05-08 今後ともご贔屓に!
「――失礼します!!」
玄関ドアを開けて外で待機していた兵士たちが店内に駆け込んでくる。
「お二人とも大丈夫ですか!? 何か大きな物音が――キロス様!?」
キロスの首元をねじ上げる俺を見て兵士が咄嗟に剣を抜く。もう一人は床に座り込む姫様を庇うように俺との間にまわり込んだ。
その様子を見てにんまりと口元を歪めるキロス。
「おい、お前たち! 見て分かるだろ! こいつ、無抵抗な僕に向かって暴行を働いたんだ。王宮錬金術師であるこの俺に向かってだぞ! 直ぐに逮捕しろ! いや、こんな危険因子はこの場で斬り捨てろ!!」
「し、しかし、一般人相手にさすがにそこまでは……」
剣を構えたまま戸惑い互いに顔を見合わせる兵士たち。
さすがにいきなり斬り捨てられはしないだろうけど、俺がキロスを殴って首を締め上げたのは事実だ。
コイツの言う通り相手は王宮錬金術師。逮捕と投獄は免れないだろう。
(抵抗しても事態は悪化する一方だな……)
キロスから手を離し、両手を上げて抵抗の意思が無い事を示す。
「ゴホッ。クソッ! とんだ目にあった……! おい! さっさと連れて行け!!」
キロスに背中を突き飛ばされ、倒れそうになったところを兵士に捕縛される。
「マ、マグナス!」
慌てて駆け寄ってくるティンク。
「大丈夫だ。……しばらく留守にするけど、店を頼むぜ」
目で合図を送り、これ以上抵抗するなと伝える。ここで下手に暴れればティンクまで逮捕されてしまう。
「はっ? 店が続けられるとでも思ってるのか!? こんな店、即刻営業停止に決まってるだろ! ほら、さっさと行くぞ! 僕が直々に尋問に付き合ってやるからな」
キロスに急かされた兵士が俺を引きずるように玄関へと連れて行く。
心配そうな顔でこっちを見つめるティンク。
俺は逮捕されたところで構わないけれど、こいつだけはどうにかしてやらないとな。父さん達がどうにかしてくれるとは思うけど……あぁ、家族の皆んなにも迷惑かかっちまうだろうな。
今更になって、暴力に頼ってしまった事を少しだけ後悔していると……
「――待ちなさい。私の恩人に何をする気」
少し震えながらも凛とした声が店内に響き、その場に居た全員が一斉に声の方に振り向く。
見ると、袖で顔を拭きながら姫様がゆっくりと立ち上がった。
「その人から手を離しなさい」
真っ赤に腫れた目で兵士を睨みつける姫様。
「し、しかし……」
兵士は戸惑いないながら姫様とキロスを交互に見る。
「黙りなさい! ――私が誰だか分からない訳じゃないわよね!?」
「は、はっ! シェトラール・デルタグランテ・モリノ第三王女にあられます!!」
兵士達が敬礼し一斉に姿勢を正す。
「分かってるならすぐにその人から手を離して、そこのキロス・モーリアを逮捕しなさい。そいつは私に惚れ薬を盛って意のままに操ろうとしたのよ。錬金術師マグナス・ペンドライトはその企みから私を助けてくれたの。あなた達が今手を掛けているのは私の恩人よ」
「なっ、それは失礼致しました!」
慌てて俺から手を離すと深々と頭を下げる兵士。
「ひ、姫様、お待ち下さい! 何を仰って……」
しどろもどろになりながら姫様に歩み寄るキロス。だがそばに居た兵士が間に割り込みそれを阻止する。
兵士を睨みつけながら、苦虫を噛み締めるような顔で姫様に向かって吐き捨てる。
「――姫様! もう一度よくお考えください! お分かりなのですか!? もしここで私が逮捕されればあなたは……」
そう。キロスが居なくなれば姫様は王宮でまたひとりぼっちだ。その寂しさにキロスがつけ込んだのがそもそも今回の事件の始まり。姫様の弱みをキロスは的確に理解している。
けれど……姫様の気持ちはもう揺るがなかった。
「……連行して」
「はっ! キロス・モーリア。お前を国家転覆罪で緊急逮捕する」
兵士たちがキロスを両脇から抱え店の入り口へと引きずって行く。
「は、離せ! 僕は王宮錬金術師だぞ! お前達、分かってるのか――!?」
「煩い、黙れ! 話は牢獄でたっぷりと聞かせて貰う」
抵抗も虚しく、そのままズルズルと連れ出され馬車に放り込まれたキロスは連行されて行った。
――――
「お疲れ様! あんたもやるときはやるじゃない! 王宮錬金術師を殴るなんて、珍しく無茶するからヒヤヒヤしたけど」
俺の肩をポンと叩き、ティンクがニヤニヤ笑いながら顔を覗き込んでくる。
「別に。同じ錬金術師として、て言うか……同じ男として何だかむちゃくちゃムカついただけだ。前にやられた借りももあるし、一発くらいいいだろ」
「まぁ、後の事はシェトラールに任せましょ」
そう言うと、涙でグシャグシャの姫様の顔を手にしたハンカチで拭いてあげるティンク。
「……ご、ごめんなさい。あなた達には沢山迷惑を掛けたわね。思ってた形とはちょっと違うけれど、報酬はしっかりとお支払いするわ」
涙を拭いて俺の方へ向き直る姫様。
「……いえ。まだ報酬は受け取れません」
「え? どういう事? 金額なら言い値で支払うわよ……」
「最初にご来店された時に説明しましたが、うちは便利屋です。お客さんの悩みを解決するのが仕事なんです。今回まだ姫様の悩みを解決出来てないでしょ?」
「……もういいわ。キロスの事はこれで吹っ切れたもの。悪い夢から覚めたみたいだわ。ありがとう」
姫様がまたいつもの寂しそうな顔で笑う。
「――そうじゃなくて! あの、俺、王宮の事とか政治の事はあんまり詳しくないですけど、一生懸命勉強して話とか出来るようになるんで。だからいつでもグチとか言いに来てください! 別にお客としてじゃなくて良いんで、いつでもうちに遊びに来てください! 俺と友達になりましょう!!」
「と、友達? 私と!? 私、王族よ?」
確かに、ただの一般市民が王女様と友達になりたいだなんて、無礼にも程がある。でも姫様が今言いたいのはそんな事じゃないってのは分かる。
「さっき姫様ご自身が、身分の差なんて気にしないって言ってたじゃないですか! それとも、下級貴族の友達なんて恥ずかしくて周りに言えませんか?」
「……い、言えるわよ! 何で他人に私の交友関係まで口出しされなきゃいけないのよ! 何も問題なんて無いわ!」
すっかりいつもの調子を取り戻し、高飛車な感じで笑ってみせる姫様。
続いてティンクの方を振り返ると、少し緊張した様子で問いかける。
「あ、あの、ティンク。あなたも私とお友達になってくれる?」
「私は無理ね」
間髪入れずに答えてフイッと顔を背けるティンク。
――お、おいーー! お前空気読めよ! いくら面倒くさがりなお前でも、ここは断るところじゃないだろ!?
「そ――そうよね! 図々しくてごめんなさい」
顔では笑いながらも、今日一番の哀しそうな目で俯く姫様。
そんな姫様を見てティンクはニタリと笑った。
「全くよ。私はとっくにシェトラールのこと友達だと思ってたのに。なによ、今更“友達になってください”だなんて。……あーあ、傷ついたなぁ」
両手で顔を覆ってわざとらしく泣き真似をしてみせる。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ!」
慌てて駆け寄り、涙目で謝る姫様の頭をヨシヨシと撫でるティンク。その様子を見て揶揄われたと気付いたのか、頬を膨らませティンクの胸をポコポコと叩くシェトラール姫。
一国の姫君を手玉に取るとか……恐ろしい奴だな、お前は。
「あぁ、実は俺、王宮にちょっとした知り合いがいるんです。そのツテもあるから、姫様が遊びに来やすいようにお願いしておきますね」
「あら、そうなの? どこの大臣かしら? それとも騎士団?」
「いや、髭じぃ……エイダン前国王と、うちのじいちゃんが錬金術仲間だったんです」
「――! 待って、そういえば思い出したわ。お祖父様が前に仰ってたの。昔モリノに凄腕の錬金術師がいたって。その名前が確か……」
驚いたように顔を上げ、窓の外に見える看板へ目をやる姫様。
「はい! 錬金術の便利屋“マクスウェル”! お店の方も、今後とも何卒ご贔屓に!」
こうして姫様の“惚れ薬”騒動は――俺たちが姫様のお友達になる、という意外な解決方法で結末を迎えたのだった。
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