第5章 お姫様の惚れ薬

05-01 ついに完成、惚れ薬

 翌日。


 今日は頼んでもいないのに何故かティンクが朝飯を作ってくれた。

 昨晩怒らせてから(?)まともに顔も合わそうとしないし、これは今日もさぞご機嫌斜めだろうなと覚悟してたんだけど……むしろいつもよりサービスが良い。

 これはいったいどういった状況なんだろうか。

 そういえば……いつも朝は寝癖でボサボサな長い髪も、今日は綺麗にとかして整えてある。


 俺が居ない間に何かあったんだろうか……?


「――! な、なにジロジロ見てるのよ!?」


 やべっ。状況把握のために観察してたらバレた!


「い、いや。今日はいつにも増して可愛いなぁと思って」


 これ以上怒らせると厄介だ。咄嗟に思いついた言い訳が口を割いて出る。

 とはいえ、流石に胡散臭過ぎるか――!?


「そ、そう? 別にいつもと同じだと思うけど……ありがと」


 な、何だー!? いったい何が起きてる!? いつもの調子だったら絶対食って掛かってくるだろ!?

 怖い……。返ってめちゃめちゃ怖いんですけど。


『君子危うきに近寄らず』


 遠い異国のコトワザだ。さっと朝食を食べ終え、そそくさとさ工房に退避することにした。



 ……



(さて。それじゃさっそく仕事にかかりますか!)


 まず、必要な大量の素材を机の上に並べる。

 ソーゲンで採ってきた素材以外で足りなかった物は留守中にティンクが買い揃えておいてくれた。


 竈に火をくべて火力を調整する。

 今回は火加減が重要。高温になりすぎないよう注意して弱火に留める。


(水が温まるまでの間、植物系素材の下処理から始めよう)


 乾燥した"雪下人参"を手で細かく砕きすり鉢へ。

 "ツキヨダケ"と"オボロ草"は薬研やげんにかけてすりつぶす。


 お次は“冬虫夏草”。……要は特別な菌類に寄生された虫だな。コレ系の素材は正直な所あまり得意ではない。見た目も結構エグイし。

 他の植物の下に隠すようにしてなるべく見ないようにすりつぶす。

 これらを丁寧に混ぜ合わせると……深緑色の粉末が出来上がる。


 "竜眼肉りゅうがんにく"は乾燥品でも良いけれど、新鮮な方が効能が上がるらしいので今回は生の物を使う。

 “竜眼”の実の硬い殻を割ると中からプルプルとした“竜眼肉”が出てきた。

 あ、ちなみに“竜眼”といっても本物のドラゴンの目玉じゃない。植物の一種だ。

 麦藁色をした果実の中に白いゼリー状の実が詰まっており、その中心には黒い大きな種がある。その見た目が目玉に似ている事からこの名がついたらしい。


 そんな雑学のおさらいはさておき、火の通りにくい動物系素材から先に釜へ投入していく。


 まずは"ドクマムシの尻尾"と"サソリの毒針"から。

 手袋を嵌めて慎重に瓶から取り出し、釜の中へ投入。

 生体に比べて毒性は極めて弱くなってるとはいえ、素手で触るとかぶれたりする事もあり危険物だ。

 本来は絶対に口になんかしちゃいけない代物だけれど……てか、この“惚れ薬”のレシピ。素材の9割が本来口にしちゃダメな物ばっかりなんだけど、本当に大丈夫か!? 作っててだんだん不安になってきた。


 あ。"噛付き亀の甲羅"を忘れてた。

 正直こいつが一番厄介だ。


 そのまますり鉢に入るような代物じゃないので、ハンマーで粉々に叩き割る。これが中々の重労働。

 ある程度細かくなったところで荒めのすり鉢で粉末状にすり潰す。白い粉が舞い立ち鍋が焦げたような独特の臭いが工房の中に漂っていく。臭い。



 最初に入れておいた素材からある程度エキスが溶け出た事を確認し、よくかき混ぜ釜の中に水流を作り……そこに粉末状にした"嚙付き亀の甲羅"をパラパラと落とし入れると、水面に浮いた白い粉が渦を描き出す。


 立て続けに植物系の素材を混ぜた深緑色の粉末を投入。

 2色の渦が徐々に混ざり合いやがて水面が薄緑色に輝き出した。


(よし、いい具合だな!)


 "竜眼肉"と"ラミアの鱗"をパラパラとまんべんなく投入し、そして最後に――


 瓶の中の"サキュバスの残り香"をスポイトで慎重に吸い出す。


(ここが今回のキモ!)


 入れる量を間違えると全部がパーになるらしい。

 慎重に量を測り――釜の中へと取り分けた全量を一気に垂らす!


 釜から立ち込めていた淡い光がピンク色に変色したら……


(よし、後は――じいちゃん直伝の"惚れ薬"の魔法レシピを発動!)


 釜が放つピンクの光が一際と眩しくなり、工房の中に閃光が走った!


 釜から飛び出して来たポーションを、がっちりとキャッチ!


 手の中に収まったのは――香水瓶のような可愛らしい形をした容器に入ったピンク色の液体。


「出来た! 【惚れ薬】のポーションだ」


 ひとまず錬成には成功したようでほっと胸を撫で下ろす。


 ……とはいえ、俺の錬金術の場合ここからが本番だ。

 万能薬さんの時みたくまずは惚れ薬さんにシェトラール姫の話を聞いて貰って、そこから対策を練る。肝心なのはその先になる。



「――あら、上手い事いったみたいね」


 さっきの閃光で気が付いたのか、工房のドアを開けてティンクが顔を見せた。

 机に置いた惚れ薬のポーションを見つけると、手に取って物珍しそうに揺らして眺めてみせる。


「へぇ〜、これが惚れ薬のポーションなの?」


「あぁ。お前見た事無かったのか?」


「ええ。ページーが熱心に研究してたのは知ってたけど、実際に作った所は見た事無かったなぁ」


「そっか。それはよかった」


 じいちゃんがこのアイテムでいったいどれだけの悪事に手を染めていたのかが心配で、実は気が気じゃなかったんだけど……その辺は節操があったんだな。

 一瞬でも疑って悪かったよ、じいちゃん!

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