02-08 ようこそ、錬金術の便利屋・マクスウェルへ!

 翌日――


 眠い目を擦りつつ、朝早くから脚立を持って店先に立つ。


 昨日寝たのは結局日が変わってから随分経ったからだったな。ティンクが邪魔するもんだから素材の仕分けや保存の下準備にすこぶる時間がかかった。

 とはいえ、苦労の甲斐あって収穫は上々。

 特記して珍しい素材が手に入った訳じゃないけれど、薬や基本的な道具の素材なんかは思ったよりもたくさん手に入った。

 これならだいぶ足しにはなりそうだ。

 街からも近かったし、また日を置いて行ってみるか。


 になみに、ティンクが集めてきた木の実も区分けしてみると中々の収穫。

 錬金術の素材としてはありきたりな物ばかりだったが、ベリーやペッパーなど料理に使えそうな実が沢山含まれていた。

 これは夕飯のレパートリーに幅が出そうだ。


 朝から何度目かの大きなあくびを噛み殺しながら脚立へと上がり、店先に掲げてあった板を取り外す。

 オープン当日に間に合わせで作った手書きの看板だ。



「朝っぱらから何やってんのよ? お客さんが来なくて暇なの?」


 店から出てきたティンクが、脚立に昇る俺を一瞬だけチラッと見てさも興味なさそうに呟く。


「失礼な。仕事だよ仕事?」


「日曜大工も錬金術師のお仕事なのね」


 皮肉めいた口をききながら店先の鉢植えに水をやり始めるティンク。

 この前王都まで買い物に行った際にティンクが買ってきた物だ。店の前が殺風景だからせめて花でも飾ってみたらどうかという話だ。

 ……口では何だかんだ言いながらも、こいつはこいつで店を流行らそうとあれこれ考えてはくれているらしい。


「……で。素材はそれなりに手に入ったんでしょ? これで錬金術屋の運営、少しは上手く行きそう?」


 お気に入りの赤いジョーロで花に水をやりながら俺を見上げてくる。


「その事なんだけどさ。……俺、錬金術屋は辞めようと思うんだ」


「――! なによ、あんなに自信満々で張り切ってたくせに随分とあっさりね」


 驚きつつも、何だか寂しそうな顔を見せるティンク。


「まぁ、聞けよ。べつに錬金術で商売するのを諦めた訳じゃない。ただ、普通にアイテムを錬成して売るだけじゃどうしても価格で他に勝てないからな」


「まぁ、そりゃそうでしょうね」


「で、だ。改めてマクスウェルの釜の特性を考えてみたんだ。――"アイテムの事に超詳しい助っ人が現れて手助けをしてくれる"って事だったよな?」


「そうよ」


「だから、アイテムをただ売るだけじゃなくてその特性をフルに活かした仕事にしようと思ったんだ。今日からうちは――」


 取り外し終えた古い看板を地面に下ろし、昨晩のうちに作った新しい看板を店先に掲げる。


「錬金術屋――改め、"錬金術の便利屋・マクスウェル"。お客さんの困り事を、アイテムさん達と力を合わせて解決する商売だ!」


「……ふーん。まぁ、いいんじゃない! とりあえずやってみなさいよ。何にせよ、こんな可愛い看板娘が居るんだからどんな店だろうと流行るわよ!」


 今度は随分と嬉しそうに、真っ直ぐと俺の顔を見て笑うティンク。

 その笑顔に負けない程によく晴れた春の空。

 昇る朝日が新品の看板を明るく照らしてくれた。



「よぉ。この店ってもうやってんのか?」


 何処から現れたのか、突然声を掛けてきたのは小綺麗な中年の男性だった。

 早速の来客とは、こりゃ幸先がいいな。


「「いらっしゃいませ!」」


 ティンクと息を合わせて元気よく挨拶をする。


「なんだ? 今日はお前ら2人だけなのか? あの金髪の鎧の姉ちゃんに会いたかったんだけどなぁ」


「……金髪の?」


 うちで金髪の姉ちゃんといえば……きっとロングソードさんの事だ。

 だけど、ロングソードさんとは昨日初めて会ったばかり。しかも森の中でしか姿を見せていないはず。

 その事を知ってるとなると……


「――あーーっ!! あんた、昨日の!!」


 ティンクが男性を指さして大声を上げる!


「……あ、本当だ!! 盗賊!!」


 俺もティンクの声に続く。


 髪をオールバックに束ね、髭も綺麗に切り揃えられてまるで別人だったから一瞬気づかなかった。

 けれど、あの独特なやる気のない目に紫紺の瞳。間違いない! 昨日の盗賊だ!


「わーーっ! しっ、しっ! 盗賊からは足を洗うって言っただろ! だから今日はこうしてちゃんと客として来たんだ」


 男が慌ててシーシーと口の前に指を立てる。


「本当かよ……。もし店の金を狙いに来たとかだったら今度こそ騎士団に突き出すぞ。てか、盗まれる程の売り上げ無いけど」


「わーてるわーてる。今更そんな事しねぇって。てか、騎士団だけはホント勘弁してくれ。昔色々と揉めてさぁ」


「やっぱり前科持ちじゃない!」


「いやいや、そういうんじゃないって。ホントホント」


 ティンクに詰め寄られ、ヘラヘラと笑いながら誤魔化す男。


「……で、店、やってんの? やってないの?」


「あ、あぁ。まぁ、お客さんはお客さんだ。中へどうぞ」


 脚立を肩にかけ、男を店先へと案内する。

 俺たちに連れられながら、男が取り付けたばかりの看板にチラリと目をやる。


「……"錬金術の便利屋"か。中々面白そうじゃねぇか。あいにく今日は茶を飲みに来ただけで依頼は無いけどな」


「なんだ、カフェの客かよ」


 思わず溜め息が出る。


「そうがっかりすんな。何か困ったときは頼りにさせて貰うからさ」


 まぁ、昨日の今日でいきなり上手くいくはずも無いか。

 焦る事もない。こうやって少しずつ宣伝していけばそのうち客足も増えるさ!



「――さ、それじゃお客さんも来たことだし。お店開けましょ!」


 ティンクがエプロンの紐を結び直しながら、店のドアを開ける。



 カランカラン


 爽やかな朝の空気の中、ドアに付けた鐘が軽快な音色を響かせた。



「いらっしゃいませ! ようこそ"錬金術の便利屋・マクスウェル"へ――!!」



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