04-08 草原のラミア退治

 翌朝。


 遠くから聞こえて来る牛の鳴き声で目が覚めた。


 眠い目を擦り、木製の床板をギシギシと踏み鳴らしながら木漏れ日が漏れる雨戸へと歩み寄る。

 窓を一気に開け放つと、目が眩む程の朝日がこれでもかという程に室内に飛び込んできた。

 2階にある寝室の窓からは遥か遠くまで続く草原が一望出来る。その地平線の向こうから顔を出すまん丸な太陽。


 天気は快晴。なんとも清々しい牧場の朝だ。



「おはよう! よく眠れた?」


 1階に降りると、ナーニャさんが既に朝ご飯の準備をしている所だった。


「はい、ぐっすりでした!」


「ふふ、よかった。丁度起こしに行こうと思ってたとこだったの」


 白シャツと藍染のパンツというラフな格好で、テキパキとキッチンの中を動き回るナーニャさん。

 昨晩の気怠く甘い雰囲気とはまるで別人だ。


「さ、ご飯だよご飯! 座ってー!」


 食卓に並ぶのは彩り鮮やかなサラダと、コンガリと焼けたトースト。それとチーズとフルーツ。見た目にも鮮やかで一気に目が覚めそうな朝食だ。


「「いただきます」」


 熱々のトーストを頬張ると芳醇な小麦の味がフワリと口いっぱいに広がる。


 よく冷えたミルクを一口。

 モリノで飲む物よりも断然に濃厚で、同じ飲み物だとは思えないほどのその美味しさに改めて驚く。


「――どう? 私のミルク。美味しいでしょ?」


 “私のミルク”!?


 爽やかな朝の雰囲気に完全に油断してた所、突如としてぶち込まれた破壊力ばつぐんの一撃!

 口にふくんだミルクを思わず吹き出しそうになる。


「たまに牧場のお手伝いで搾乳とかやるんだ。牛さんって上手に絞ってあげると美味しいミルクをいっぱい出してくれるんだよ。私が絞ると美味しいミルクが採れるって評判なんだ!」


 自慢げな顔でミルクをグッと飲み干すナーニャさん。

 “私のミルク”って、私の絞ったミルクの事か!

 変なところで訳さないで欲しい。び、びっくりした。


 改めてコップの中に残ったミルクをじっと見つめる。


(……わ、分かってる。これはただの牛乳だ)


『どうかな……私のミルク』


「だぁぁー!!」


「ど、どうしたの!? マグナスくん!?」


 腰に手を当ててミルクを一息に飲み干してやった!!

 朝っぱらから牛乳を1杯飲むだけでこの苦労だ。 こんな調子でこの先数日待つのかな……



 ――



「それじゃ、行ってきます!」


「本当に1人で大丈夫? いい? 危ないと思ったら迷わず逃げるのよ! この辺の魔物はそんなに執念深く無いし、逃げれば執拗に追ってはこないはずだから」


「分かりました!」


「はい、これお弁当」


 可愛いランチクロスに包まれたお弁当箱を手渡してくれる。


「それにしても助かるわ。最近ラミアが多くてちょうど皆んな困ってたから」


 季節柄という事もあり、このところラミアの出没が増えてきて周辺の牧場関係者の間でちょっとした問題になっていたらしい。

 人が襲われる事は稀だけれども、牛や羊などの家畜がよく狙われるそうだ。


 そんな理由もあって、ラミア討伐をしたいという俺の申し出にナーニャさんがサポートを買って出てくれたそうだ。

 俺は素材が手に入るし、牧場の人達は厄介な魔物を退治してもらえて助かる。一石二鳥って訳だな。


「じゃ、行ってきます!」


 家を後にして、ラミアが巣食っているという岩場を目指す。



 ――



 歩いてきた道を振り返ると、丘の上の家が既に随分と小さくみえた。


(……ここまで離れれば大丈夫だな)


 辺りに人が居ない事を確認して、木の盾のポーションを地面に撒くと、暫くしていつもの通り木の盾ちゃんが出てきてくれた。


「わぁーー! ここがソーゲン公国なんですかぁ。モリノとは全然違うんですねぇ」


 目の前に広がる広大な草原を見て目を丸くする木の盾ちゃん。ちなみに、今回の遠征の目的は事前に説明してある。


「あぁ。俺も驚いたよ。馬車で1日走るだけでこうも雰囲気が違うとはなぁ」


「麻の服ちゃんにも見せてあげたかったなぁ」


「そうだな。万が一の時ティンクを手伝って貰うために……って事で置いてきたけど、確かに悪い事したな」


「あ、でも……」


 木の盾を片手で持ち直し、俺にちょこんと寄り添って来る木の盾ちゃん。


「ご主人様と2人きりなんて中々無いですから、私は少し嬉しいです。私1人でもしっかりとお守りしますからね」


 少し恥ずかしそうにはにかみながら上目遣いでこっちを見る木の盾ちゃん。――ヤバい。これは中々に可愛いぞ!


 何だかソーゲンに来て以来いい事ずくめなんだよなぁ。特に女性関係。

 こりゃ昨日本気で神に祈ったのがかなり効いてるのか? だとしたら、ありがとうございますソーゲンの神様。あなたいい人だ。


 木の盾ちゃんとお喋りしながら草原の先にあるという岩場を目指す。


 ――


 道中スライムやワイルドマウスなど小型の魔物が何匹か出現したけれど、木の盾ちゃんと協力して難なく撃破できた。

 ロングソードさんとの特訓の成果もあって俺も多少は闘えるようになったみたいだ。


 一時間程歩くと、草原の中に大きな岩がいくつも転がっていているエリアが見えてくる。

 この辺は魔物が多く住み着いているそうで、地元の人は冒険者でも無い限り滅多に近寄らないらしい。

 周りを見渡しても確かに人影は無い。


 岩陰に身を潜めながら慎重に辺りを見て回るが、これといって変わって様子は無いようだ。


(本当にここで合ってんのか? まぁ、せっかく来たんだしついでに素材になりそうな物も探して行くか)


 そんな事を考えてふとしゃがみ込んだ時――


「――! ご主人様危ない!!」


 木の盾ちゃんが慌てて俺の背後に回り込み、岩陰から飛び出して来た何かを盾で受け止め払い除けた!

 跳ね飛ばされてバタバタともがきながら態勢を立て直し、こっちを警戒するその姿は……蛇の下半身に人の女性の上半身を持つ魔物――“ラミア”だ!

 上半身こそ人の形はしているが、無論人語が通じるような相手ではない。長い舌をチロチロとチラつかせながら真っ赤な目でこっちを威嚇している。


「ご主人様、お怪我はありませんか!?」


「助かった、サンキュー木の盾ちゃん!」


「いえ! それにしても、中々すばしっこいですね。これは――」


「――危ねぇ!」


 木の盾ちゃんを咄嗟に抱えて横っ飛びで地面を転がる!

 最初のラミアに気を取られていたら、いつの間にか岩陰から別のラミアが飛び出して来ていた。


 おいおい……ここはラミアの巣かよ。


 けれど、これで探し回る手間は省けたってもんだ!


 懐からロングソードのポーションを取り出し勢いよく地面に撒く。


「随分と賑やかじゃないか。2人共怪我は無いか?」


 姿を現したロングソードさんが、金切音を響かせて颯爽と剣を抜き去る。


「行けそうですか!?」


「問題無い。キミはしっかりと主殿あるじどのの護衛を頼むぞ!」


「分かりました!」


 声を掛け合うアイテムさん達。

 ロングソードさんが一人で前衛を、木の盾ちゃんと俺は2人でカバーしながら後衛を務めるポジションを取る。


「行くぞ――!」



 ――



 地面に散らばった大量の鱗を木の盾ちゃんと一緒にせっせと拾い集める。


 戦闘開始から物の10分程だったろうか。大量にいたラミアはあっさりと全滅。

 ロングソードさん、まぁ強い強い。踊るように岩場を駆け抜けながら飛びかかって来るラミアを次々と一刀両断していった。


 ロングソードさん曰く、ここのラミアは通常よりも小型ですばしっこい代わりに防御力や攻撃力は大した事が無かったらしい。もう三倍いたとしても遅れは取らないだろうとの事だ。

 そんなカッコいい事を言い残して光と共に去って行ったロングソードさん。さすがです。


 拾い上げた鱗を太陽にかざして見る。

 薄いピンク色を帯びた半透明の鱗はキラキラと太陽の光を反射して輝いた。


「これくらい集まれば大丈夫ですかね?」


「ああ、充分だろ!」


 一旦休憩にして、ナーニャさんが持たせてくれたお弁当を木の盾ちゃんと分けながら食べる。

 ティンクはさておき、普通のアイテムさん達に食事が必要なのかは分からないが、多少なりと魔力の補充になるらしく出現していられる時間が少し延びる……気はするらしい。

 まぁ実際の効果はどうであれ、美味しい物を食べれば幸せだし、食事を楽しむ気持ちは俺達と変わらないそうだ。それなら食事を共にする価値は大いにあると思う。


 新鮮野菜と卵のサンドイッチを存分に堪能してから一休み。

 午後からは、せっかくロングソードさんがラミアを一掃してくれたので、周辺の素材を集めて帰る事にした。


 袋がパンパンになるまで素材を採取し、暗くなる前には帰路に着いた。

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