06-20 賢者の石って結局何なの?
――時刻は正午過ぎ。
定刻から少し遅れ、屋敷からサン・ジェルマン伯爵が姿を現した。
完全武装の警官隊に周囲を護衛されつつ真っ直ぐ演壇へと向かう。
その直ぐ後ろに付き従うのはスピカお嬢様。
紫色の豪華なレースがかかった箱らしき物を両手で慎重に運んでいる。
おそらくあれが“賢者の石”だろう。
壇上に登る前、警察官から身体検査を受ける二人。
顔をつねられたりボディチェックをされたりと、かなり入念な確認だ。お嬢様の方は当然女性の警官がチェックをしているが……二人とも思いの外大人しく言う事を聞いている。
まぁ、自分達のためなんだから当たり前といえば当たり前か。
先に壇上へ上がったのはスピカお嬢様の方だった。
演台の中央に手に待っていた箱を置き端へと一歩下がる。
続いて、いよいよ真打ち登場――とでも言わんばかりに勿体ぶったり様子で伯爵が壇上へと上がる。
伯爵が片手を上げるなり、会場の所々から大きな拍手喝采が贈られるが……まぁおそらく伯爵に取り入りたい取り巻き達だろう。
対して、特に反応もなくキョロキョロと辺りを気にしているのは外から来た冒険者たちか。
会場が静まり返るまで暫し待ち、伯爵が声を上げる。
「――諸君、ごきげんよう。本日は私のコレクション披露会によくぞ集ってくれた。今回は間口を広げたことにより、国外からも多くの訪問者が訪れていると聞いている。こうして皆の顔を眺めると、改めて私のコレクションへの関心の高さを計り知る事が出来る」
いや、殆どの人が興味あるのはキティー・キャット捕縛の賞金の方だろ。あのおっさん本気で言ってんのか?
そう思った人がこの会場に何人居るんだろうか? まぁそれはさておき、壇上では上機嫌な伯爵の前置きが長々と続く。
……
「――ねぇねぇ。結局さぁ、賢者の石って何なの?」
伯爵の話がダラダラと続く中、隣から聞こえてきた会話になんとなく耳を傾ける。
見ると、虫取り網を手に持った若い男女3人組がダルそうに立っていた。
ま、まさかそれでキティー・キャットを捕まえるつもりですか? ……まぁ本気で賞金を狙ってる冒険者達は列の前の方に陣取ってるだろうし、こんな後ろにいるのは棚ぼた狙いで何となく来た野次馬ばかりだな。
俺たちはさておき……。
「え? お前知らないの? 何か錬金術で作る宝石みたいなもんだろ? 俺も知らねぇけど」
女に袖を引っ張られた男がこれまたダルそうに答える。
「なに? お前らそんな事も知らねぇで来たのか? あれだよ。“賢者の石”ったら、石ころを
もう一人の男が横から口を挟む。
「え? なにそれ? 凄くね」
「え、ちょっと待って。
「あ! 確かにそうだな! お前頭良っ!」
「でしょー!」
何とも間の抜けた会話が聞こえてくるけれど……錬金術に馴染みのない一般人からしたら“賢者の石”なんてそんな程度の認識だな。
とはいえ、錬金術師の間では認識が揃ってるのかと言われると……
“石ころを
“無限の知識を得られる”
“永遠の命を与えてくれる”
と、まぁそれもバラバラだな。
それどころか、“赤い宝石だ”、“いや、白色の粉末だ”、中には“常に情報を取り入れてその姿形を変え成長し続ける物質だ”だの、その色や形すら定まっていない。
結局のところ、“賢者の石”ってのは錬金術におけるワイルドカードだ。
星の数ほどある錬金術の流派だが、それぞれに最終目的とする事は違う。それこそ不老不死だの神の知識だの。それを実現するために必要な、未だ発見されていない未知の“性質”を持つ素材の事を便宜上“賢者の石”と呼んでるに過ぎない。
そりゃ効果も見た目もマチマチになるはずだ。
――そんな事を考えながらただただ長い伯爵の演説を聞き流していると、話がいよいよ佳境に入った。
「――では諸君! いよいよ“賢者の石”、その神々しくも美しい姿をお見せしようではないか!!」
伯爵が大袈裟に両手を広げて観客を煽る。
盛大に盛り上がる取り巻き達。
やっと話が終わったか、と言わんばかりにパラパラと拍手を贈る野次馬。
キティー・キャット探しで忙しく、最初から伯爵の話なんざ聞いていない冒険者達。
三者三様のリアクションでいよいよ運命の時を迎える。
伯爵から目配せをされ、壇上の隅に控えていたスピカお嬢様が前に出る。そして、演台の上に置かれた箱のクロスに徐に手を掛ける。
静まり返る会場。
「――これが、錬金術の秘宝“賢者の石”だ!」
伯爵の声を合図に、お嬢様がシュルリとクロスを取り去った。
――中から現れたのは、頑丈そうなガラスのケースに収められた深紅の宝石。
遠くてよく見えないが、大きさは大人の拳ほどだろうか。
ティアドロップにカットされた透明の宝石が、霧の隙間から差し込む太陽の光を受け燃えているかのように赤々とした輝きを放つ。
『おぉ〜……!!』
取り巻き達から大袈裟とも思える感嘆の声が上がる。
一方の野次馬達は皆キョトンとした顔。
普通の人間から見れば、所詮ちょっと大きな赤い石だ。
「親分。あれが親分達の言ってた“賢者の石”っスか? アタイにはただのデカい宝石にしか見えないっスけど」
盗賊マントさんが耳打ちで確認してくる。
「んー、ここからじゃ流石に遠すぎて分かんねぇな。ただ、少なくとも形状はルルさんのお父さんの研究ノートにあった物と酷似してる。ティアドロップ型の赤色透明な結晶」
「……ちなみに、あれが本物の“賢者の石”っていう可能性はあるんスか?」
「どうだかな……俺も本物なんて見た事ないし。ティンクはどう思う?」
「本物な訳ないでしょ」
さも興味なさげにピシャリと言い切るティンク。
「随分ハッキリと言い張るな」
「……別に。こんな所に伝説級のアイテムがあるとは思えないし。まぁ、知らないけど」
何だ? 少し不機嫌な様子だけど……何かあったか?
何せ、どうにかしてあの石を近くで見ることは出来ないだろうか……。手に取って少し調べさえ出来れば、あの研究ノートのレシピと一致するかどうかは分かる筈なんだけど。
壇上では、キティー・キャットの事なんか忘れてんじゃねえかってくらい満足げに伯爵が取り巻きからの声援に答えている。
こんな茶番にもいい加減飽きて来た頃……
「――っ! 親分、来るっス!!」
盗賊マントさんが声を上げたとほぼ同時に――広場の一角にある植え込みからけたたましい炸裂音が鳴り響く!
そして、モクモクと白い煙が立ち上がってきた――
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