こめかみに血管を浮かべ、目を血走らせながら観客達を煽る伯爵。
『うぉーーーー!!』
改めて聞かされた賞金の額に会場のボルテージは一気に上がる。
「さぁ、お前達! 街中をしらみ潰しに探して――」
「犯人は中庭の辺りにいたわ! その門を抜けた先よ!!」
伯爵の声を遮るように、お嬢様が門の方を指指して再び叫ぶ。それに導かれるように群衆の波が一斉に動き出す。
「――え、待て! なぜ中庭? 外と言っていただろう!?」
勢いよく観客を煽っていた伯爵だが、突然我に帰りスピカお嬢様に詰め寄る。
「えぇ。屋敷の外とは言いましたが敷地から出たとは言っていません。敷地の出入り口は警察と衛兵が封鎖していますからね。おそらくまだ中庭辺りに潜んでいるはずです」
お嬢様の発言を聞いた冒険者、野次馬、それに警官隊もが混ざり合い、なだれ込むように屋敷の門へと向かう。
「――ま、待て!! 屋敷には入るな! やめろ! 中庭には近づくなぁ――!!」
慌てて声を張り上げる伯爵だが、半ば暴徒と化した群衆はもはや止まらない。伯爵の声も歓声と足音にかき消されてしまう。
ロンドの庶民にとっては貴族の屋敷に立ち入るなんて畏れ多い事なのかもしれないが、事情を知らない外部の人間……特に賞金を目前に吊られた冒険者にとっては、そんな事気にする余裕など無い。
皆が皆、我先にと周りの人間を掻き分けながら屋敷へと向かって行く。
その様子を見た伯爵は青ざめた顔をしながら壇上から転がり降り、衛兵を連れて屋敷へと走って行く。
そんな伯爵すらも飲み込み、金に目の眩んだ人々の波は屋敷の門へと吸い込まれていった。
「盗賊マントさん! 俺たちも――」
乗り遅れないよう屋敷に向かおうとしたが――周囲の流れとは裏腹に、盗賊マントさんは動こうとしない。
「親分、大丈夫っス。――人が捌けるまでここで待つっスよ」
盗賊マントさんがじっと見つめる視線の先には――祭りのように湧き立つ群衆を、ただ黙って壇上から見下ろすスピカお嬢様の姿があった。
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