04-09 夢と現実の狭間に巣食う者

 帰り道。


 重たい荷物を木の盾ちゃんと半分ずつ持って運ぶ。


「それにしても、さすがロングソードさんでしたね。あれだけの数のラミアをあっさりと」


「あぁ。あれだけ強けりゃその辺に普通に居るような魔物じゃ敵は居ないんじゃないかなあ」


「あ、でもサキュバスは例外だって言ってましたね」


 ロングソードさんとの会話を思い出す。



『サキュバスか、それは少し厄介な相手だな。実態のある魔物なら私の剣でどうにか出来るのだが、サキュバスは悪霊系の魔物。物理攻撃が極端に効きづらいか、最悪無効化されるだろう。恐らく私の剣では切れないぞ』



「むぅ……。物理攻撃が効かないとなると今の俺じゃ対抗手段が無いな」


「そもそもサキュバスって何処に住んでるんですかね? こんな草原の真ん中に居るとは思えないですけど」


「そうだなー。……帰ったらナーニャさんに詳しく聞いてみよう」


 ……


 家から少し離れた辺りで木の盾ちゃんにお礼を言って別れる。


 重い荷物を背中に背負って家へと続く坂道を歩いていくと、玄関先で鉢植えに水をあげているナーニャさんの姿が見えた。

 そういえばいつの間にかすっかり日が暮れている。素材採取に夢中で気づかなかったけど、丸一日岩場に居たんだな。


 こっちに気づいたナーニャさんが手を振って出迎えてくれた。


「おかえりー! ――凄い、何その大荷物!?」


「はは、ちょっと欲張っちゃって。ラミアが大量に討伐出来たんで、元々必要だと思ってた量が一気に揃っちゃいました。他にもモリノじゃ珍しい素材が色々とあったんでついでに採ってきちゃいました」


「え!? そんなに沢山のラミア、一気にやっつけたの!? それに、それだけの荷物よくここまで持ってこれたわね。重かったでしょ?」


「え? あぁ、まぁそれなりに」


「ふーん、マグナスくんって意外と筋肉あるんだぁ」


 そう言ってペタペタと俺の腕に触れるナーニャさん。突然のボディータッチに思わずドキドキする。


「ねっ! ご飯終わったら戦利品見せてよ」


「もちろん! もし必要な素材があればお裾分けしますよ!」


「え、いいの!? 楽しみ!」


 子供みたいにワクワクとした顔で袋の中を覗き込むナーニャさん。さすが錬金術師。素材の話となると目が無いのはみんな一緒なんだなぁ。


 ――そんな事を考えて、ふとした違和感を感じる。


(あれ? ナーニャさんも錬金術師なんだよな。しかも“欲名持ち”の凄腕の。……なんだろう、この違和感)



 この家、錬金術師の家にしては――何かがおかしい。



「マグナスくん、この荷物重っい! 運ぶの手伝って!」


 見るとナーニャさんが荷物を家の中へ運ぼうとしてくれている。真っ赤でフラフして今にも転びそうだ。


「わわ、今手伝いますから無理しないでください!!」


 慌てて駆け寄り荷物を半分持ち上げた。



 ―――



 今日の夕飯は大切の野菜と食べ応え抜群の肉がゴロゴロと入ったカレー! 辛味とコクのバランスが絶妙。複雑な後味はハーブだろうか? 家庭的なカレーというよりは、大人向けのオシャレなカレーという感じだった。


「ご馳走様です! 美味しかったです! モリノではあんまり食べた事のない珍しい味でした」


「あら、ハーブのせいかな? お肉の臭みを消すためにハーブを色々と入れてあるの。好き嫌いが別れるかもしれないけど大丈夫だった?」


「はい! 最初はちょっと不思議な感じでしたけど、慣れると癖になる味ですね!」


「そうなのよ! 私なんかこれで慣れちゃったから他のカレーだと物足りなく感じちゃって」


 そんな感じで夕飯の感想を話し合う。


 ……


「――で、さっそくだけど、今日の戦果見せてよ」


「あ、はい! ちょっと待っててくださいね」


 玄関に置いておいた大きな荷物袋を部屋へと運び、床に厚手のシートを引いて採取したモノを順番に並べていく。

 うんうんと興味深そうに一通り眺めた後、ナーニャさんが鉱石や野草の特性やレア度を教えてくれた。


 さすが“欲名持ち”の錬金術師。その知識量もさることながら、駆け出しの俺にも分かりやすい解説はナーニャさん自身が相当錬金術に精通してる証拠だと思う。


 今日はお酒は飲まないみたいで色っぽいナーニャさんが見れないのは残念だけれど、錬金術についてじっくりと語り合うことが出来て満足だ。


「――うん。ラミアの鱗も充分に揃ったみたいね。まさか1日で揃えちゃうとは思わなかったよ。後はサキュバスかぁ」


「あ、そうそう。サキュバスってどの辺に出没するんですか? 草原では見かけませんでしたけど……」


「んー、実は正確な事は未だに分かってないのよね」


「……え?」


「特定の生息地があるって訳じゃないみたいなの。わかってるのは古今東西小差はあれど、どこのサキュバスも――現実には住んでいないの。“夢と現実の狭間に巣食う者”らしいわよ」


「……ゆ、夢と現実? なんですかそれ?」


「おおっぴらに言うと……サキュバスっていうのは“性欲旺盛な男子の夢”に現れるそうよ」


 ちょっとだけ顔を赤らめたナーニャさんが、恥ずかしそうに人差し指を立てながら説明してくれる。


「えーっとね。男の子にエッチな夢を見せて、その夢の中であんな事やこんな事をして……詳しくは知らないけど。それで、特殊な魔法的で精力を吸い取っちゃうんだって。それがサキュバスの食事らしいわよ」


 あ、あんな事やこんな事!? 特殊な手段!!?

 凄く気になるぞ! もし今日もナーニャさんが酔っ払ってたら……


『それって――どんな手段ですかね? 僕に詳しく教えて欲しいな』


 とか言って迫ってたかもしれない!! ……いや、実際にはとても言えないけど。

 そんな事はさておき。


「……え、つまりそれって、向こうから現れるまでひたすら寝て待つしかないって事ですか?」


「ん〜、そうなのよね。『サキュバスに襲われたい!』っていう奇特な性癖を持つ男子も少なくなくて、噂が噂を呼んで色んな“サキュバスに会う方法論”があるんだけど、確実に出会える方法は無やっぱり無いみたい。ただ、おまじないみたいな物はいくつかあるそうよ」


「おまじない、ですか?」


 何だか急にオカルトじみた話になってきたぞ……。


「そう。私が知ってるのだと、寝る前枕元に小さなお皿に入れた牛乳を一杯用意しておくんですって。本来これはサキュバス避けのおまじないらしいんだけど、かえってサキュバスを呼び寄せてしまうって話もあるわ。よかったら今晩試してみたら?」


 ナーニャさんは空いた小皿に牛乳を注いで渡してくれた。

 何で牛乳……? こんなので効果があるのか正直疑わしいところだけれど、他にも手立ても無いので今日はとりあえずこれを枕元に置いて寝る事にした。

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