4-14 バッカじゃないの!
「そういえば、あいついつ頃帰って来るんだっけか?」
シューがキッチンのティンクに問いかける。
「さぁ。1週間程って言ってたからあと数日はかかるんじゃない?」
「ラミアとサキュバスの討伐でしたっけ?」
「うん。……はぁ、あいつ戦闘はダメダメだけど大丈夫かしら」
ティーポットに茶葉を入れながらティンクが溜息をつく。
「大丈夫だろ。向こうの錬金術師が面倒見てくれてんだろ。何がそんな心配なんだ?」
「サキュバスって美人の女の人に化けて男に近づいてくるんでしょ? あいつのことだからまんまと騙されるんじゃ……」
再び溜息をつきながら頭を抱えるティンク。
「あーそういえば……ソーゲンのサキュバスは特別厄介だって聞いたことがあるな」
「何ですかそれ? 特別強力な魔法を使うとか?」
カトレアが興味深そうにシューの顔を見る。
「いや、魔法ってか幻術の類いだろうな。サキュバスってのは、いろんな男から学習して徐々に万人受けするような美人に化れるようになっていくんだ。経験豊富なサキュバスの方がより美人に化けれるって訳だな」
「……はぁ、サキュバスも大変ね」
蔑んだような目でシューを見ながらお茶を出すティンク。
「……いや、何でそんな目で俺を見るんだよ。……で、ソーゲンのサキュバスの場合その能力が特殊でな。――なんと、狙った男の心が読めるんだと。それで、獲物が無意識下で思い描く絶世の美女に化ける事が出来るんだとさ! だからソーゲンじゃガキの頃にサキュバスに狙われた男は、その美しさが忘れられなくて将来婚期が遅れるとかなんとか、そんな言い伝えまで有るらしいぞ」
「へー、いいじゃない。自分が思ってる理想の女性を客観的に見れるんでしょ? 中々無い機会ね」
ティンクが自分のお茶に口を付けながら答える。
「え、じゃあマグナスさんがソーゲンで見たサキュバスが、マグナスさんの思う理想の女性像って事になるんですよね!? 一体どんななんでしょうか!? 誰に似てるとか……気になります!」
「よし、帰ってきたら聞いてみようぜ!!」
興奮して目を輝かせるカトレアと、揶揄うように意地悪く笑うシュー。
「素直に言うかしら?」
そんな2人とは対象に、ティンクはさして興味も無さそうに呟く。
「どうだかなぁ。ただ、この情報はソーゲン以外じゃあんまり知られてないからな。もしあいつが知らなきゃ上手い事聞き出せるんじゃねぇか?」
「さすがに向こうの錬金術師から聞いてるでしょ」
「まぁ、試しに聞くだけ聞いてみようぜ」
「――あ、噂をすれば!! 帰って来たんじゃないですか!?」
カトレアが店の前を指差す。丁度店の前に馬車が停まるのが窓から見えた。
御者と何かやり取りをしているのか外から話し声が聞こえ、暫くするとドアを開けてマグナスが入ってきた。
「あ、ホントだ。思ったより随分と早かったわね。おかえり」
店の入り口まで出て荷物を受け取るティンク。
「ただいま。あぁ、ラミアもサキュバスも思ったより順調に見つかってな。助かったぜ」
口ではなんだかんだ言いながらも、側から見ればそのやり取りはまるで息の合った夫婦みたいだ。その様子が微笑ましくてつい顔を見合わせて微笑むシューとカトレア。
マグナスがカウンターに腰掛けると、シューとカトレアが急かす様子で詰め寄ってくる。
「でっ! どうだった!?」
「お、おぅ、いらっしゃい。な、なんだ2人してそんなに興奮して」
2人の様子に驚きながらも、懐に仕舞っていた瓶を取り出して見せる。
「ほら、ばっちりゲットしてきたぜ、サキュバスの残り香!」
自慢げに瓶を掲げるマグナスだったが……
「違います、そうじゃなくて!」
「サキュバスってどんな美人だったんだって話だよ!!」
興奮してさらに距離を詰めてくるシューとカトレア。
「な、なんだ。そっちの話かよ。……シューはともかくカトレアさんまで興味深々って意外だなぁ」
ちょっと顔を引きつらせながら、掲げていた瓶をカウンターにそっと置く。
「いや、それがさ。凄い美人に会えるっていうから俺も少しくらいは期待してたわけよ。なのにさぁ――」
机に置いた瓶を再び手に取って軽い溜息を吐き、玄関先で荷物を片付けているティンクの方をチラリと振り向くマグナス。
「なぁ、ティンク!」
ティンクは振り向きもせず、さも興味無さげにマグナスの上着を片付けている。
「――サキュバスの奴、お前に化けて出てきたんだぜ!」
「――!!」
それを聞いてティンクの肩が一瞬ビクリと跳ねる。
「ぶふぉっ」
思わず吹き出すシュー。
「キャ!」
カトレアは手で顔を覆って嬉しそうに小さな悲鳴を上げる。
「ホント勘弁してくれよなぁ。なーにが絶世の美人だよ。期待して損したぜ」
やれやれと笑うマグナスだったが……。
手に持っていた荷物を机に置き、カツカツと足音を鳴らしながらティンクが早足に詰め寄ってくる。
(え? 怒ってる? ヤバっ、さすがにちょっと言い過ぎたか――!?)
その様子を見てマグナスが咄嗟に後悔していると――
「――ば、バッカじゃないの!」
真っ赤な顔でそう一言だけ吐き捨てて、フイと顔を逸らしそのまま工房の方へと出て行ってしまった。
「……俺、何かまずい事言った?」
「――いえ、全然!」
「上出来だ!!」
嬉しそうに笑うカトレアと、バンバンとマグナスの背中を叩くシュー。
マグナスは何が何だか分からずに、ただただ困惑するのだった。
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