06-19 子猫を待つ人々

 ――翌日。

 いよいよ迎えたイベントの当日。


 盗賊マントさんとティンクを引き連れて、会場となるジェルマン邸前の広場へと向かう。


 イベントは正午から。

 盗賊マントさんの時間制限も考えて早すぎず遅すぎず、開始の1時間前に広場に来たわけだけど……広場は既に人で溢れかえっていた。


「ひぇ〜凄い人っスね。正直泥棒が仕事するような状況とは到底思えないっスけど」


 会場の人混みを見渡しながら盗賊マントさんがやや引き攣ったかおで驚きの声を上げる。


「盗賊マントさんがそう言うなら、まさにスピカお嬢様の狙い通りになったって事だな。えっと……舞台はあそこに見える演壇えんだんか」


 屋敷の正面に、昨日は無かったはずの大きな台が設置されている。

 業者さんが組み立ててたのはコレだったんだな。昨日の段階では骨組みがあっただけだったが、白い布で綺麗に覆われ立派な演壇となってる。

 大人の肩くらいの高さがあるので、これなら人混みの外からでも十分に見えるだろう。


 会場を見渡すと、人の輪から少し離れた場所に警官隊の姿が見えた。

 その隊列からさらに少し離れた場所、広場の片隅にある木陰にシャーロ警部の姿があった。

 慌ただしく行き来する警官達を尻目に、木にもたれかかってぼーっと広場を見てるけど……あの人、仕事しなくて怒られないのか?


 舞台を囲む人の列ももはや最後尾くらいだし、今から並んだところで大きく変わらないだろう。それなら何か新しい情報が入ってないか探ってみようというティンクの提案で警部に話を聞きに行ってみる。


 ……


「あら。随分と余裕じゃない?」


 馴れ馴れしく声を掛けるティンク。

 突然話しかけられ警戒したように振り向くシャーロ警部だったが、俺たちだと分かると締まりのない笑みを浮かべて相手をしてくれた。


「あぁ、昨日の。来てたのか」


「はい。一応この為にロンドまで来たので。……でも、この人の数じゃ身動きも取れなさそうですね」


 溢れかえる人の波を見渡して呆れたように笑ってみせる。


「あぁ。まぁ、街に入ってきてる冒険者の数からしてそこそこの騒ぎにはなると思ってたが――まさかここまでとは。キティー・キャットも人気者だなぁ。予想外の規模で警察もてんてこ舞いだよ」


 苦笑いし頭をかくシャーロ警部。もちろん、ここに来る人達に人気なのはキティー・キャットではなく賞金の方だ。それは分かった上での皮肉だろう。


「こんな所でボーッとしてて良いの? 他のみんなは忙しそうだけど」


 呆れ顔で言うティンクのすぐ横を、警官達がバタバタと走り抜けて行く。


「俺は聞き込みや調査が専門でね。警備班じゃないんだよ。それに――今更慌てた所でしょうがないだろ。知ってるかもしれないが、キティー・キャットは変装の名人だ。もし既に会場に来てるならとっくにこの人混みに紛れてるさ。一人一人確認していく訳にもいかないし、こうなったら向こうが動くまで待つしかない」


 そう言ってダルそうに木陰にしゃがみ込む警部。


「……そういえば、イベントって何をするんですか? 一般には知らされてないって話みたいですけど」


 同じように隣にしゃがみ込み、ダメ元で聞いてみる。警察なら何か知ってるかと思ったけど……さすがに部外者には教えてくれないか?


「……本当は口外しちゃダメなんだが、特別に教えてやろう。昨日聴き取りに付き合ってくれた礼だ。――まぁ、別にそんな大した事はないさ。時間になったらサン・ジェルマン伯爵が"賢者の石"を持って壇上に登る。そこで自慢話を披露するだけだ。あの伯爵、有名なアイテムコレクターだって知ってるか? これまでも珍しいアイテムを手に入ちゃ披露会という名目の自慢大会を開てたらしい。いつもは奴に媚びへつつらう身内ばかりの集まりだったが、それの大規模なやつだ。本人もさぞご満悦だと思うぞ。……キティー・キャットの件が無ければ、だけどな」


「なるほど。演説の最中に“賢者の石”を盗み出せればキティー・キャットの勝利、無事に演説を終えられれば伯爵の勝ち、という事ですか」


「まぁ、具体的なルールが提示されてる訳ではないけどな。奴が演説中を狙ってくるという確約も無いが……演説中以外、石は屋敷の中で厳重に保管されている。狙うなら警備が手薄になる演説中か、運搬の途中だと思ってまず間違いないだろうな」


 そこまで話して警部は演壇の方へ視線を送る。周囲は既に重武装で身を包んだ衛兵達が包囲しており、荒くれ者だらけの冒険者たちと睨み合い何となく空気が物々しい。

 まぁ、外国から来た冒険者にとってはジェルマン伯爵の威光も効果薄だろうからな。

 大変だなぁ。



「――ところで。警部さんは、奴が何処から来ると思うっスか?」


 ずっと黙っていた盗賊マントさんが徐に口を開いた。


「……そちらのお嬢さんは?」


 シャーロ警部が俺に問いかけてくる。

 そっか。昨日警部と会った時は盗賊マントさん居なかったな。


「あぁ、ツレです。キティー・キャットを掴まえる為に地元から一緒に来たんです」


 適当に誤魔化す。


「アタイの見立では選択肢はそう多く無いと思うっスけど。屋敷に潜んだとしても距離があって狙えない。他に会場を見渡せるような高い建物も無し。広場は見渡しが良く隠れる場所も無い。となると、もしアタイが犯人なら――下水道とかっスかね?」


 下水道――そういえばルルさんが言ってたな。

 ロンドの地下には水路が張り巡らされていて、人も通れるようなトンネルが縦横無尽に走っているらしい。その地下道への入り口がそこかしこにあるそうだ。


「中々の名推理だな。だがそれは警察も想定済だ。昨日のうちにこの辺りの水路への入り口は全て閉鎖済みだよ」


 してやったりと自慢げに答える警部。


「なるほど。退路は無し……となると強襲して奪い去るって手は中々難しそうっスね」


「これだけの人混みを掻き分けての強行突破はさすがに無理だろう。十中八九、得意の変装でだまし取る算段だろうな。――つまり、"賢者の石"に近づく人物にだけ注目しておけばそれでいい」


「――となると怪しいのは伯爵自身と、その傍に居るだろうお嬢様や使用人ね! 絶対そのうちの誰かに化けてるはずよ」


 ティンクが腕組みをし、さも名推理を披露したような顔でうんうんと頷く。


「残念。勿論それも想定済だ。伯爵やお嬢様、その他演壇に近づく者は全て直前に警察が身体検査をする。関係者に化ける事も不可能だ」


「……へぇ。庶民嫌いのあの伯爵がよく了承したわね」


「それがな……あの伯爵、屋敷に捜査員を近ける事だけは頑なに拒否するが、それ以外の事には割と協力的なんだよ」


 警部が唸りながら不思議そうに首を傾げる。


「それ程までに屋敷に人が近づくのを嫌がるのにこんなに人が集まるイベントを開くなんて……何を考えてるかよくわかりませんね」


「そうだな。――もしくは、本人の意図せぬ所で事が進んでるのか」


 そういえば……今回のイベントは伯爵の意図ではなく、スピカお嬢様の発案だって言ってたな。



「――っと、話が長くなっちまったな。そろそろ始まるぞ。お前らも早く広場に戻りな。あ、あと怪我しないようにな」


「分かりました。警部さんもお気をつけて」


 シャーロ警部さんと別れ、さっきよりもさらに一回り膨れ上がった人だかりの最後尾へと戻る。

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