4-13 長い夜が明けて
地下室から戻ると、窓から朝日が差し込み家の中はすっかり明るくなってきていた。
長い夜が明けた訳だ。
「ん〜、もう朝かぁ。このままご飯にしよっか」
大きく背伸びをすると、玄関に行って鍵を開けるナーニャさん。
鍵……? そういえば、昨晩ナーニャさんに追いかけられて逃げようとしたとき玄関に鍵が掛かってて諦めたよな。てっきり家の中に閉じ込められたと思ったけれど、別になんて事は無い。戸締りでただ鍵が閉まってただけだったんだ。
落ち着いて考えたら、内側からなら普通に開くよな。どんだけ、テンパってたんだ俺……。
朝食の前に洗面所に行って顔を洗う。
鏡を見ると、頭や服に干し草が大量に付いていた。2階から飛び降りた時に付いたんだろう。
何だか可笑しくなってしまい、苦笑いしながら1つずつ取り払う。
あんなに怖い思いをしたというのに、こうして明るい朝を迎えてみると全てが夢だったんじゃないかって思えてくるから不思議だ。
夢と現実の狭間に巣食う者――か。
――
着替えを済ませてダイニングに戻ると、ナーニャさんが既に朝食を用意してくれていた。
メインは、たっぷりのハムとレタスを挟んだサンドイッチ。
「とっておきのお肉で作ったハムなの! まだ少し熟成が足りないかもしれないけど、それでも格別だと思うわよ!」
ミルクを注ぎながらにっこりと笑うナーニャさん。
『ソーゲンの錬金術は、まず動物に感謝すること』
ナーニャさんの言葉を思い出し、今朝はいつも以上に心を込めて手を合わせる。
「いただきます!!」
今日のサンドイッチは格別に美味しかった。
……
「そういえば――」
朝食の後片付けをしながらナーニャさんがふとこっちを見て問いかけて来る。
「はい?」
「興味本位で聞くけど――マグナスくんにはサキュバスってどんな人に見えたの?」
何故かニヤニヤと笑うナーニャさん。
「え? あれ? ナーニャさんには見えて無かったんですか?」
「えぇ。サキュバスの幻覚にかかってたのはマグナスくんだけだからね。私にはコウモリみたいな羽の生えた女の悪魔に見えてたわよ。逃げていく前のほんの一瞬見ただけだけど」
「そうなんですね……。そう言えば! サキュバスって綺麗な女性に化けて現れるって話でしたよね!?」
「えぇ。だけどね、ソーゲンのサキュバスはちょっと特殊で――」
「何だよー!! ちょっと聞いてくださいよ! サキュバスのやつ、何を思ったのかうちの同居人に化けてたんですよ!? あー、どんな綺麗な女の人に会えるのか、正直ちょっと期待してたのに!! ……まぁ相手を油断させるには、知り合いに化けるってのはいい作戦かもしれないですけどね。まんまと引っかかった訳だし」
机に突っ伏してブーブーと不満を並べ立てると……ナーニャさんは、洗い物をする手を止めて驚いたような顔で俺を見る。
「……え? なんですか?」
「――ううん! 何でもない。そっかー、マグナスくんは幸せ者だねぇ!」
何だか楽しげに笑うナーニャさん。
「……へ?」
そういえばサキュバスも同じような事を言ってたような……?
その言葉の意図を何度も尋ねたけれど、理由は絶対に教えてくれなかった。
――何にせよ、これで目的の素材は全て揃った。
来る前はだいたい1週間程の滞在になるかと思ったけれど、わずか2泊3日で片付くなんて。
我ながら上々じゃないだろうか。
朝食の片付けが終わると、ナーニャさんが知り合いの交通商に連絡してくれた。
業者さんが運良く空いており、直ぐにでもモリノ行きの馬車を用意してくれるとの事。
正直な所、ゆっくりともう1泊くらいして行きたかったけれど……仕事で来てる以上そう我儘も言ってなれない。
慌てて荷物をまとめていると、ナーニャさんが工房にストックしていたソーゲン特有の鉱石や動物系の素材を持てるだけ持たせてくれた。
程なくして、馬車が丘の下の街道まで迎えに来る。
「ナーニャさん、本当にお世話になりました!」
「いいえ、こっちこそ楽しかったわ! いつかモリノに行く機会があれば工房にお邪魔させて貰うわね」
「はい、是非! 次は俺がモリノの錬金術について色々ご教示しますよ!」
「ふふ、楽しみにしておくわ。それと――同居人さんと仲良くね!」
口に手を当ててさも可笑しそうに笑うナーニャさん。
「……? 分かりました。それじゃ――お元気で!」
パンパンになった荷物を荷台に積み終わると、馬車がゆっくりと走り出す。
見えなくなるまで手を振って見送ってくれるナーニャさんに俺も一生懸命手を振って応えた。
“授乳欲の錬金術師”か。
想像してたのと全然違ったけれど、何だか久し振りに子供みたいに甘えて過ごした気がするな。
帰ったらまた明日からしっかり頑張ろう!
束の間の休暇を過ごしたような、そんな不思議な元気を貰ってソーゲン公国を後にする。
―――――
――その日の夕方。
便利屋・マクスウェルにて。
「よ、まだやってるか?」
日も暮れてきてティンクが丁度店を閉めようとしていた所にタイミング悪くシューがやってきた。
「本日はもう閉店でーす」
「んな冷たい事言うなよ。一杯飲んだら帰るからさ」
「うち、居酒屋じゃないんだけど」
そう言って店前の看板を『closed』に裏返しながらもシューを店内へ招き入れるティンク。
「お、悪いね」
「一応、お得意さんだからね」
シューが店に入ると、カウンターに居たカトレアがペコリとお辞儀で挨拶する。
「――あ、こんばんは」
「なんだ、まだやってんじゃねぇか!」
「カトレアは友達だからいいの」
「ひどい! 俺も友達だと思ってたのに」
腕で顔を覆って泣き真似をするシュー。
「はいはい。いいからさっさと座りなさいよ」
めんどくさそうに遇らうと、ティンクはキッチンでお湯を沸かし始める。
カトレアの隣に座りしたり顔でペロリと舌を出して見せるシュー。それを見てカトレアがおかしそうに笑った。
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