第6章 盗賊マントと霧の国の大泥棒

06-01 ある初夏の日

 ――“賢者の石”


 錬金術に携る者なら誰もが一度は耳にした事のある伝説のアイテム。


 その効能に関しては様々な説があるが

『石ころを貴金属に変化させる』

『永遠の命をもたらす』

『神に等しい知識を得られる』

 など、どれも現実ではあり得ないと思うような物ばかり。


 その製法も姿形さえも未だにはっきりしておらず、錬金術師の中でも半ばおとぎ話として定着しつつある。

 実際のところ”賢者の石”を真面目に研究しているのは、金持ちの道楽、学問として錬金術の道を極めんとする学者や、国の命令を受けた王宮錬金術師などごく一部の連中だけで俺みたいな“職業錬金術師”にとっては縁の無い話だ。


 ――と、思ってたんだが。


 まさかそんな俺が“賢者の石”に関する騒動に巻き込まれる事になるなんて、夢にも思わなかった。




 ―――――




「あ〜。暑ぃーー」


 今日も朝から快晴。


 まだ午前中だというのに気温はぐんぐん上がり夏が近いのを感じさせられる。


 蒸し蒸しとする店内では開け放った窓から時折入ってくる風が唯一の涼けさだ。


「ねぇ〜。空調用の“恒冷氷柱こうれいひょうちゅう”買ってよー……。お店がこんなに暑いとお客さんも来てくれないって〜。町で唯一の“欲名持ち”錬金術師でしょー!」


 カフェのカウンターに項垂れながら、ティンクが恨めしそうにこっちを見る。


 ――そう。シェトラール姫の推薦で、俺は僅か16歳にして“欲名持ち”の錬金術師となった訳だ。


(こりゃ一気に噂になって店の売り上げもグングンアップ間違いなしだな! そしたら店の改装やら増築も考えないといけないし……いやいや、それよりも工房ごと王都に引っ越して――)


 などなど順風満帆な妄想をしてた訳だけど……実際には客足は横這い。むしろちょっと減ったか?


 理由は明白。“欲名持ち”ったって“色欲”だぞ。

 16歳の多感な男子が“色欲”って。

 錬金術を知らない一般の方々からは明らかに不審がられている。


 両親に報告した時も『お、おぅ。そうか……まぁ、ほどほどにな』とか言われてかなり気不味かったじゃねぇか!!

 あの姫様、今度会ったら覚えてやがれ……!


 まぁそんな訳で、うちの店は相変わらずの経営状況だ。



「無茶言うなよー。あれ高いんだから。欲しけりゃカフェの売り上げから捻出してくれー」


 ブンブンと手を振ってティンクの提案を却下する。


「えー! 2人で使うんだからせめて折半でしょ!? てかそもそも店長はあんたで私は労働者なんだから、店の備品はそっち持ちでしょー! 労働環境の改善を求めるー!」


 足をバタバタとさせながらカウンターで1人暴れるティンク。暑くてたくし上げているスカートの裾からチラチラと覗く白く細い太ももが何ともエロい。


 ……そんな事はさておき、なんにせよ無い袖は振れない。


「俺は別に暑くても平気だし。欲しけりゃ自分で買いなさい。却下」


「えー! ケチ!! ふんだ! もし私が買ってもアンタには使わせてあげないからね!」


 頬を膨らませてドカドカとキッチンへ歩いて行くティンク。湧き上がったお湯をティーポットに注ぎながら慎重にお茶の香りを確認する。

 夏に向けて、最近はアイスティーの研究に余念が無いらしい。


 にしても……確かに暑いは暑いな。

 夏本番までにはどうにか予算を捻出するか。



 ――そんな事を考えていると、店の外から何やら話し声が聞こえてきた。


『ここでよろしいですか?』


『――えぇ、一旦そこに置いて。あ、ぶつけないように気をつけてね!』


『はい。おい、こっちから降ろすぞ! 気をつけろ』


 何人かの男女が声を掛け合い、店先にドカッと重い物が置かれたようだ。


(何だ……?)


 ドアが開かれ入ってきたのは――常連客のカトレアお嬢様だ。


「こんにちは!」


 元気よく挨拶するお嬢様。

 最近はすっかり元気になって、病弱だった頃のイメージとは程遠い。

 その変わりっぷりは貴族仲間の間でも噂になっているそうで、何よりティンクの影響がでかいんじゃないかと一目置かれているらしい。

 まぁ良い影響なのかどうかはわからないが……。



「ねぇ、ティンク! いい物持って来たんですよ! 見てください!」


 そう言って玄関の外を指差すお嬢様。


「どうしたの? そんな嬉しそうに」


 エプロンで手を拭きながらキッチンから出てくるティンク。

 玄関の外を覗くと――そこには胸の高さ程ある綺麗な氷柱が置かれていた。


「え!? それもしかして――恒冷氷柱!?」


「はい! お屋敷で新しい物を買ったので、余った古いのを持って来たんです。ティンクが欲しがってたなと思って」


「え、え!? いいの!?」


「もちろん! 少し古い型だけど、このお店の広さなら十分に冷えると思います。私もお店は涼しい方が嬉しいから」


「カトレアー!! ありがとうー!」


 ティンクが涙を流しながらカトレアに抱きついた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【恒冷氷柱】

 魔力を秘めた特殊な氷柱を使った空冷装置。主に夏の暑さを凌ぐ為に使用する。

 大型の物ほど冷却機能が高く、お城のホールなどには見上げる程のサイズの氷柱が綺麗に装飾されて置かれていたりする。

 非常に便利な装置ではあるが、使用しない春や秋の間も微弱ながら魔力を与え続けなければならず維持費は高い。そのためモリノでは一般家庭の普及率は2割程度だとか。

 うちの母家には昔からあった。サンキューじいちゃん。

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