05-09 欲名は“色欲”

 数日後の昼下がり――



「こんにちは。今、大丈夫かしら?」


 フードを深々と被り顔を隠しながら店の中を覗き込んでくるお客さん。

 どこからどう見てもシェトラール姫だ。

 一応お忍びのつもりなんだろうが、それならまず外に停めてる豪華な馬車とお付きの兵士をどうにかした方が良いと思う。


「いらっしゃいませ。どうぞ」


 ちょうど他に客も居ななくて良かった。


「あら! いらっしゃい! また何か悩み事?」


 食器を片付けていたティンクが姫様に気付いて玄関まで出迎える。


「いいえ、こないだの代金を支払いに来たの」


 そう言って現金の入った袋をカウンターの上に置く姫様。パンパンに膨らんだ小袋がドサリと重い音を立てる。


「な、なんか多すぎませんか?」


「知らないわ。じいやに言って適当に用意させたから。別に多い分には困らないんでしょ?」


 いやいや、どう考えても提示した額の倍以上は入ってるぞ。


「い、一応確認させて貰いますね」


 袋を開け中に入っている硬貨を数える。


 ……


「――ねぇ、マグナス」


「はい、何ですか?」


 ちょっと、数を数えてる時に話しかけないで欲しいんだけど……ん? マグナス? そういえば初めて名前で呼ばれたような。


「あなた――王宮錬金術師に興味は無い?」


「……王宮錬金術師? 興味ってどういう事ですか?」


 ニコニコとこっちを見つめる姫様だが、その質問の意図が分からない。


「実は、キロスが今回の件で王宮を追放になったの。調べてみたらアイツ、このお店に悪党を仕向けてたんでしょ? 何で言わなかったのよ!? 他にも調べるたびに余罪が出るわ出るわ」


 まぁあの様子じゃこれまでも真っ当な商売はしてなかったんだろうけも、さすがに私利私欲で王女様に薬を盛ったとなると王宮も黙ってはなかったか。


「それでね、王宮錬金術師の席が空いたから――私がマグナスを推薦してあげても良いかなーって思って!」


「俺を王宮錬金術師にですか!?」


 いやいや、10才そこそこで一般の錬金術師が王宮入りなんて聞いたこと無いぞ!?


「そうよ! 錬金術師としてまたと無いチャンスでしょ!! ……そ、それに。もしマグナスが王宮に来てくれたら、私も嬉しいって言うか……」


 急に小声になって何だかモジモジとし始めるシェトラール姫。

 ん、何だろう? 何か良からぬ事に巻き込まれようとしている予感が……。


「ち、ちょっと待ってよ! マグナスは私の――この店の店主よ。いくらシェトラールのお誘いでも勝手に連れてかれちゃ困るわ!」


 慌てて止めに入るティンク。


「もちろんマグナスだけじゃなくて、ティンクも一緒よ! 王宮なら研究費も自由に使えるし、モリノじゃ手に入らない素材も自由に取り寄せられるわ。城の書庫には貴重な書物も沢山あるし――悪い条件じゃないと思うけれど?」


 確かに錬金術師なら誰でも喉から手が出る程に羨む高待遇だ。王宮入りを目指して一生を修行に費やし、それでも叶わない錬金術師なんて世の中に五万と居る。けれど……


「――姫様! すいません。悪いけど俺はこいつと2人で店をやってくって決めたんです。王宮には行けません」


 お誘いは素直に嬉しいし、またと無いチャンスなのも間違いないだろう。

 それでも、じいちゃんに託された工房と、ティンクと一緒に開いたこの店を閉めてまでして王宮へ行くという選択肢は俺には無い。


 返事を聞いて残念そうに下を向くシェトラール姫。けれど、すぐに顔を上げて俺たちを見てニッコリと笑った。


「まぁそれはそうよね。こんなに可愛い彼女とせっかく二人きりなんだもの。私が入り込む隙なんて――」


 ――丁度その時。


「ただいま帰りました!」

「ご主人様、私ちゃんとお買い物出来ましたよ〜!」

「ふふ、そうね。偉い偉い」


 買い物に出ていたちびっ子たちと、付き添いをお願いしていた万能薬さんが帰ってきた。

 女子だらけになり店内が一気に賑やかになる。


「おー、お帰り。お前らありがとなー。バンさんも付き添いお疲れ様です」


 荷物を受け取り、自慢げにお使いの報告をするちびっ子達の頭を変わるがわる撫でてやる。

 嬉しそうに抱きついてくる麻の服ちゃんと、ヤキモチを妬いてかそれを俺から剥がそうとする木の盾ちゃん。


「……な、なにこの状況? マグナス、貴方どれだけ女の子を囲ってるのよ……!?」


 何故か姫様が突然肩を震わせて怒り出す。


「へ? ――えっ!? 何か凄い勘違いをしてないですか!?」


 俺の言い分も聞かず、姫様はさっさと店を出て行ってしまった。



 ――



 再び数日後――。


「マグナスー。アンタ宛に何か立派な書状が届いてるわよ」


 ティンクがなにやら分厚い封書を持ってきた。


「何だこれ? 送り主は……統一錬金術協会!?」


 世界各国の錬金術師で構成する、業界最大手の国際機関からじゃねぇか!!


「あんた何やらかしたのよ。あ、こないだの暴力沙汰でやっぱり資格剥奪かしら」


「マ、マジかよ!? シャレになんねぇって……」


 慌てて封を開けると、横からティンクも興味津々で覗き込んでくる。


 中には――何やら賞状のような物が。


『錬金術師マグナス・ペンドライト殿。モリノ王国からの強い推薦を受け、貴殿に“欲名”の称号を授与する。


 欲名よくな――“色欲の錬金術師"


 数多の女性を意のままに付き従わせたいというその“色欲”は賛辞に値する。今後とも益々の活躍と錬金術への貢献を期待する」



「あら、凄いじゃない! その歳で"欲名持ち”なんて。シェトラールに感謝ね!」


 嬉しそうに賞状を掲げるティンク。


「――“色欲”? 色欲って何だよ? やりやがったな、あのおてんば王女がぁぁ!」


 こうして、俺は“色欲の錬金術師”という不名誉極まりない欲名を手に入れてしまったのだった。



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