02-07 勝負あり

「勝負あったな」


 改めて決着を確認するロングソードさん。


「いやぁ、参った参った。大したもんだ」


 男は折れた剣をマジマジと見つめると、たもと数センチだけ残った刃を鞘に仕舞った。


「さて、我が主よ。彼の処遇はどうする?」


 ロングソードさんがこちらに向き直り問いかけてくる。


「どうって……。これ以上襲ってこないんなら俺はそれでいいよ。あ、でもここで見逃したら他の冒険者とかがまた襲われるか。やっぱり騎士団に突き出した方がいいか……でもなぁ」


 街の安全を考えれば盗賊を野放しにしておく訳にもいかない。このまま騎士団へ連行した方が良いのは間違いない。

 とはいえ、これ程まで腕の立つ相手をはたして街まで無事連行出来るだろうか? それはそれで骨が折れそうだ。


 腕組みをして考え込む俺の肩をロングソードさんがポンと叩く。


「その点についてだが。私の見解を述べるなら、そう心配は無いと思う。おそらく彼は盗賊なんかではなく――」


「あーー!! 分かった分かった! 俺が悪かった」


 突然話を遮り、男は深々と頭を下げながら俺の前へと躍り出た。


「なぁ、頼むよ! 見逃してくれ! 実は強盗も今日が初めてだったんだ! つい出来心って奴でさ。今後一切こんな真似はしないと違う! な、だから、頼む!!」


 手を合わせて必死で俺のことを拝む男。


「……分かったよ。そこまで言うなら良いよ。もう行っていいから」


 正直、これ以上関わり合いになりたくないというのが本音だ。盗賊なんかと関わってもろくな事は無い。さっさと終わらせて街に帰りたいんだ。


 ところが……


「えー! 私は反対よ! 騎士団に突き出せば懸賞金が貰えるかもしれないのに!」


 目先の欲にくらんで駄々をこね出すティンク。こ、こいつは……!

 慌ててティンクの肩を捕まえ、耳元に口を寄せて密談する。


(これでいいんだよ! ロングソードさんは通常量の魔力でしか錬成してないからそろそろ時間切れだ。もしロングソードさんが居なくなったら今度こそ俺達4人じゃ勝てないぞ!)


 いくら剣は折れてるとはいえ、あれだけの動きが出来るならきっと格闘戦でもこっちに勝ち目は無い。今はとにかくこの男から離れるのが先決だ。


(た、確かにそうね。……分かったわよ)


 渋々と承諾するティンク。


「ふん、もし今度襲ってきたらタダじゃおかないからね!」


 特に何もしてないくせに、ティンクは一際と威張ってズバッと男を指差した。


「おぉ、恩に切るぜ! あ、この折れた刃やるよ。よかったら錬金術の素材にでも使ってくれ!」


 男はそう言い残すし、腰の剣を置いてそそくさと立ち去って行った。

 ……ん? 俺、錬金術師だって名乗ったか? あ、さっきそう言えば言ったか……。


 男の後ろ姿が見えなくなった事を十分に確認し、ホッと息を吐いてからちびっ子達に声を掛ける。


「2人共、悪かったな。怖い思いさせた上に犯人まで逃しちまって」


「いえ、ご主人様が無事なら私は構いません」

「わ、私もです!」


 駆け寄ってきて俺の事を見上げる2人。

 2人とも随分と酷い目にあったのに……くー! 健気過ぎて泣けてくる。

 せめてもと思って2人の頭をわしゃわしゃと撫でてあげる。

 

 物凄く嬉しそうに笑い合う人の背後から、ロングソードさんがその肩をポンと叩いた。


「お前達もよく頑張ったな。立派だったぞ。……では、私はこれで失礼する。また用があれば遠慮なく呼んで欲しい」


 俺に向かって一礼すると、立ちこめる淡い光を纏い颯爽と姿を消してしまった。


 これは、随分頼もしい仲間が出来たもんだ。

 さっき見せて貰った腕前からして、並の相手なら数人同時に相手取ってもまず引けは取らないだろう。

 これから採取や遠征なんかがあれば色々と助けて貰う事になりそうだ。

 ただ一つ問題なのは……材料費がバカ高いんだよなぁ。金属ってうちの国では割高だし……。

 少しでも節約するため、男が置いて行った折れた剣を有難くカゴの中へしまう。

 

 その後、出発前に持ってきた救急セットで木の盾ちゃんと麻の服ちゃんの手当てをする。

 本人達は道具に手当てなんか不要だと言い張るが、これも錬金術師としての道理だからと言いきさせると渋々納得した。


 準備を整え、改めて森の外を目指す。



 ―――



 森を抜け工房へ戻ると、時刻はもう夕方前だった。


 荷物を下ろしとりあえず一休みする。

 ちょっとそこまで素材採取に行くつもりが、とんでもない日になってしまった。


「……さて、疲れたけど素材の仕分けだけ先にやっちまうか」


 疲れてるところ悪いとは思いつつ、みんなに向かって声を掛ける。

 植物系の素材は新鮮なうちに加工してしまうのが大事だ。


「あの、ご主人様……ごめんなさい! お手伝いしたいのは山々なのですが、私達もう魔力が」


 ぐったりと疲れ果てた様子で申し訳なさそうに頭を下げる麻の服ちゃん。


「……え!?」


「戦闘は思った以上に魔力を使うみたいで、予定より早く魔力が切れてしまいました。ごめんなさい」


 言い終わらるや否や、淡い光に包まれて麻の服ちゃんと木の盾ちゃんさ姿を消した。


「……」


 え……。

 この量の素材、俺独りで仕分けするの??

 マジ? 無理。


「これって、もう一回呼んだらまた出てくるのかな?」


 戸棚からストックのポーションを取り出し床に撒く。


「ちょっと! あんたは鬼かっ!! 疲れたって言ってんでしょ!」


 さっきまでノビてたくせに、急に元気になって突っかかって来るティンクを軽くあしらいつつしばし反応を待つ。

 けれど……麻の服ちゃんは出てこない。


「魔力切れよ。クールタイムってヤツね。暫くは出てきたくても出られないわ」


「そ、そうなのか。……てか、それって大丈夫なのか!?」


「まぁ、アイテムによって必要な時間は異なるけど、あの子達なら1日も経てば元気になると思うわ。心配要らないわよ」


「そっか、よかった。――じゃ、仕分けは2人でやるか」


「……へ?」


「お前はもちろん時間制限とか無いだろ。今からやれば夜中前には終わるから!」


「い、嫌よ! 私だって素材集め頑張って疲れたんだから!」


「お前はちょこっと木の実集めただけだろうが! さーやるぞー!!」


「えぇーーー!!」


 事あるごとに小競り合いをしながらの片付けとなったため。この後結局夜中までかかった。




 ―――




 ――モリノ王国、王都。


 城の敷地内にある離宮にて。



「エイダン様。只今戻りました」


「うむ、ご苦労」


 椅子に腰掛けたまま中庭を眺めるエイダン前国王。

 その眼前に跪くのは……マグナスたちを襲った盗賊だった。


「……それで、どうだった?」


「はい。"ロングソード"……武器類の錬成に成功したようです」


「ふむ……そうか」


 椅子に深く座り直すと、目を閉じゆっくりと宙を仰ぐエイダン。


「……いかが致しましょうか」


「むぅ……。わざわざ盗賊の真似事までさせて直々に見てきて貰った訳だが……。シュバイツ、お前はどう思った? 元モリノ騎士団隊長のお前であれば、人を見る目は確かだろう」


「――恐れながら、あくまで私の主観ですが……あの少年ならば今のところ危険性は少ないかと。このまま暫く様子を見られては如何でしょうか」


「……そうか。まぁ、あのラージーの孫だからの。その点は元より心配はしておらんかったが。……問題はあやつらの名が広まり始めたときじゃな」


「はい。このまま順調に名を馳せていけばいずれ必ず他の者の耳にも話が入るでしょう。マクスウェルの後継者が現れたと噂になれば、かつてエイダン様とラージー様があの工房に託した物に気づく族も現れてくるはず」


「あぁ。その危険性は常に認識しておかねばならぬ。……とは言え、ラージーが工房に掛けた魔法障壁も随分とガタが来ておったようじゃからの。最後の鍵はマグナスが開けたようじゃが、放っておいても近いうちに破れておったかもしれん。それに、“彼女”をいつまでも工房に閉じ込めておく訳にもいかんかったじゃろうて。――しかたがない、暫くは護衛も兼ねて動向に注意を払ってやってくれ」


「承知しました」


 立ち上がり一礼すると、盗賊――シュバイツと呼ばれる男は部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る